『ウィレム・ブラクモアは「ロータスの惨劇」を引き起こした海賊グループの一味であり、コロニー「ノエル・ザキ」において秘密工作中、当局によってひそかに捕らえられておりました。しかし今回、収容施設から逃亡した彼は、「ノエル・ザキ」からの脱出のため、ダブルナインの奪取を試みたのです。ブラクモアは格納庫で鉢合わせたレックス・ノヴァを殺害。メカニック二名に重傷を負わせた後、レックスの生体情報を使ってダブルナインを起動させ、そして彼を殺害したものとみられています』



『ブラクモアと鉢合わせた際、レックス・ノヴァは丸腰であったにもかかわらず、身を挺してメカニック達を守ろうとしたそうですよ』


『レックス・ノヴァは最後まで英雄の名にふさわしい行動を取り、崇高な姿勢を我々に示し続けてくれたのです。しかしブラクモアはそんなレックス・ノヴァを無慈悲に殺害したわけです!』


『長い間、国のために最前線に立ち、勇敢に戦い続けてくれていた少年の突然の訃報に、街の人達も驚きを隠しきれません。街の声を聞いてみましょう』



『――衝撃で、何て言えばいいのか……言葉がありません……!』

『戦場でないところで死ぬなんて、きっとくやしかったでしょうね……』

『いやぁ……そんなぁ……! うぅぅっ……ひどいですぅ……っ』

『海賊どもを根絶やしにするべきだ!』

『心からのご冥福をお祈りします……』



「……生きてます」


 好き勝手なことを言う立体ホログラムのニュース映像に対し、オレは不機嫌に返した。

 次いでニュースの画面が、光学マスクを取ったレックスの素顔を大きく映し出す。

 しかしその下にある名前は、まるで覚えのないものだった。


「ウィレム・ブラクモアって誰……?」

「あんた」


 答えたのは炯だ。


「このニュース、まったくデタラメってわけじゃないらしいよ。ウィレム・ブラクモアって男は実在するみたいだし。『ロータスの惨劇』の場に居合わせた海賊グループの遊撃隊長で、十七歳だって。……ぴったりでしょ」


「で、本物のそいつは?」

「ラスティ・ネイル達を助けるためにこの基地に侵入して、爆弾テロを起こそうとしたんだって。でも途中で見つかって射殺された」

「……ふぅん」


 知れば知るほど、とんでもない世界にいたってことに気づく。

 今まで自分はどこ見てたんだってくらい、一線を越えたオレに、ここは戦時中の軍隊の本性をむき出しにしてきた。

 無意識に顔をなでたものの、そこにいつもの光学マスクはない。没収されたのだ。

 ってわけで、今のオレはただの地味顔の子供。


(ただの、じゃねぇな。レックス・ノヴァ殺害の容疑者か……)


 ここは、ついこの間までラスティが放り込まれてた捕虜の収容施設なわけだけど――


「……てか、なんでおまえがここでくつろいでんだよ?」


 オレの視線の先では炯が、床に直接座る姿勢で後ろに手をついてる。その前には、大画面のホログラム映像が浮かび上がっていた。

 全部知ってて、しれっと裏切りやがった相手は、肩越しにふり向いて笑う。


「目を覚ましたときに説明役がいた方がいいかなって思って、待機しといてやったんじゃないの」


 そう。

 そして目を覚ましたときに、そのふてぶてしい顔を見たオレは、逆上してつかみかかったもののあっさり返り討ちに遭い、投げ飛ばされ、蹴倒され、みぞおちに決められた後で襟首をつかんで持ち上げられ、ケガを増やされたあげくに、泣きを入れさせられたのだった。


(寝起きじゃなかったらヨユーで勝てたんだけどな! 負け惜しみじゃねぇぞ!)


 ……まぁそれはともかく。

 結局チェルは逃げることができなかったわけだけど。

 でも不幸中の幸いっていうべきか、軍はレックスの暴挙を、ラスティ・ネイルに惚れて逃がそうとしたせいだって考えているらしかった。


(んなわけねーだろが!)


