「やべぇ!! オレ強すぎるよぉぉぉぉ!!」


 自画自賛の洪水に溺れそうになってるオレの耳に、公共通信オープンチャンネルが届く。

 その中ではたったいま目の前にしてる、各小隊の隊長達が絶望的な声を張り上げていた。


『はぁ!? 撤退!? 冗談だろ! ふざけんな!』


 言うまでもなく領邦ラント出身の隊長達は、つい昨日まで仲良くしゃべってたヤツらだ。けど、オレを倒せばこいつらのランキングが劇的に上がるのもまた事実で。

 その叫びは悲痛だった。


『あとちょっとで倒せるって! 絶対!』

『頼む! こんなチャンス今しかないんだ!』

『邪魔したら泣くぞこら!』


 けど後方の――基地司令のオッサンの命令もまた、なんでか必死そのものだった。


『くり返す!! 各小隊、一時後方へ退がれ! 特殊作戦群装甲機動師団総司令官フォン・レーヴィ大佐の命令だ! 頼む! 撤退してくれ! さっきの命令は取り消す! お願いだから言う通りにして……っっっ』


 まるで頭に銃でも突きつけられているかのような、半泣きの懇願……もとい通信に、各小隊の隊長機がいかにも渋々くやしそうに去って行く。

 つっても息をついてる暇はなかった。


 それと入れ替わるように現れたアレイオン小隊が、隙のない動きでダブルナインを囲い込んでくる。そして――

 目の前に、深紅の隊長機が悠然と近づいてきた。


「真打ち登場……ってか?」


 茶化しつつ、さすがに緊張する。

 何を考えているのか、つかみどころのない女。

 でも訓練で戦ったことなら何度かある。勝てない相手じゃない。


(一対一ならな……)

 そんな考えを読んだかのように、炯は言った。


『悪いけど、あんたの相手はあたしじゃないんだ』

「あ?」


 意味をつかめないでいると、アレイオン小隊の中から量産型のガルムが一機、進み出てくる。


(――――?)


 機体性能的に、ガルムはダブルナインの敵じゃない。おまけにオプティカル・ブレードを構える動きには、どこか戦うことへの躊躇をぬぐいきれない、ためらいが見える。


「誰だか知らねぇけど、ひっこんでな!」


 炯の狙いは読めなかったものの、とりあえずそいつを追い払おうと、先制攻撃に出た。

 こんなとこで引っかかってる場合じゃない。炯が何て言ったって、最終的にはあいつとの一騎打ちになるにちがいないから。


 こっちからブレードをたたきつけると、ガルムは守りに入った。

 でもそれを許さない勢いで攻撃をくり返し、容赦なく鼻っ面を叩く。

 士気を削ぐための立派な心理戦だ。


『――……っ』


 高い悲鳴と共に、相手はかろうじてそれを受け流した。そして体勢を立て直しざま、即座に反撃してくる。

 こっちの動きに慣れてくると、攻撃からはムダが消えていった。

 ひと振りごとに鋭さが増していく。

 さすがアレイオン小隊の隊機。適応能力が高い。


(でも、適応能力だけじゃ勝てないぜ?)


 気楽に応戦しつつ、ふと違和感を覚えた。

 さっきの悲鳴は女のものだ。けどレックスの『記憶』によると、アレイオン小隊に女の隊員はいなかったはず……?

 つばぜり合いの間にそう考えた、まさにその時。

 炯の声が淡々と割って入った。


『チェル。チェリー・ブロッサム少尉、なるべく生け捕りの方向でよろしく』

『……はい――』


「――――――――――――――――……え?」


 ぼう然とするオレに向けて、炯が言った。


『あんたにはまだ紹介してなかったね。その子、あんたが大怪我してる間に入った、うちの新顔。まだちょっと頼りないとこもあるんだけど、まぁ相手してやって』


(――――いや)

 いやいやいや、待て。おかしいだろ?

 不意打ちで崖から突き落とされたような感覚に陥った。

 頭の中は大混乱。


(いや、ちょっと待てって。……うん、落ち着け――落ち着け、オレ……)


 今の今まで、やんなきゃなんないことは、この上なくくっきりしてたのに。

 道もひとつしかなくて、迷うことも、ためらうこともなかったのに。――なのに!

 なんで今チェルがオレの目の前にいんの? オレに剣を向けて戦ってんの?


(そんな……バカな。チェルは――)


 チェルは、ラスティや他の海賊達と一緒にシャトルに乗ったんじゃねぇの?

