12
金曜日。週末を目前にした夜の九時十分前。
オレは炯に指示された通り、格納庫内に屹立するアレイオンのもとへ向かった。
普段ならメカニック、パイロット、その他職員や訓練生って、何かと人気の絶えない場所だけど、週末の遅い時間のせいか、いまは人もまばら。
広い空間はガランとしてる。
少し早かったせいか、チェルもまだ来ていなかった。
(突っ立って待ってもいいけど……)
もし遠目にオレの姿を見て逃げられたらやだなーと急に不安になり、少し考えた結果、膝を抱えて物陰に身を潜めて待つことにする。
そのかいあって――
(キタぁぁぁぁ……!)
しばらくて軽い足音が聞こえてきた。
ほっそりとした人影が、きょろきょろと周りを見まわしながら近づいてくる。そのたび、肩につくかつかないかの髪がひるがえった。
私服のショートパンツをはいているのは、まちがいない。チェルだ。
「あっれー? ……あの人、呼び出しておいて遅れてくるとか……」
ぶつぶつと独り言をつぶやく、何でもない声に心臓がさわいだ。
内容からして、たぶん炯と待ち合わせたつもりでいるんだろう。
足音がすぐそこまで近づいてきてから、おもむろに出て行く。
と、俺の顔を見たチェルが、ハッと息を呑んだ。
「――……っっ!?」
「…………やぁ」
「……レックス? なんで――」
ぎくしゃくと手を持ち上げた俺を数秒見つめてから、彼女は物も言わずにまわれ右をして逃げ出す。
(マジか!)
ちょっと――いや、かなり傷つきながら、追いかけて手首をつかんだ。
「待て! 何もしないから!」
「してるじゃん! 痛いよ、放してよ!」
はっとして力を抜くと、彼女は性懲りもなくまた逃げようとする。
「チェル!」
とっさに服の背中の部分をつかんで引き戻した。チェルはそれでもまだジタバタする。
「会いたくないって言ったのに……!」
「オレのこときらいなのは分かってるし、別にそれでかまわねぇよ! けど話くらいは聞け!」
ヤケになってまくしたてるオレを、彼女はただでさえ大きな目をみはって、混乱した顔でじっと見上げてきた。
その無防備な様子にごくりと唾を呑む。
(あぁぁ、ちきしょう可愛いな!!!)
やがてまっすぐな黒い瞳が、キッとオレをにらみつけた。
「ならまず、その気持ち悪いマスク取って」
言って、彼女はぷいっと横を向く。
「え……?」
言われて、そういえばチェルとは光学マスクをしてない状態で会っていたことを
「じゃあ……まぁ……」
もそもそ言いながら光学マスクを取った。
いつも、外すたびに自分でもうんざりするほどの地味顔が現れたはずだ。
けどチェルはホッとしたように息をつく。
向かい合ったきり、ふたりとも黙ったままなんで、その場がシン……となった。
少しして彼女の刺々しい声が響く。
「……話って何?」
「あぁ。その……軍務には慣れたか?」
「は? なに、目をかけてるつもり?」
「答えろよ」
命令口調で言うと、ムッとしたように答えてきた。
「慣れるわけないでしょ。毎日やりたくもないことばっかやらされて、自由もないし」
「ここにいるのがイヤか?」
「あたりまえよ! この基地が敵に襲撃されてくれないかなって、いつも考えてる。そうすればどさくさにまぎれて逃げてやるのにって! みんな――」
そこまで言って、彼女はハッと口を押さえる。
みんな、そう言ってるよ。
多分そう言いかけたんだと思う。
「……よし。よかった」
オレがうなずくと、彼女はイライラした声で返した。
「なにが?」
「物は相談なんだけど……おまえ、ここから出ない?」
「――――出る……?」
「だから、ここから脱出してポリス同盟側のコロニーに行かない? ってこと」
「はぁ!?」
思わずって感じで声を張り上げてから、彼女は誰かに聞かれてないか確かめるように、きょろきょろと周りを見た。
それから声を押し殺して答える。
「何考えてんの? バカなの?」
「バカは否定しない。けど方法はちゃんとあるんだ」
「方法って――」
あ然とつぶやくチェルに、オレは計画を説明した。
明日この基地のシャトルが一隻、宇宙へ向かう。中継基地へ定期的に物資を運ぶ連絡船だ。
「チェルもそれに乗れるよう手配しておくから、出発の二十分前に
「連中って? ……まさか――」
少し前の戦闘で
チェルはすばやくそこに結びつけたみたいだった。
(すげー。めちゃくちゃ勘がいいな)
感心しつつ、質問には答えないでおいた。念のため。
「おまえの配属どこ? 仕事をちょろっと抜け出すことってできる職場?」
「できる……けど――――やめとく」
しばらく考えた後の、思いがけない反応にぎょっとした。
「なんでだよ!?」
「当たり前でしょ。この基地に、わたしと同じ境遇の
「チェル!」
「レックスのバカ! わたしだけ助けても仕方ないじゃん!」
叫び声をたたきつけて走り出したチェルの手を、何とかつかんで引き留める。
「そりゃそうだけど! いまのオレにできるのはこれだけだ。オレはおまえが思ってるほど力がないんだよ!」
怒鳴り返すこっちも切実だった。
チェルをここから逃がしてやりたい。――死に際のレックスの悲願が、どんだけ切実で、真剣なものだったか。
理屈を越えた奇跡まで起こしてしまったくらい強い思いで、レックスは望んでいた。
(それを、そんな理由で拒むとか、ありえねーだろ……!!)
けどチェルはオレを突き飛ばすようにして抵抗し、その勢いに思わず手を離した隙を突いて逃げてしまう。
「チェル!」
走り去っていく小さな背中に、一縷の望みをかけて声を張り上げる。
「チェル! 頼む……!」
必死に懇願したその声は――しかし、あっという間に見えなくなった相手の背中に届いた様子もなく、ただがらんとした格納庫に響き渡った。
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