8
「レックス……、レックス! ……おい!」
収容施設の独房の固い床で横になっていたオレは、押し殺した呼び声に目を覚ました。
(――……ん?)
寝ぼけ眼をこすって周りを見てみれば、
入口のドアは半分ほど開いていて、その先にも一人いるようだ。
「おまえら……?」
ぽかんとするオレに、囲んでた隊長達が順番に言った。
「えらい顔が劣化してるけど、あんたレックスだろ!?」
「オレ達、あんたに死なれちゃ困るんだよ」
「そうだ。あの
「おい、話は後だ。まずここから早くずらからないと……!」
オレを立たせながら、そいつらは油断なくあたりを見まわす。
「監視カメラはごまかしてある。刑務官に気づかれないうちにズラかろうぜ」
「おまえら……!」
(なんていいヤツらなんだ……!!)
バレたら自分達だってただじゃすまないだろうに。それでも助けに来てくれたみんなの気持ちに感極まって涙が出てくる。
こいつらとの付き合いを反対したダグに向け、心の中で思いっきりドヤ顔をしてみせた。
そらみろ。やっぱいざって時に大事なのは仲間なんだぞ!
あとオレの人徳かな!
総勢五名の小隊長達に囲まれて、非常用の通路から外に出る。あっさり自由になれたことに、拍子抜けするくらいだった。
つっても、もし助けにきたのが炯だったら、おとなしくついてったりはしなかったはずだ。
(あいつなら、オレの生態認証を利用してダブルナインの機動データを横取りしてから、もう一度ここに放り込むぐらいのことやりかねないからな)
……やりかねないからな。
…………な。
(ちょっと待て――)
なんかいやな予感を覚えて、その場で足を止める。
と、こっちをふり向いたみんなの顔に浮かぶ、貼りつけたような薄ら笑いに気づいた。
「な、なぁ、……なんでおまえらそんな、赤ずきんをだまくらかす狼みたいな顔してんの?」
「どうしたんだ、レックスぅ?」
「オレ達が信じられないって? 悲しいなー」
「悲しいけど仕方ないなー」
その瞬間、五人の空気が変わった。
「ふん縛って連れてけ!」
そんなひと言と同時に、いっせいに襲いかかってくる。
「マジか!?」
オレはまわれ右をして一目散に走り出した。
当然、後ろからは五人分の足音が追いかけてくる。
「逃げるな! 殺しゃしねぇから!」
「そうだ! もらうもんもらったら、ちゃんとまた施設にブチ込んでやる!」
ほぉら、やっぱり!
仲間ヅラして助けに来たやつらの裏切りを、全速力で走りながら全力で呪う。
「うるせー! おまえらなんか、階段に向こう脛したたかに打ちつけて悶絶しろぉぉぉ……!」
「こんのエセ英雄が! 死ぬ前に少しくらい役に立ちやがれ!」
「大してうまい汁吸わねぇうちに失脚しやがって! バカを一生懸命おだてなきゃならなかったオレらの気持ちにもなれってんだ!」
「ば、バカぁ……!?」
「まさか自分がホントに尊敬されてるとでも思ってたのか!?」
「だとしたらまごうことなきバカじゃねぇか!」
次々と明かされる真実に、ヤケになって絶叫する。
「まったくだぜ! 反論のしようもねぇよ!!」
わめきながら周囲に目をやった。
こいつらは収容施設のシステムに干渉して、容疑者を逃がしたわけで、軍規に思いきり違反してる。
見つかればただじゃすまないんだし、人目のあるところまで逃げれば、騒ぎになるのを警戒して追ってこなくなるはず。
すばやくそう判断して、オレはカフェテリアに飛び込んだ。
ちょうど飯時なのか、大勢人がいる。
(――――よし……)
客の中に紛れ込んで少し息をつこうとした、そのとたん周りがざわっとどよめく。
その時になって、オレは大事なことに気がついた。
光学マスクを……つけてない。
おりしもカフェテリアに備え付けのホログラム・スクリーンには、レックスを
それがレックスの素顔だってことを知ってるのは、ほんのひと握りの人間だけで――
「……や、ちょっと待て。落ち着こう。みんな、深呼吸だ――」
