外からハッチの開けられる音がして、やがて光が降ってくる。

 コクピットの中で、うずくまるようにして泣いていたチェルは、抱えたひざに顔をうずめた。

 その頭上で、隊長の声が響く。


「――待てど暮らせど出てこないから、メカニックが心配してるよ」


 炯・フェンリル。

 自分とそう年が変わらないなんて信じられないほど、大人びた強い人。

 大勢の熱狂的なファンを持ちながら、いつも独りでいる人。――ファンに囲まれていても、淡い微笑みを浮かべて「アタシが会いたいのはあなた達じゃないよ」って目で周りを見ている人。


 何をするにも容赦なく、隊員たちに恐れられていながら、たまにこうして、紅一点のチェルにだけ思い出したように優しさを見せる人。

 いつまでたっても顔を上げようとしないチェルに、彼女はやわらかく訊いてくる。


「アタシを恨んでる?」


 チェルは首を振った。

「……ここに連れてこられてからずっと、自分の運命を恨んでました……」

 膝頭に額を押しつけながら、ぽそぽそと話す。


「なんでわたしがこんな目に遭わなきゃならないんだろうって、悔しくて、悔しくて……。そんなとき、カイルに会ったんです」


 レックスが光学マスクを外し、カイルと名乗って自分と出会ったことは、もう話した。炯は人の話を聞くのがうまいので、気がついたときには聞き出されていたのだ。


「わたし、彼にすごく救われてました。……大好きだった、のに――」


 涙が出てくる。苦しい。

 彼を傷つけたくなんかないのに、自分はいつも逆のことをしている。

 ず、と小さく洟をすすったとき、頭の上にぽんと手が置かれたのが分かった。

 手はそのまま、チェルの頭をなでてくる。


(――――――……)


 炯は不思議な人だ。何を考えているのか、さっぱりわからない。

 チェルとレックスの関係を知りながら、軍にはだまっていてくれた。


「隊長はなんで私をかばうんですか?」

「そりゃ、あんたにはまだ働いてもらわなきゃならないし」

「はぁ……」


 涙のかわききっていない目で見上げるチェルに、相手はふと笑みをこぼす。


「……あんたがどれだけ努力してここにいるか知ってる。どんな道を進もうと、あたしの評価は変わらないよ」

「変わらない……?」

「そ。仮にレックスを助けようなんて浅はか極まりない選択をしたとしても」

「…………」


 あぁ、この人は見抜いてるんだ。チェルがいまだに、レックスと逃げる未来を夢想していることを。

 だけど――


(買いかぶりだわ)


 夢想は夢想に過ぎない。

 ここではないどこかへ行くために自分のすべてを賭けるほど、チェルは思い切りのいい性格ではなかった。

 むしろその逆だ。

 うまくいった際の未来よりも、失敗したときのことを考えてしまい、身動きが取れなくなる。いつも最悪の事態を想定して道を選ぶ。


(一緒に行きたい。でも無理だよ、レックス。やっぱり無理なんだよ……!)


 彼を助けるために軍に逆らうなんて、想像することもできなかった。

 彼は自分のために命を賭けてくれたのに、チェルにはどうしても、同じことができない。


「……わたしは、保身を選んでばっかりです……」


 自分の情けなさに涙が出てくる。

 歯がみして見上げていると、炯はフッと笑った。


「しょうがないんじゃない? みんな凡人なんだし。こっちにはこっちの都合があるわけだし」

 チェルにとっての最悪の裏切りを、彼女は何でもないことのように話す。

「この状況じゃ、あいつを見放してもしかたないよ」


「――――……っ」


 きっぱりと言われたことに、ほっと胸をなで下ろした。

 どうしよう。この人はチェルのほしい言葉をくれる。

 自責の念に埋もれそうになっていたチェルを、いともたやすく救ってくれる。


(だってこうするしかないじゃない……!)


 優しい炯の言葉を免罪符に、胸をさいなんでいた罪悪感が少しずつ薄れていく。

 そしてチェルは、自分の進むべき道を決めた。


 ……それがレックスの望むものではないと、よく理解した上で。

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