9
収容施設の独房に戻ってきたところで、ダグは担いでいたオレの身体を荷物みたいにドサッと床に落とす。
「のぉぐぅぅあぉぉ……!!」
身を丸めて悶絶していると、その鼻先でガブリエラが腕を組んで見下ろしてきた。
「ずいぶん男前になりましたね」
あきれたように言う相手を、うめき混じりに振り仰ぐ。
「なぁ……オレ、そんなに悪いコトした?」
チェルを逃がそうとしただけだぜ?
それだけで、なんでこんな目に遭わなきゃならんわけ?
痛みをこらえての問いに、彼女は眼鏡を光らせて息をついた。
「なんでそう緊張感がないのでしょうね? 輸送機を勝手に海賊に与えて、逃がして、基地内でダブルナインを許可なく起動させて、海賊を守るために味方を攻撃した。……それが許されるとでも?」
「だからって……死刑にするほどのことかよ」
「秩序こそが正義。それを乱す者は敵。反逆には例外のない厳罰。……それがここのやり方です。いまさらじゃないですか」
「ガヴィ」
ダグがたしなめると、彼女はぴたりと口を閉ざす。
オレの前にひざをつき、ダグは静かに言った。
「海賊を逃がしたのがマズかったんだ」
「なんで?」
「大きな声じゃ言えないが、軍の中に
「海賊を逃がそうとしたから、オレがそのスパイだって言いたいわけ? んな短絡的な」
ぼやくオレに向け、ガブリエラが「おや」と片眉を上げた。
「誰かさんには、ラスティ・ネイルとの熱愛疑惑もありますし?」
「ねぇよ! ――ったぁぁ……っ」
どなると、痣だらけになった全身がずきずきと痛む。どこもかしこも熱を持ってる。
「オレにスパイする頭なんかねぇよ」
ごろりと冷たい床に横になり、パネル全体が光っているまぶしい天井を見上げた。
これだけのことで何もかも失って、存在まで消されるっていうのが、どうしても信じられない。
(レックスの人生って何だったんだ? ホントに……)
子供の頃から何年間も、毎日しんどい訓練をくり返して、その合間に実戦もこなして、疲れた身体で興味のないイベントに引っ張り出されて、生きてておもしろいなんて思うこと、チェルに出会うまでは一度もなくて。
なのに逆らったら、こんなに簡単に切り捨てられるなんて……。
「割に合わねぇなぁ……」
思わずもれたつぶやきに、ダグが返してきた。
「レックス、あんた……海賊と関わりがないなら、なんでこんなバカなことを?」
「……
「あぁ――」
少し考えた後、ダグはハッとしたように言う。
「もしかして、あれはブロッサム少尉のことだったのか?」
「そゆこと」
「彼女のためって、どういうことですか? まさか――本当に逃がそうとしたのは、海賊じゃなくて彼女だったの……?」
ガブリエラの唖然とした問いに、投げやりに返す。
「おかしいか?」
「レックス――」
「おかしいかよ」
「だが……」
八つ当たりぎみのオレの答えに、ダグは言いにくそうに目を伏せた。
「おそらく彼女は軍を裏切らない。あんたよりも自分の身の安全を選ぶ……」
「かもな。いいんじゃね? それで」
九割の本気と、一割の強がりを込めて、そう返す。
「戦うのはいやだって――人殺しなんかしたくないって言ってたんだ。だから逃げるチャンスをやりたかった。どうするかは彼女の勝手だ」
それなのに。
(なんでだよ、『レックス』は英雄じゃなかったのかよ……!)
救国のパイロットとか、勝利の使者とか、あんだけもてはやされていたっていうのに、女の子ひとり助けることもできないなんて。
「くそぉ、なんで……っ」
今のオレにできることはもう、何もなくて。
ダグとガブリエラがいなくなってからも、オレはそのことに歯がみし続けた。
痛みと熱に朦朧としながら横になって、どのくらいたったのか――
しばらくして、カタン、と配膳口が開く音がした。
メシか? と思った瞬間、オレの耳に信じられない声が飛び込んでくる。
「……レックス?」
「――――……」
チェルの声だ。
最初は空耳だと思った。
けど配膳口でもう一度、同じ声がする。
「そこにいるの?」
「あ、」
不意をつかれた緊張に、声がうわずった。
「あぁ……、いる、けど――チェル、……どうして――……」
「……隊長に」
「炯に……?」
「これ差し入れてこいって命令されて」
かたん、と音がして、配膳口に何かが置かれる。よく見えないけど、スナックか何かみたいだ。
「あと伝言も。レックスの『処刑』は三日後だって……」
「あ、そう……」
芸も何もなくうなずくしかない。
そうか。自我が保てるのは、あと三日か……。
考えるだけで薄ら寒くなる。
(つか炯、あいつ何なの? 気を利かせたつもりなの?)
察するに、差し入れも伝言も、チェルをここに来させるための口実だろう。
しょうもないメッセージを託されて、チェルも困りはてた感じだった。
「分かった。もういいよ。炯によろしく」
オレのことはもうほっといていいから。そんな気持ちを込めて、ちょっとそっけなく言う。
と、チェルはしばらく沈黙してから、思いきったように訊いてきた。
「……
「…………!?」
突然言い当てられ、ぎくりとする。
動揺のあまり声が裏返った。
「え、なっ……なんで……?」
「だってわたしの知ってるレックスは、もっと静かで落ち着いてた。どんな理由があっても、たったひとりで、基地の中で反乱なんか起こすようなキャラじゃなかった」
ひとつひとつ、チェルは噛みしめるように言う。
「そしたら……レックスは、あの大事故の前後で人が変わったって――ひどい記憶喪失らしいって……、みんなが噂してるから」
(なんだそれ。そんなこと大まじめに質問してんの……?)
ドアの向こうで、彼女がどんな顔をしてるのか――見てみたいなって、ちょっと思った。
「確かに、意識が戻ったときには多少記憶が混乱してた」
「じゃあ……やっぱり――」
「けどすぐに全部思い出した。その証拠に、チェルのことだって覚えてたろ?」
「それはそう、だけど……」
「オレはレックスだ。前も今も、変わってない」
元々の作戦を立てたのも、行動を起こしたいっていう強い思念で
「……チェル。頼みがあるんだけど」
「何? わたしにできることなら――」
チェルは優しく言ってくれた。
たぶんオレの最期だから。
たとえ罪滅ぼしの気持ちでも何でも、大嫌いとか、許さないとか言ってた彼女が気遣ってくれるのは、単純にうれしい。
でもちがうんだ。
オレの頼みは、何か
(炯、おまえほんとにヤなヤツだな。自分で言ったんじゃないか――)
チェルはオレと何の関係もないって周りにはっきり証明しろって。でないと今度は彼女がややこしい立場に立たされるって。
「頼むから――」
言いたくない気持ちをねじ伏せるようにして、オレはなるべく冷たい声を出した。
「もうここには来ないでくれ」
もううんざり。
そんな感じで言うと、チェルがハッと息を呑む気配がする。やがて。
「……わかった。そうする」
か細い答えが返ってきた。
「レックス。……じゃあね」
「あぁ」
やり取りはそれで終わり。ドアの向こうで、軽い足音が廊下を歩いて離れていく。
さみしいけど、ホッとした。
もうこれで彼女を巻き込まなくてすむ。迷惑をかけることもなくなる――そう思って。
まったく、炯。おまえのドSっぷりにはホント泣かされる。
文句と恨み言とを頭ん中で羅列しつつ――オレは、あらゆる現実を閉め出すように目を閉じた。
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