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「ぅおおおぉ――でっけー……!」


 数日後。

 オレはコロニー最大のスタジアム『ヒーローズ・ドーム』にいた。


 楕円の球形――まぁ言ってしまえばハンバーガーを横から見た形に似た立体スタジアムで、十万人収容とかいう巨大施設。……って思ったけど、この世界のスタジアムとしては小さいらしい。


「そもそも『ノエル・ザキ』自体、基地主体ってせいで一般的な居住用コロニーと比べると小さいからね。人口も少ないし」


 スタジアム中央のステージに立って言うのは、今日オレと一緒にイベントに駆り出されることになってる炯だった。


「へぇ……」

 少ないと言われても、十万人分の客席は無限に見える。


(『ロータスの惨劇』のときは、一度の砲撃で、この客席の倍の人間が死んだのか……)

 頭のどこかを、そんな思いがよぎる。


「で? 今日のイベントって結局なんなの?」

 何気なく訊いたオレの頭に、レーヴィ大佐がずびし! と手刀をたたき込んできた。


「ちょっとレックス、頼むわ! 今日はクリエナ戦役の戦勝記念日よ。パクス軍にとって特別な日なのよ!?」

「あぁ、はいはい」


 適当に答え、クリエナ戦役を検索ワードにして、レックスの記憶をたどる。

 なになに? このコロニーの名前の由来でもある英雄ノエル・ザキが、ポリス同盟に有利だった戦況を、パクス連邦の優位にひっくり返すきっかけになった戦い? ほほー。


 当然、その日はパクス連邦全域で盛大な記念式典、及び戦意高揚のための色んなイベントが催されるのだという。

 このスタジアムの周りも、コロニー中から集まってきた人でいっぱいだった。


 スタジアムが開場すると、その人々がまたたくまに客席を埋めていく。

 観客の目的は式典というより、その中の最大の目玉――現在、パイロット・ランキング首位のレックス・ノヴァと、二位の炯・フェンリルによるテクノノートの模擬戦とのことだった。


 周りに客がひしめく中での戦闘のため、もちろん飛び道具は禁止。

 唯一許された武器はなんとブレード! つまり、剣! 光束ビームのオプティカル・ブレードを使うらしい。


「マージーかーよー!? それもまたカッコいいな!」


 搭乗前のブリーフィングでオレが顔を輝かせると、隣りにいた炯は、赤いピアスを光らせてクールに笑った。


「ブレードでの対決は一見ハデで観客ウケするしね」

「へぇー」


 特設ステージの周囲は、遠目にはほぼ不可視の細い繊維状の《インフィニティ》製セイフティネットで包み込まれてるとかで、安全対策もばっちり。

 それでなくても、いつものテレビカメラ越しじゃなく、実際に間近で実戦を見られるとあって、スタジアムのチケットは発売即ソールドアウトのプレミアになってるらしい。


 もちろんマスコミも大量に来ていて、世界中に映像が配信される。

 機動させたダブルナインに乗り込み、計器類のチェックをしつつ出場を待っている間に、レーヴィ大佐から映像通信が入った。


 彼女はこのイベントを盛り上げることがどれだけ重要か、オレと炯に力説する。

 曰く、パクス連邦のテクノノートの機体性能とパイロットとが、いかに優秀か、そしてカッコいいかを全世界に知らしめなければならないらしい。


「異議なーし!」


 力いっぱい答えたオレに大きくうなずき、彼女はさらに続けた。


領邦ラントの若者に向けて最大限アピールしてちょうだい。自分も、軍に入隊すればこうなれるんじゃないかって思わせるのよ』

「……や、無理じゃね?」


 だってレックスは子供の頃からずっと訓練してきたから、こういう立場になれてるわけで――。

 本当のことを言うオレの言葉に、レーヴィ大佐は声を押しかぶせてきた。


『夢・を・見・さ・せ・る・の!』


 と、公共通信オープンチャンネルに炯が割り込んでくる。


被占領地クライスとちがって領邦ラントは志願制だから。こうやって人気取りしないと、なかなか人が集まらないんでしょ』


 皮肉げな意見に、レーヴィ大佐は悪びれずうなずいた。


『その通り。いい? 優秀な人材を獲得して将来自分が楽をするために、今日がんばるのよ!』

「おぃーっす」


 ちなみに忘れずに言っておくと、捕虜収容施設でのひと暴れについては、謹慎を一週間くらった。

 でもそれだけ。

(レックスには利用価値がありまくりだから、そうそう手ぇ出せないんだろうな)


 レーヴィ大佐に脅されたときの「代わりは他にもいる」発言に向けて舌を出していたところへ、今度はメカニックの現場監督が、野太い声をかけてきた。

『頼むぞ、レックス! オレは、おまえに大金賭けてんだからよ!』


「それ、勝ったらオレにもよこせよ!?」

 声を張り上げた矢先、出場の合図が送られてくる。


 ダブルナインがステージに出て行くと、客席を埋め尽くす十万人の観衆から、『オオォォオォォ……!!』っていう割れるような大歓声が上がった。

 けどその直後にアレイオンが出てくると、それまで声援がメインだった歓声を、女の黄色い声が圧倒する。


『きゃぁぁぁぁぁ!! いやぁぁぁぁぁ!! 炯ぃぃぃぃぃ!!!』


 いつも思うんだが、なにが「いやぁ!」なんだ?

 甲高い悲鳴の破壊力はすさまじく、スピーカー越しでも鼓膜にびりびり響くほどだった。


「おまえの人気ってホントすげーな……」


 思わずつぶやくと、炯は飄々と返してくる。


『そんなことないよとか言うべき?』

「そんな、心にもないこと言われても」

『おかげでメディアへの露出も最低限よ。出ればあんたより目立っちゃうから。でも若者の人気取りには欠かせないっていう……、広報部も悩ましいところね』


 人を食った物言いに、レーヴィ大佐の事務的な指示が重なった。


『二人とも無駄口はそのくらいにして所定の位置について』

了解ラジャー


 言われるまま開始位置に移動し、ブレードを手に向かい合って立つ。

 歓声の中、オレと炯はだまって集中を高め、その時を待つ。


『レディ――ゴー!』


 スタジアム中に響き渡った開始の合図と共に、二つの光刃がひらめいた。

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