 ラスティがそう言ってたじゃん!


「意味わかんねーんだけど!?」


 そう考えたとき、ひとつの推測がひらめいた。

 もしチェルが乗ってないって正直に言ったら、オレがシャトルの安全な離陸に協力するかどうか分からなかったから。――だからラスティは嘘をついた?


 頭の中が真っ白になる。

 次いで、ぞわっと身体中の毛が逆立った。

 猛烈な怒りで。


「ラスティぃぃぃ……!!」


 うめきながらも、幾重にも襲ってきた衝撃にパニックになる。

 まさかまさかまさか――考えは空まわり、めぐる言葉はそればっかり。

 そもそもチェルがパイロットだってことすら知らなかった。いや、訓練期間の計算が合わない。パイロット候補生は一年間訓練するんじゃなかったのか?

 そう考えた頭に、いつだったか耳にしたダグの言葉が甦る。


――どえらい新人が入ってきたとか噂になってた。


 ひと月で課程を終了したっていう、あれがチェルのことだったっていうのか? おまけに配属された先がアレイオン小隊!? んなこと想像つくかよ!!


「ちきしょう! 炯!! てめぇもだ! かつぎやがったな……!?」


 オレの負け惜しみに、炯は静かに返してきた。


『かついでないよ。言わなかっただけ』

「くそ……!!」

『レックス、ごめん……っ』


 苦しそうなチェルの声に、炯は容赦なくかぶせてくる。


『チェルのためにやられてやってよ、レックス。彼女が、あんたのバカげた計画と何の関係もないって、周りにはっきり分かるように証明させてあげて。でないと今度はチェルがややこしい立場に立たされちゃうんだよ。気の毒でしょ?』

『隊長! ……やめてください……っ』


「チェル……」

『彼女の両親、このあいだ徴兵制反対のデモに参加して当局に捕まっちゃったんだってさ。もう釈放されたらしいけど、娘があんたの仲間だと疑われたら、また捕まっちゃうかもしれないね?』

「――――……っっ」


 ぐぅ、と喉が変な音をたてる。


『レックス――ごめんなさい……っ』


 そう言いながらも、チェルは迷いを振り切るようにオプティカルブレードの柄をもうひとつ取り出した。

 光の刃が出現する。長いブレードではなく、刀身の短いナイフだ。


(両利き!?)


 とっさに攻撃を弾いたシールドにXの筋が走った。

 光の刀がぶつかり合い、大きな光を放つ。物の考えられない頭のまま、ただ反射だけで刀身を打ち交わす。

 刃がかすめるごとに、それぞれの機体からパーツが飛び散った。

 彼女はつばぜり合いの末に、こっちのブレードをはじき飛ばし、その勢いのまま片方のナイフを振り上げてダブルナインの肩部を切断する。


 それは致命傷ではない。その気になれば巻き返すチャンスは充分あった。けど――

 チェル相手に、その気・・・になれるわけがない。


 決められる瞬間があっても、どうしても決められなかった。

 だって……もし万が一のことがあったら、怪我をさせるかもしれない。下手すれば命に関わるような、大怪我を。

 そう思うと手も足も出なくなる。


 炯が小隊に向けて言い放った。

『レックスは見ての通り。全機、用意はいいね? ――撃て!』

(――――……!?)


 合図と同時に、アレイオン小隊の隊員たちが放った細い繊維状のインフィニティ製の網がダブルナインに巻きつく。

 蓑虫みたいにグルグル巻きにされて、勝負はあっという間についた。

 動きを封じられたダブルナインは、それまでの暴れっぷりが嘘みたいに、あっけなく取り押さえられる。


 外から強制的にハッチを開かれ、オレは生身の兵士達にコクピットから引きずり出された。

 そのとき、ふと見上げた先にチェルの機体がいて、こっちを見下ろしていることに気づく。

 同時に、イヤホンから悲痛にかすれた彼女の声が聞こえてきた。


『レックス……っ』


 嗚咽混じりの声が、苦しそうにうめく。


『ごめ、……なさ……っ』

「……や、オレの方こそごめん」


 無敵だから――誰にも負けない力があるから大丈夫。

 そんなふうに自分に酔ったりして、ツメの甘い計画を立てて、結局自滅した。

 オレにとってはそれだけのこと。


 ――だから。

 だから、どうかチェルが、このことでなるべく傷つきませんように。


 そう祈った瞬間、オレはスタンガンみたいなものを当てられて、気を失った。

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