というわけで。


 その後駆けつけた警備兵によって、オレは容赦なく収容施設からつまみ出された。

 上層部は、命令違反にかなり怒りまくっているらしい。警備兵からさんざん文句を言われた。いずれ懲罰が科されるから覚悟しておけ! っていう恫喝つきで。


 でもそんなの全然恐くない。

(やれるもんならやってみろっての)

 それよりも、何とか目的は果たせたことに胸をなで下ろす。


 次にしなきゃならないのは、肝心のチェルにこの計画について伝えることだ。

(こう……なんてゆーの? 彼女の両肩に手を置いて、真剣な顔で見つめたりなんかしてさ)


「何よっ」って不機嫌そうな顔をしてるチェルに言うんだ。

 希望通り、パクス同盟に行けることになったぞ。嫌でたまらなかった軍隊生活とはおさらばだ。


 オレが逃がしてやる。チェルの願いは、オレがどんな手を使ってもかなえてやる!

 たぶんチェルはめっちゃ感動してオレを見直すはず――


(やぁっべぇぇ、オレ超男前じゃーん!)

 その光景を想像して、自分のカッコよさに身もだえる。オレが女なら確実に惚れるね!


『わたしは死にたくないし、人を殺すのも絶対にいや。軍人になんかなりたくない……!』


 徴兵されたことを、あんなにいやがってたんだ。

 ポリス同盟へ逃げられる――普通の学生に戻れるって聞いたら、感動して泣くかもしれない。


(そんでもって、『レックス――みんなが憧れる英雄なのに、一介の兵士にすぎないわたしのことを、そこまで真剣に考えてくれるなんて……!』ってなる。なるったらなる!)


 惚れ直されるぜ、レックス! よかったなー!

 どう考えてもハッピーエンド以外にならない予測に、気がつけば足取りも弾みまくっていた。

 けど次の瞬間、浮かれていた足がぴたりと止まる。


(で、どうやってチェルに会うんだ……?)


 そっからかよ! と自分にツッコむ。

 彼女の所属が分からない。この基地のどこにいるかも分からない。

 でも軍のネットワーク上で彼女の名前を検索するのは避けたい。となると探す方法は――


 その一。マノンに頼る。………………論外。

 その二。ダグに頼る。……でも関わるなって言われてるしなー。それにあいつ、男には人気も影響力もあるけど、女の知り合いはそんなにいないみたいだし。


(他に何かいい方法ないのか?)


 あんまり時間がない。こんなとこで躓いてる場合じゃないのに!

 もどかしい思いでカフェテリアに向かう。


 もしかしたらいるかもしれないって、偶然の出会いを期待して。

 けど店内を見まわしても、探す姿は見当たらなかった。

 そのとき。


 きゃぁぁぁ……!


 ふいにカフェテリアの一角で、騒々しい女の歓声が上がる。

 きゃいきゃいさわぐ女の集団の中心にいるのは、炯だった。

 あいつはなぜか男よりも女にモテる。美少年のレックスと並んで立ってても、彼女の方が女の歓声が大きかったりする。


 何かにつけレックスを贔屓する軍の広報部も、さすがにそこまではコントロールできないようだ。

 いま周りを囲んでる女達も相当なファンらしく、話題は炯のこと一色だった。


「今日のランキング見た? 炯が万年二位とかってホントありえないんだけど!」

「ねー、レックスよりも断っ然活躍してるのに」

「広報部のやり方ってバカバカしいくらい露骨よね」

「レックスもレックスよ。正々堂々勝負しろっての」

「実力ないのに勝ったことにしてもらって、恥ずかしくないのかね」

「――――……」


 なんか……ぐさぐさ刺さるんですけど。言葉の刃が。

 食事を注文するためには、炯のいる席の脇を通らなきゃならない。


 がしかし、いまそこを通るだけの精神力はさすがに持ち合わせてなかった。

 進むに進めず立ち尽くすオレの耳に、たしなめるような炯の声が届く。


「まぁ、あいつもツライ立場なんだよ。実力が足りてないってのは、本人が一番よくわかってるし」


(えぇと……)

 なんか、かばう形でさりげなくディスられてるんですけど。


「みんな、さっきからアタシといるのにレックスのこと話してばっかだね。そんなに気になるなら、あいつを囲めば?」


 赤いピアスをいじりながらの言葉に、女達は「いやぁぁぁっっ」と全員で大きく首を振った。

「レックスなんか! 炯に比べればゴミよ、ゴミ!」

「ただの光学マスクよ!」

「隠れDTよ!」


 ぐっさー! と今度こそ言葉の矢がざっくりと胸を射貫く。

(ちょっ、最後の言ったの誰だ……!?)


 傷口に手を当ててうめくオレの視線の先で、炯がさわやかに声を立てて笑った。

 それから気がついたようにこっちを向く。


「あ、レックス。いたの?」


 と、騒いでいた女達は、さすがにハッとしたみたいだった。けど、開き直ったそぶりで「ふん!」と鼻を鳴らす。

 その時、訓練や始業の時間を知らせるチャイムが鳴り、テーブルについていた一部の客が、トレーを持って席を立った。

 かしましい女どもも、名残惜しげに炯に声をかけてから、オレをじろじろにらんで離れていく。


(オレがおまえらに何かしたかよ!?)

 軽くキレながら見送ると、炯は小さく肩をすくめた。


「言うまでもないけど、全部冗談だから」

「笑えねーよ!」

被占領地クライス出身の子達の、ちょっとした憂さ晴らしだよ。大目に見てやって」


 さらりと言い、炯もまた食べ終えた食事のトレーを手に立ち上がる。「じゃ」と、歩き去ろうとする相手の肩を、とっさにつかんだ。


「待て。ちょっと相談がある」

「……めずらしいね」

「背に腹は代えられないからな」


 炯の前の席に腰を下ろし、てきとうに作った事情を話す。

 好きな女ができたけど、どこにいるのか分からない。知ってるのは名前だけ。基地内に住んでるのはまちがいない。に――特にレーヴィには知られないように探したい。


 説明が終わると、炯はできそこないの冗談でも聞いたように、曖昧に笑った。


「へぇ。連邦軍きっての英雄様に、好きな女……ねぇ?」

「迷惑はかけない。約束する。ただ、彼女のことを知りたいだけなんだ。頼む、この通り!」

「……いや、お安いご用っちゃご用なんだけど」


 両手を合わせて拝むように頭を下げると、彼女はため息をついた。


「いいよ。ひとつ貸しでよければ探してやる。――その子の名前は?」


 ……後になって、オレはこいつにチェルの名前を教えたことを、心の底から後悔することになる。

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