収容施設の独房に戻ってきたところで、ダグは担いでいたオレの身体を荷物みたいにドサッと床に落とす。


「のぉぐぅぅあぉぉ……!!」

 身を丸めて悶絶していると、その鼻先でガブリエラが腕を組んで見下ろしてきた。


「ずいぶん男前になりましたね」

 あきれたように言う相手を、うめき混じりに振り仰ぐ。

「なぁ……オレ、そんなに悪いコトした?」


 チェルを逃がそうとしただけだぜ?

 それだけで、なんでこんな目に遭わなきゃならんわけ?

 痛みをこらえての問いに、彼女は眼鏡を光らせて息をついた。


「なんでそう緊張感がないのでしょうね? 輸送機を勝手に海賊に与えて、逃がして、基地内でダブルナインを許可なく起動させて、海賊を守るために味方を攻撃した。……それが許されるとでも?」


「だからって……死刑にするほどのことかよ」

「秩序こそが正義。それを乱す者は敵。反逆には例外のない厳罰。……それがここのやり方です。いまさらじゃないですか」

「ガヴィ」


 ダグがたしなめると、彼女はぴたりと口を閉ざす。

 オレの前にひざをつき、ダグは静かに言った。


「海賊を逃がしたのがマズかったんだ」

「なんで?」

「大きな声じゃ言えないが、軍の中に自由騎士党むこうの内通者がいるんじゃないかっていう噂が、ずっと前から根強くある。こんだけ長く討伐作戦を続けてるにもかかわらず、いまいち効果を上げないのはそのせいだって」


「海賊を逃がそうとしたから、オレがそのスパイだって言いたいわけ? んな短絡的な」

 ぼやくオレに向け、ガブリエラが「おや」と片眉を上げた。

「誰かさんには、ラスティ・ネイルとの熱愛疑惑もありますし?」

「ねぇよ! ――ったぁぁ……っ」


 どなると、痣だらけになった全身がずきずきと痛む。どこもかしこも熱を持ってる。

「オレにスパイする頭なんかねぇよ」

 ごろりと冷たい床に横になり、パネル全体が光っているまぶしい天井を見上げた。


 これだけのことで何もかも失って、存在まで消されるっていうのが、どうしても信じられない。

(レックスの人生って何だったんだ? ホントに……)


 子供の頃から何年間も、毎日しんどい訓練をくり返して、その合間に実戦もこなして、疲れた身体で興味のないイベントに引っ張り出されて、生きてておもしろいなんて思うこと、チェルに出会うまでは一度もなくて。

 なのに逆らったら、こんなに簡単に切り捨てられるなんて……。


「割に合わねぇなぁ……」


 思わずもれたつぶやきに、ダグが返してきた。


「レックス、あんた……海賊と関わりがないなら、なんでこんなバカなことを?」

「……被占領地クライス出身の隊員を探してること、前に話したろ。……彼女のためだ」

「あぁ――」


 少し考えた後、ダグはハッとしたように言う。


「もしかして、あれはブロッサム少尉のことだったのか?」

「そゆこと」

「彼女のためって、どういうことですか? まさか――本当に逃がそうとしたのは、海賊じゃなくて彼女だったの……?」


 ガブリエラの唖然とした問いに、投げやりに返す。


「おかしいか?」

「レックス――」

「おかしいかよ」

「だが……」


 八つ当たりぎみのオレの答えに、ダグは言いにくそうに目を伏せた。


「おそらく彼女は軍を裏切らない。あんたよりも自分の身の安全を選ぶ……」

「かもな。いいんじゃね? それで」

 九割の本気と、一割の強がりを込めて、そう返す。


「戦うのはいやだって――人殺しなんかしたくないって言ってたんだ。だから逃げるチャンスをやりたかった。どうするかは彼女の勝手だ」


 それなのに。

(なんでだよ、『レックス』は英雄じゃなかったのかよ……!)