スー、ハー、とひとり深呼吸するオレの周りで、叫び声が上がった。
「ウィレム・ブラクモアだ!」
「レックスを殺したヤツだ!」
「ちがう……! オレはレックスだ……!」
反射的に言い返したところに、追いかけてきた隊長達が駆け込んでくる。
ひと目見て状況を把握したらしいヤツラは、清々しいほどにあっさりと計画を断念した。
「ウィレム・ブラクモアが逃げようとしてた!」
「オレ達がここまで追い詰めたんだ。みんな、捕まえろ!」
「おい……っ」
助けを求めて見まわした目が、吸い寄せられるようにひとつの顔に気づく。
(チェル――……)
驚いたようにこっちを見てた彼女は、ぱっと顔をそむけて身をひるがえした。
そのまま走ってどっかに行ってしまう。
そのすぐ近くにマノンがいた。彼女はレックスの素顔を――オレの正体を知っている。
「マノン――」
助けを求めて一歩踏み出す。
しかし確かに目が合ったはずの彼女は、それを無視して横の友達と話を始めた。見せ物でも見るようにこっちを眺めながら、他人の顔で楽しそうに笑っている。
取り押さえようと、周りのヤツらがいっせいに飛びかかってきた。
「放せ!」
振り払おうとすると、反撃と思われたのか殴られ、蹴られる。
一人の始めたことがみんなに伝わり、あっという間にエスカレートした。
「よくもレックスを!」
「海賊が! 汚ねぇ手を使いやがって!」
「おまえに生きてる価値なんかない!」
「世の中のために死ね!」
「なるべく苦しんで死ね!」
怒声と罵声の中、ガツンガツンとよってたかって袋だたきにされる。
おい待て。オレはレックスだぞ!?
軍は生かしたままリサイクルするつもりらしいんだけど!?
殺していいと思ってんの!?
心の中では色々呼びかけてたものの、実際にはろくに声にならない。
そしてオトナの事情を知らない一般の兵士や、訓練生達の暴行は、ひたすら感情的で手加減がなかった。
(――ヤバい)
もしかしてオレ、ここで死ぬかも。
本気でそう覚悟した。――その矢先。
「何をしている!」
聞き覚えのある声が、鋭くその場を貫いた。
興奮で頭に血が昇っていた連中の動きを一瞬で止めた声の主が、人垣をかきわけて近づいてくる。
朦朧とする頭をわずかに動かし、腫れ上がった目蓋の隙間から相手を振り仰ぐと、ダグがガブリエラと一緒に姿を現すのが目に入った。
オレの正体を知っているダグは、押さえつけていた数人を鋭利な黒瞳で見据える。
「そこまでだ」
「なんでだよ! ダグ、おまえ悔しくねぇのかよ!?」
「そうだ! こいつはレックスを……!」
反論する面々に向け、今度はガブリエラが淡々と返した。
「どうせその人は近いうち死にます。せっかく軍が、みんなで見て溜飲を下げてネって思惑で公開処刑するというのに、その前に殺してしまっては元も子もないじゃないですか」
冷静すぎる声が、その場に満ちていた異様な熱気を冷ましていく。
ダグが目の前に立つと、オレの顔をぐりぐり踏んでいた汚ぇ靴が、渋々って感じで離れていった。
床の上でのびてたオレを、ダグは無造作に肩に担ぎ上げる。
「ぐぁぁぅおぅあぁ……!」
「うるさい。耳元で叫ぶな」
そっけなく言いながら、ダグは足早にカフェテリアを出て収容施設へ向かった。
いや、そんなにさっさと歩かないでくれるかな! 傷に響きまくるんでな!
断続的に短いうめき声をもらすオレに、一緒についてきたガブリエラが冷たく声をかけてくる。
「なに? 何か言いたいのですか? お礼?」
ダグが続ける。
「礼ならブロッサム少尉に言え。彼女が呼びに来たんだ」
(――――チェルが?)
てことは、走ってどっかに行ったのは、そのせいだったってことか……。
ちょっとだけうれしくなる。
けど、ほんわりした気分でいられたのは一瞬だった。
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