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(ラスティ、いまどうなってんだよ――)
連絡船からの通信が一向に入らないことに、胃がきりきりする。
報告! 連絡! 相談! のホウレンソウはハイジャックの基本だろ!
コクピットのシートの上で、痛む胃を押さえながら、ヤケんなって声を張り上げる。
「連絡くれたら次会ったとき何でもおごってやるから早く状況を教えろぉぉぉぉ!!」
『順調でーす!』
とたん、耳に飛び込んできた脳天気な返事にイラッとする。
『いま何か言った? すごーく甘美なセリフが聞こえた気がするんだけど♥』
返事だけじゃなく、サクサクと何かを食べる音まで聞こえてくる。察するにアイスクリームのコーンの部分だなこの女マジ首しめてやりたい。
(いや待て。大人になれオレ……!)
今は果てしなくそんな場合じゃない。
自分を落ち着かせて、一番大事なことを訊ねた。
「チェルは乗ったな?」
『もちろん! 機器を点検してもらってるんで今ここにはいないけど』
「よし。――ならそのまま離陸しろ。あとのことはオレにまかせて、おまえらはとにかく宇宙に出ることだけを考えるんだ」
『了解。よろしくねー』
明るい声と共に通信が切れる。
(チェル、来てくれたんだ……)
安心した気持ちからどっと力が抜けて、それから新しい力が湧いてきた。
急速にやる気が漲ってくる。
(よかったな、レックス!!)
「よぉっし!」
ひと声張り上げ、ダブルナインを修理点検モードから戦闘モードに移行させた。
レックス・ノヴァ、一世一代の悪ふざけだ。
英雄だけにイタズラも規模がでっかくなっちゃうんだこれが。悪いな!
非常招集のおかげで、基地内には機動させてるどころか、臨戦態勢の機体ばっかりだ。
そういうヤツラが、
「絶体絶命の大ピンチってやつ?」
チェルが逃げられるかどうかは、ここでのオレの活躍にかかってる。
(つまりほぼ問題なしってこと!)
実戦の数をこなすうち、戦闘にもすっかり慣れた。今では戦うときのヒリヒリした緊張感がクセになってるくらいだ。
これから
(戦うのが楽しみとか――)
はぁ……、とオレはやるせなくため息をついた。
「どこまでカッコいいんだオレ。ヤバすぎるだろ……」
しばらく自画自賛に浸ってから、いかんいかんと頭をふって操縦桿をにぎりしめる。
(正気の沙汰とは思えねぇな)
いまこの場でダブルナインを出撃させれば、基地内すべてのテクノノートを敵にまわすことになる。もちろん各小隊のトップが駆る、一筋縄ではいかない専用機も。
仮にそいつらを蹴散らせたとしても、アレイオンがいる。――レックスの上に立ち続けてきた、もっとも手強いライバルが。
(なのに全然負ける気がしねぇ)
チェルのため――レックスの死に際の願いをかなえるため。
そう考えると後から後から不思議なくらい力が湧いてくる。
なにがなんでも――どんな戦闘になったとしても、ラスティ・ネイルと彼女の部下達を逃がし、ここから脱出させるだけの時間を稼がなければ。
(行く――……!)
