『ちょっと、あの子どうしちゃったの……!?』


 非番のところ、知らせをうけて駆けつけたのだろう。

 ふいに開かれた個別通信クローズド・チャンネルのホログラム画面に、いつにも増して化粧の濃い、ハデな私服姿のレーヴィ大佐が映し出された。


『あの大人しい子が、なんでいきなりこんなこと……!』


 アレイオンのコクピット内で、状況を注視していた炯は白けた声で応じる。


「恋わずらいみたいよ」

『はぁ!? こいぃぃぃ!? ――え、まさかラスティ・ネイル? あの万年欠食児童に!? 本気で頭いちゃったんじゃないの!?』

「うん……まぁ、のぼせてはいるだろうね」

『カンベンして! 炯、今すぐあの子を取り押さえるのよ』


 投げやりな指示に、肩をすくめて返す。


「ムリ。さっき、ゴリアテ、パンジャンドラム、フライングパンケーキ各小隊の隊長機が飛び出してったもん。それはそれは楽しそうに」

『誰の命令!?』

「基地司令かな?」

『もぉぉぉぉ、世話の焼ける!』


 レーヴィは天を仰いで絶叫した。


『一〇一回目のお見合い中だったのよ!? 今度こそうまくいきそうだったのに!』

「……気のせいでしょ」

『いい? 五分以内に他の小隊は下がらせるわ。そうしたらあなた達の出番よ』


 炯のツッコミをきれいに無視して、レーヴィはこちらを見据えてくる。


『アレイオン小隊、全力でダブルナインの動きを止めて。パイロットは可能な限り生きたまま回収すること!』

「難しかったら?」


 当然の質問をすると、相手は押しだまる。けれどそれも一瞬だった。


『――パイロットの生命活動を終わらせなければ、ダブルナインが強奪されるっていうなら、やむを得ないわね』

「りょーかい」

『恋わずらいですって? なんて生意気なの! 上官の私をさしおいて……!』


 悲痛な叫びの途中で、炯はぶちりと通信を切る。


「いいなー。アタシもわずらいてー」

 真顔で低くつぶやきつつ、炯は通信を公共オープンへと切り替えた。

「アレイオン小隊各機へ。レーヴィの言質取った。レックスの周りからハエが消えたら、あたしらの出番だ。きばってくよ」


了解ラジャー!』

 意気軒昂な唱和が返ってくる。

 手塩にかけて鍛え上げた部下達の反応に、炯はくちびるの端でフッと笑った。

 そして宙に浮いて着座しているかのような、全視界スクリーンのコクピットから戦況を眺める。


『あぁああぁぁぁぁぁぁぁっっっ』


 叫べば。

 あらん限りの声で叫べば、運命が変えられる。

 まるでそう信じているかのような咆哮を上げながら、レックスは信じられないほどの奮闘を見せていた。

 精神論なんか、語るのもバカバカしい。


 これまで炯はそう信じていた。けれど今のレックスの気迫と無敵さは、それ以外に説明しようがない。

 精鋭と呼ばれる特殊作戦群装甲機動師団の、各隊合計数十機に囲まれながら、まったく引けを取らないなど常軌を逸している。

 理論的に考えてあり得ないことなのだから。

 その神懸かった動きを目の当たりにしては、ただ感嘆のため息しか出てこない。


『……すごいですね』

 アレイオン小隊の副長の声が、公共通信オープンチャンネルの中をただよう。

 炯は「うん」とうなずいた。


 以前のレックスには欲がなかった。

 勝ちたいという欲がない。勝つのが義務だから勝つ。ずっとそれだけだった。

 なのにどうだろう。今は。


「なんでソレ、自分のためには発揮できないかねー?」


 もしできていれば、データをいじらなくても、実力でランキング首位に君臨できただろうに。


 ダブルナインの背後で、小型の輸送船が一機、港を離れて宇宙に出ていく。パネルの識別信号によると、離陸許可なしノーパミッション

 乗組員の腕がいいのだろう。輸送艦の足は速く、多数のテクノノートがそれを止めようとするものの、どんどん引き離されていく。

 いちかばちかで攻撃しようとした機体や対空砲は、ダブルナインによって即座に破壊された。


「ほんとに惚れ惚れするね」


 うっとりとつぶやく。

 強いものは美しい。それは炯にとって、ごくシンプルにして絶対的な真理だった。

 レックスはとにかく動きが速い。そして抜群の姿勢制御によって、金属の塊と思えない動きをしてみせる。


 眺めている間にもダブルナインは相手の意表を突いて飛びまわり、時に敵機を足場にして方向を転換した。

 ライフル、ショットガンと瞬時に武器を使い分け、おまけにコクピットへの攻撃を巧みに避ける様には余裕すら感じられる。


(つっても、そろそろ・・・・だよね?)

 他の小隊の活躍を遠目に見ながら、待っていたのはその時だった。


 いかに天才といえど武器の充填ばかりはままにならない。いわゆる弾切れである。

 飛び道具が使えなくなると、レックスはすぐに武器を手放し、前腕部に装備されていたスティックを取り出した。

 オプティカル・ブレードだ。光束ビームの刀身を形成する近接戦闘用の武器。

 炯はそのタイミングで前に進み出た。


「悪いね、レックス。あんたはアタシの踏み台になるんだ」


 自分はいまから彼にとどめを刺す。卑劣きわまりない奸計によって、労せずして息の根を止める。

 昂揚はなかった。

 できればやりたくない。でもやらなければならないから、やる。――それだけだ。


 彼に守りたいものがあるように、自分には這い上がらなければならない理由がある。目の前にある好機に食らいつかなくては、困難な目的を果たすことなどできるはずがないから。

 小隊から自機だけ前に突出したところで、副長が言った。


『隊長』

「んー?」

『ハエが消えました』

「よぉし、じゃあさっき言った通りにして」

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