 聞いたときは心の中で思いっきりツッコんだけど、チェルにとってはその方が都合がいい。――ってことで、そういうことにしとこう。

 炯も、自分の小隊の隊員に変な疑いがかかると面倒だって言って、口裏を合わせてくれていた。

 また何か企んでるのかもしれないけど、ひとまず助かる。


 テレビの中では、レックス・ノヴァの葬儀についての情報が流れていた。

 この『ノエル・ザキ』で、連邦のお偉方が大勢出席しての国葬になるらしい。すげーなおい。

 他人事のように眺めながらつぶやく。


「……ずいぶん簡単に殺すんだな」


 冷たいとか、そんな話じゃない。

 理屈で考えても『レックス・ノヴァ』は軍にとって、手間と金をかけて作り出した、都合のいい象徴だったと思うんだけど。


「…………オレ、これからどうなんの?」


 正直、あんま積極的には知りたくない。けど訊かないわけにもいかない。

 おそるおそるの問いに、炯はさらりと応じた。


「表向きには、ウィレム・ブラクモアとして処刑」

「――……実際のとこは?」


「思想矯正施設送り。そこで洗脳して、人格消して、――でもそうすると感情表現や表情がなくなっちゃうから、新しいマスクをかぶせて、無表情硬派な新人パイロットとして再デビュー……ってとこじゃない?」


「ひでぇ!」

「ほんとにねー」

「オレ、めっちゃかわいそうじゃん!」

「まったくねー」

「何とかなんない!?」

「なんないねー」

「炯!」


 オレの情けない絶叫に、炯は「あはは」と笑う。


「でもチェルのことは心配しないで。あの子、使えるし。守るよ」

「使える?」

「まだ頼りないけど、実戦慣れすればきっといい戦力になる」


 炯は肩越しにオレをふり向いた。


「チェルは、徴兵した兵士としては最初から異例の特別扱いだった。訓練課程をいくつもすっ飛ばして、代わりにテクノノートの操縦ばっかり、一日十時間の特訓を課されてたみたいだよ」

「十時間……」

「並の男でも音を上げるような猛特訓をね。よくついていったよ」


 普段、ほとんど他人を褒めることのない炯が、めずらしく絶賛してる。かなりチェルを気に入ってるみたいだ。

 普通のパイロットなら、あの・・炯・フェンリルにここまで認められたら、死ぬほど感動するはずだ。でもチェルは――


『ごめ、……なさ……っ』


 最後に聞いた、悲鳴みたいな声が、頭の中によみがえる。


「チェルは評価されることなんか望んでねぇよ。実戦に参加するのは――人を殺すのはいやだって言ってた」

 けど炯は、あっさり返してきた。

「平気でしょ。人間、何にでも慣れるもんだし」

「炯!」


 怒声に、炯は茶色の目を不穏に細める。


「手放すつもりはないよ。いまは特に。……人質にもなるしね」

「人質?」

「あんたの処刑・・の日、ダブルナイン小隊が警備の任に当たることになった。なのに警備の総指揮はアタシ。どういう意味かわかる?」

「……ダブルナイン小隊の中に他に離反者がいないか、おまえに探らせる……?」

「当たり。もちろんレーヴィの考えたこと。――あの女、本当に性格ひん曲がってる」


 炯はくつくつと喉の奥で笑った。


「ま、そういういうわけだから」


 言いながら、彼女は四つん這いでゆっくりこっちにやってきた。

 思わず逃げ腰になったオレにおおいかぶさる位置まで迫ってきて、くっつきそうになるくらい顔を近づけてくる。

 気ままに跳ねる榛色の髪が目の前でゆれる。

 薄いほほ笑みを浮かべた顔の中で、髪と同じ榛色の瞳が、威圧的にスッと細められた。


「仮にあんたが逃げようなんて考えたら、あの子がどうなるか、……分かってるね?」

「――――……」


 その言葉は、何よりも確かな拘束具となって、オレの意識を縛りつけた。

(チェル……)

 拳をにぎりしめる。


(ごめんな、チェル。逃がしてやれなくて――こんな世界に一人残して。ごめんな……っ)

 だまってにらみつけてると、炯は「ふふっ」って笑いながらオレの上からどいた。

 テレビに目をやり、つまらなそうに言う。


「レックスはもう死んだ。次はアタシの番」


 ニュースの中では、『ブラクモアに奪取された』ダブルナインを追い詰め、捕獲を指揮するアレイオンが大写しになっている。

(あれ、撮ってたのか……)


 その後、いかにも急ごしらえっぽい、炯の特集が始まった。

 今まではレックスの影に置かれ、なるべく目立たないよう扱われてたのに。今はレックスの長年の仲間であり、一番のライバルでもあった特別な存在として、大々的に取り上げられている。

 そしてその彼女が、レックスの仇を取ったっていう劇的なドラマを、コメンテーター達は口々に賞賛していた。


 炯はゆっくりと立ち上がった。そして地べたに這うオレを、高みから見下ろしてくる。

 そのわりにさして嬉しそうにするでもなく、彼女はごく淡泊な笑みを浮かべた。


「アタシが、レックス亡き後の新しい『英雄』になったんだ」

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