非常事態を告げるアラームの中、ダブルナインのコクピットのハッチを閉じてロックする。
勝機はある。
その自信と興奮の熱に浮されたように、他のことなんか何も考えられなくなった。
ただワクワクする。
(ほんじゃまぁ、ポチっとな)
テクノノートのケージは、それ自体が
よってオレは、アラームの中、ケージのインジケーターを勝手に操作して下へ降りた。
制止する声、警告する声、報告を求める声のすべてを無視して
足下で、生身の兵士や作業員達が機体の
「わざとなんだ。ごめんな?」
ニィッと笑った。
どうしよう、無敵だ。いま、世界で一番オレが強い。
生まれて初めてってくらい、最高潮に気分が高揚していた。
「行くぞ、ダブルナイン!」
チェルから得たエネルギーを胸に、それを進む力に換える。――前へ。
ケージから降りると、ダブルナインは背面の
重力のある陸上では二十分程度しか飛行を継続できないけど、ここみたいな無重力下でなら、少ないエネルギーで何時間でも進むことが可能だ。
宇宙に向けてぽっかり口を開けた港は、左右を押しつぶしたような楕円の円筒形だった。もちろん空気はないし無重力。空港の搭乗口から
壁には船のサイズに応じて様々な桟橋や船舶固定設備がずらりと並んでいた。
船と船との合間を、作業用のテクノノートや、積み込む貨物を運ぶ
天井照明のない暗い空間には、誘導灯と船のライトだけが幻想的に浮かび上がっていた。
つっても民間人や企業が利用する他の
ちょうどオレの見ている前で、桟橋から一隻の小型船が離れていくところだった。食料や日用品、交替の人員その他を中継基地へ運ぶための、小型の輸送艦にして連絡船――チェルとラスティ達の乗った船だ。
賊に乗っ取られたことは当然もう伝わっているわけで、警備のテクノノートがわらわらと、その進路をふさぐようにして止めにかかっている。
ダブルナインは即座に
三体の背部で小さな爆発が起き、スタビライザーが破損する。
それに気づいて即座に応戦してきた別の二機に向け、今度はさっきよりもよく狙いをつけて二発撃ち込むと――ほぼ同時に二体の頭部が相次いで弾け飛ぶ。メインカメラや各種センサーの詰め込まれた頭部を失い、相手は視界を奪われたことになる。
どれもパイロットは無傷だけど、宇宙空間においては事実上の無力化だった。
港湾はたちまち大混乱になる。
なんたってダブルナインが自分達を攻撃してくるんだから。
大音声の警報音が鳴り響き、赤色灯が明滅した。
オレにとっては間が悪く――向こうにとっては運良く、たまたま非常招集の訓練中で有事ばっちこーい! 状態だったテクノノートが、次々に地上の格納庫からエレベーターで降下して駆けつけてくる。
ボウフラみたいに次々わいてくる友軍機の小銃から放たれる高エネルギーのビームが、いっせいにこっちに集中した。
「ざんねーん! 当たんないんだな、これが」
オレは余裕でスタビライザーの推進力を全開にして、垂直方向に逃げる。同時にこっちもライフルを撃った。
複数の純白の光は的確に相手方に吸い込まれて爆発を起こす。
巻き込まれた機体が、破損したパーツを飛び散らせた。でも「命中!」とか考える間もなく向こうからも反撃が来る。
光の筋が雨みたいに降りかかる中、ダブルナインはシールドを展開しつつエネルギー・パックを交換した。
『ダブルナインパイロット、レックス・ノヴァ、聞こえますか!? ダブルナインパイロット、レックス・ノヴァ、聞こえますか!? 聞こえたら応答してください!』
後方のオペレーターからは、ひっきりなしにヒステリックな通信が入る。オレの声を聞くまで信じらんないって感じで。
しばらく無視してると(実際それどころじゃないし)、あきらめて別の手に出てきた。
緊急事態に駆けつけた全機に対して、ダブルナインの捕獲命令を下したのだ。
「捕獲ぅ? それって強いヤツが弱いヤツにするもんじゃねーの?」
オレはせせら笑う。笑いながら、一瞬も止まることなくライフルを撃ちまくり、前方で被弾し爆散した機体の横をすり抜けた。
止まったら標的になる。テクノノートのパイロットにとって、それはほとんど強迫観念だ。
ひたすら動きながら、できる限り効率よく攻撃を続ける。
『だぁぁぁ、しつこい!』
そんなラスティの声にふり向けば、視界の端で、出港していく小型の連絡船に追いすがるテクノノートを数機とらえた。
船の方もなけなしの搭載砲で迎え撃ってるみたいだけど、一度に複数機の相手はしんどそうだ。
ダブルナインは瞬時に連絡船をねらう機体へ銃口を向ける。そして当然撃墜した。
シャトルはよたよたしつつもどうにか港を出て行く。
「よっしゃ!」
あとは確実に逃げ切れるよう、オレがここでできるかぎり時間稼ぎをすればいい。
らちのあかない鎮圧部隊を支援するように、港湾からも砲撃が届いたものの、とっさにシールドで防いだ。
「ハッハー! おとといカモン!」
言いながら、声が弾んだ。どうしようもなくワクワクする。
子供の頃からの、長い訓練と実戦によって研ぎ澄まされたレックスの五感は、各種センサーが教えてくれるデータから、敵機の位置、攻撃、次の予測される動きのすべてを正確に把握していた。
その中で、どうすれば効率的に戦えるのかを、考える前にはじき出す。そして結論が出るのと同時に動いている。
(やぁっべぇぇ……!)
この無敵感、ハンパない。
今この場はオレが支配してる。この手で戦況をコントロールしてる。そんな自信があった。
興奮してるのに落ち着いてる。不思議な感覚。
(レックスって本当にすげぇ……!)
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