2
「さて。……ゲームのはじまりだ」
薄闇の中、オレの声が意味深に響く。
「フッ……フフフフ、フッハッハッハッ、ハーッハッハッハッハ……!」
ダブルナインのコクピット内で、ホログラムの球形スクリーンに広げた基地の地図を眺めながら、ノリノリでひとり悪役ごっこをしながら分かったこと。
……誰も聞いてないところでこれをやるヤツは、全員もれなくぼっちのかまってちゃんだ。それも、友達がいないんじゃなくて、一人でいることを自分が選んだんだ! ってあくまで主張するプライド高くてめんどくさい系。
(――って、それどころじゃなかった)
冗談を放り出し、光の膜のように広がるスクリーンに向き直る。
今日はノエル・ザキ基地の管轄宙域内にある中継基地への連絡船が出航する日。
計画では、まず制限を解除されたレックスの特権盛りまくりIDを使い、収容施設のシステムに侵入。ラスティとその仲間達の房のみ施錠を解除する。
(あとは自力で何とかすると言ってたけど――)
コクピット内に何枚か表示されているホログラムの中のひとつに、ちらりと目をやる。
と、ラスティにつけてもらってる発信器の位置情報が、地図の上をゆっくりと移動し始めた。
「お、すげー。もう収容施設出たのか……」
さすがに早い。隠密行動はお手の物ってことか。
あとはシャトル射出場で待っているチェルと合流してもらって、オレが前もって隠しといた武器を使って、ちょうど離陸準備を終わらせた頃のシャトルをハイジャックしてもらうだけ。
(完っっっ璧!)
レックスが考えて、オレが細部を調整した計画は、誰の目にも海賊の大脱走(運の悪い兵士がひとり巻き込まれちゃいました)にしか見えないはずだ。
「しっかりしろよ、ラスティ・ネイル。凶悪な海賊のメンツかかってんぞ……!」
点滅する小さな光は、まっすぐに
「ちょっ、見つかる! 見つかっちゃうから……!」
コクピットの中、オレは声を殺してうめく。
あーもう、じりじりする!
しかも光の点滅はスタンドから一向に動かない。迷っているのか、それともトッピングを盛りすぎているのか……。
コクピットのホログラムの中には、
連絡船は今のところ変わった様子なく、いつも通りに離陸の準備を整えている。
予定では、
発信器の光が、ようやく移動を始めたと思ったら、今度は――
(アイスクリームスタンドの前で止まるだとー!?!?)
「やってる場合か、このクソ女ぁぁぁぁっっっ!」
ムダとは知りつつホログラムの地図に向けて絶叫した。
「自分が脱獄した捕虜だって自覚を持て!」
『レックス? ……どうかしたのか?』
オレの声は、わずかに開いたままになっていたハッチを越えて、ダブルナインの足元まで届いたようだ。
下にいるメカニックから
「あ、や……ごめん、なんでも……」
『やけにハッスルしてるな。スポーツ中継でも見てるのか?』
別の声が言い、複数の笑い声が上がった。
「あ、あはははー……」
何とか笑ってごまかす。
計画のことを考えて、二日前にやるはずだった、パイロットによる機体のメンテナンスを今日まで引き延ばした。
起動させた機体のコクピットで点検の手順を踏みながら、地図上のアイスクリームスタンドのマークと、点滅する光をイライラと眺める。
(早くシャトル射出場へ行け! チェルが待ってるから!)
実際、時間との勝負だ。
なぜなら制限を解かれたって言っても、いまレックスがやってることはすべて
たぶん後で
ラスティに会うために収容施設の受付を強行突破したときは、謹慎一週間だった。
(なら次は一ヶ月? それとも降格か? 好きにしろっての!)
あいつらは『レックス・ノヴァ』をどうこうできない。『英雄』がいなくなって困るのは自分達だから。その自信がオレを無敵にする。
もちろん『英雄』が軍に楯突いたってことを表沙汰にするはずもないから、すべては内々に処理されるにちがいない。――要は、なかったことにされるってこと。
(ちょろいちょろい)
点滅する光が、今度こそ
シャトル射出場に向かうのを確認した後、オレは鼻歌を歌いながら
それから監視カメラを見ると、トラブルが起きたってことで、目当てのシャトルから乗務員達がみんな降りてきた。
(よし、いいぞ……)
ちなみにオレは、ハイジャックの一報が伝わって来たときに備えて、ダブルナインで待機している。
警報が鳴れば、
ただ応援すんのはシャトルの方で、警備の部隊じゃないけどな。
(チェルは……来てくれてるよな。きっと――)
祈る気持ちで
『レックス! 作業まだ終わらないのか?』
スクリーンにメカニックの顔が大写しになった。不意を突かれてワタワタと応じる。
「あ、あともう少しかかりそうなんだけど……っ」
『なんか今日、抜き打ちの訓練をするらしいぞ。さっき通達が来た』
「――え?」
『これから臨時招集のアラームが鳴るってさ。ま、おまえはもう機体に乗ってるわけだから何もしなくていいんだけど』
「わかった――……」
うわずった声で応じたとたん、メカニックの予告通り臨時招集のアラームが基地中に鳴り響いた。
『そら、始まった』
(――つか、なんでこのタイミングで抜き打ちの訓練とか……!)
そんなのは計画になかった。
むくむくと不安がこみ上げるものの、しかたがない。今となっては中止にもできないし。
(いや、よく考えればちょうどいいかも? 変なことが起きてもみんな訓練って思うだろうし……)
前向きに考えながら、カメラの映像を切り替える。
射出場の待ち合わせ場所ではラスティが一人で立っていた。鳴り響くアラームにもかかわらず、落ち着いた様子でアイスクリームをなめている。
さすが海賊の姐さん!
(でも……チェルは? まだ来ないのか?)
他の
(そんなことはないと思う――けど……)
じりじりと焦りながらそう考えたとき、メカニックから再度通信が入った。
『レックス、ちょっと下に降りてきてくれ』
「はぁ!?」
『新しいデータが来たんだが、パスがおまえの生体認証なんだ。頼む』
「……ったく!」
通信を切って毒づいた。しかたない。
急いでコクピットを出て、キャットウォークを歩き、骨組みだけの階段を駆け降りていく。
機体の足元で生体認証のチェックをすませてダッシュでコクピットに戻り、監視カメラを確認すると、待ち合わせ場所には誰もいなかった。
画面の端に表示されている時計を見ると、ちょうど待ち合わせの時間。
ラスティはぎりぎりまで待つって言ってたから、いないってことは合流できたってこと――のはずだ。
(――よし)
予想外のことがぼちぼち起きてるけど、計画はいちおう予定通り。
自分にそう言い聞かせながら、じわじわと腹の底でふくらんでいく不安を、なんとか押し殺す。
その直後。
『
訓練のためのアラームの合間に、シャトル射出場から、ヤバい通信が入ってきた。
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