 救国のパイロットとか、勝利の使者とか、あんだけもてはやされていたっていうのに、女の子ひとり助けることもできないなんて。


「くそぉ、なんで……っ」

 今のオレにできることはもう、何もなくて。

 ダグとガブリエラがいなくなってからも、オレはそのことに歯がみし続けた。


 痛みと熱に朦朧としながら横になって、どのくらいたったのか――

 しばらくして、カタン、と配膳口が開く音がした。

 メシか? と思った瞬間、オレの耳に信じられない声が飛び込んでくる。


「……レックス?」


「――――……」

 チェルの声だ。

 最初は空耳だと思った。

 けど配膳口でもう一度、同じ声がする。


「そこにいるの?」

「あ、」


 不意をつかれた緊張に、声がうわずった。


「あぁ……、いる、けど――チェル、……どうして――……」

「……隊長に」

「炯に……?」

「これ差し入れてこいって命令されて」


 かたん、と音がして、配膳口に何かが置かれる。よく見えないけど、スナックか何かみたいだ。


「あと伝言も。レックスの『処刑』は三日後だって……」

「あ、そう……」


 芸も何もなくうなずくしかない。

 そうか。自我が保てるのは、あと三日か……。

 考えるだけで薄ら寒くなる。


(つか炯、あいつ何なの? 気を利かせたつもりなの?)


 察するに、差し入れも伝言も、チェルをここに来させるための口実だろう。

 しょうもないメッセージを託されて、チェルも困りはてた感じだった。


「分かった。もういいよ。炯によろしく」


 オレのことはもうほっといていいから。そんな気持ちを込めて、ちょっとそっけなく言う。

 と、チェルはしばらく沈黙してから、思いきったように訊いてきた。


「……あなた・・・は誰? わたしの知ってるレックスじゃ、ない……よね?」

「…………!?」


 突然言い当てられ、ぎくりとする。

 動揺のあまり声が裏返った。


「え、なっ……なんで……?」

「だってわたしの知ってるレックスは、もっと静かで落ち着いてた。どんな理由があっても、たったひとりで、基地の中で反乱なんか起こすようなキャラじゃなかった」


 ひとつひとつ、チェルは噛みしめるように言う。


「そしたら……レックスは、あの大事故の前後で人が変わったって――ひどい記憶喪失らしいって……、みんなが噂してるから」


(なんだそれ。そんなこと大まじめに質問してんの……?)

 ドアの向こうで、彼女がどんな顔をしてるのか――見てみたいなって、ちょっと思った。


「確かに、意識が戻ったときには多少記憶が混乱してた」

「じゃあ……やっぱり――」

「けどすぐに全部思い出した。その証拠に、チェルのことだって覚えてたろ?」

「それはそう、だけど……」

「オレはレックスだ。前も今も、変わってない」


 元々の作戦を立てたのも、行動を起こしたいっていう強い思念でオレの魂をこの世界に呼び込んだのも、まちがいなくチェルが知ってる『レックス』なんだから。


「……チェル。頼みがあるんだけど」

「何? わたしにできることなら――」


 チェルは優しく言ってくれた。

 たぶんオレの最期だから。

 たとえ罪滅ぼしの気持ちでも何でも、大嫌いとか、許さないとか言ってた彼女が気遣ってくれるのは、単純にうれしい。

 でもちがうんだ。

 オレの頼みは、何かしてほしい・・・・・わけじゃなくて。


(炯、おまえほんとにヤなヤツだな。自分で言ったんじゃないか――)

 チェルはオレと何の関係もないって周りにはっきり証明しろって。でないと今度は彼女がややこしい立場に立たされるって。


「頼むから――」


 言いたくない気持ちをねじ伏せるようにして、オレはなるべく冷たい声を出した。


「もうここには来ないでくれ」


 もううんざり。

 そんな感じで言うと、チェルがハッと息を呑む気配がする。やがて。

「……わかった。そうする」

 か細い答えが返ってきた。


「レックス。……じゃあね」

「あぁ」


 やり取りはそれで終わり。ドアの向こうで、軽い足音が廊下を歩いて離れていく。

 さみしいけど、ホッとした。

 もうこれで彼女を巻き込まなくてすむ。迷惑をかけることもなくなる――そう思って。

 まったく、炯。おまえのドSっぷりにはホント泣かされる。


 文句と恨み言とを頭ん中で羅列しつつ――オレは、あらゆる現実を閉め出すように目を閉じた。

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