「あー……」

 カフェテリアで、携帯端末を操作して表示したホログラムの画面を見ながら、両手で顔をおおう。


 一般の隊員は、機密事項にふれることはできない。

 でもレックスは軍の中で色んな特例が認められているわけで、機密情報の閲覧もそのうちのひとつだった。


 その特権を使って軍広報部のアーカイブにアクセスして、『ロータスの惨劇』についての未編集の記録映像を確認したところ、真相は全部ラスティ・ネイルの言う通りだった。


 コロニー・ロータスを直撃したミサイルは、まちがいなく軍の艦船から発射されていた。海賊艦を撃とうとした対艦ミサイルが外れた結果だ。

 連邦内のメディアで連日流されてる映像は、切り貼りの編集どころか、ミサイルが海賊艦から射出されたふうに見えるよう、画像を加工したものだってこともわかった。


(おいおいおい……)

 テーブルに力なく頬杖をついて、端末を眺める。


 連邦の軍や政府が、ここまで強引なことをしているなんて、レックスですら知らなかった。――ていうか、知ろうとしていなかった。

(あんま自分の周りのことに興味なかったみたいだしな……)


 義務は果たす。けどそれ以上のことは知らない。

 チェルと出会うまで、レックスはずっとそうやって生きてきた。

「んーっ」

 思っていた以上に重い現実を知ってしまった動揺に、頭を抱えて考える。


 これはシャレにならんかも。

 彼女を軍から逃がして、ポリス同盟に亡命させる。それがレックスの絶対的な希望。

(オレにできんのか? そんなこと……)


 わからない。けど、やらなきゃ。

 そのためにここに喚ばれたんだから。――命を託されたんだから。

(何もしなかったことを、レックスは後悔してた)


 何でもできる力を持ちながら、ただ周りの言うことを聞いて、地味に訓練ばっかりして、毎日つまらなそうな顔で過ごしてた。――でもそれが正しいことだって信じて。

 そして最後の最後に、自分の信じてたものがくずれていく混乱の中で死んでしまった。


(ちょーかわいそー……)


 気がついた時にはもう遅くて。

 チェルのこととか何もかも、その気になれば何かできたはずなのにって、心の底から後悔しながら死んだ。

 だからいま、オレがレックスの代わりにその気・・・になる。


(力があるなら使うべきだろ。しまいこんでないでさ)


 とはいえ。

 いざ実行に移すとなると、どっから手をつければいいのか……。

 頭を抱えたまま、がしがし髪をかき混ぜた矢先。『記憶』の片隅で、あることがひらめく。


(――――ん?)


 何かを思いついた、と思った、その瞬間。

「レーックス♪」

 オレの背中に、突然誰かがどすん、と乗っかってきて、直前まで考えていたことをすべて吹き飛ばした。


「うわっ……」

 あわてて手をのばし、端末の画面を消す。


 顔の近くで「なによぅ」と拗ねるように言ったのは、マノンだった。

「ちょ、ちょっと仕事……」

「もーレックスったら~」


 ふわりといいにおいを振りまきながら、マノンは舌足らずの口調で言う。


「せっかくの週末なんだしさぁ。みんなで遊びに行かない?」

「いや、――」

「なんか元気ないね。一昨日のせい? 見てたよ~。めずらしく自分からナンパしたら、ひっぱたかれちゃったんでしょ?」


 マノンはくすくす笑った。

(あー、そういうことになってるのか……)

 ひとまずチェルの名前が出てこなかったことにホッとする。


 と、マノンは後ろから、オレの首にぎゅっと抱きついてきた。

「ぱーっと遊びに行って、イヤなこと忘れようよ。つき合うよぉ?」

 背中には、例によってむぎゅっと胸を押しつけられている。肩口で話す彼女は上目づかいで、かわいく小首をかしげていて――くらっとくる。


 でもそのとき、チェルの冷ーたい目と声とが脳裏に甦った。

『復帰してからのレックスを、ずっと見てた』

『したらもう、前以上に――ないわー、って』


(うわぁぁぁぁあぁあぁぁ……!!)


 音がするほど頭を左右に大きくふって、出来心という名の煩悩を追い払う。

「おっ、オレこれからダグと約束あるから……っ」

「えーっっ」


 マノンは超不満そうな声を上げた。


「こんなこと言いたくないけどぉ、領邦ラントの人は領邦ラントの人とつき合った方がいいよ。被占領地クライスの子とつき合ったって、いいこと何もないもの!」


 ぷんすかと怒る彼女の言葉は、たしかに事実だ。

 この世界は何かにつけ、領邦ラントの人間に都合良くできてる。


「おかしいよな。志願制の領邦ラントとちがって、被占領地クライスのやつらは徴兵で無理やり集められてんのに」


 チェルも、ダグも――炯だって。命張ってがんばったところで見返りは何もない。

 自分を見下す上層部の決定に振りまわされ、下手をすれば簡単に使い捨てられる。


「だって元々そういうもんでしょ? どうしちゃったの、レックス……」

「どうかしちゃったみたいだ、オレ」


 寄らば大樹の陰。長いものには巻かれとけ。敵を作るな。人生平穏が一番。

 生まれてから十六年間、ずっとその人生哲学を守り続けてきた。

 なのにいまは、女の子を助けるために世界と戦うとか――そんな中二病アニメみたいなことを、本気でやろうとしてる。


(傍目にはただの痛いヤツなんだろうな――)


 でもいい。なんか楽しいから。

 今まで生きてきた中で、たぶんいちばん難しくて、いちばんワクワクするゲームだ。

 勝てばオレは今度こそチェルに見直されて、……いや、それどころか惚れ直されちゃったりなんかしちゃったりなんかして!


(マジでー!?)

 自分の妄想に、うっはーって、心の中で興奮しながら席を立つ。


「ってわけで、ごめんな!」

 へらへら笑いながらその場を退散すると、後ろで「ばかぁ! ホモぉ!」ってマノンの罵声が響いた。

 やっぱあいつ、かなりキャラ作ってんな。


(あ、そうだ。ひとつ調べ忘れた)


 ラスティの処分ってこれからどうなるんだ?

 そんな疑問に、適当なところで立ち止まって、腕時計型の端末を操作する。

 虚空に指でするするっと画面を展開して――


(……あれ?)

 さっきまで見ることができたデータベースに、アクセスができなくなっていた。


(なんで?)

 オレ英雄だし。特別な許可あるし。捕虜管理の情報なんか見るのはヨユーのはずなんだけど。


「……え?」


 もう一度同じ手順で操作したところ、情報閲覧許可に制限がかかってるっていうエラーメッセージが出てきた。

 いやいやいや。


「いきなりそんなこと言われても……っ」


 ぶつぶつ言いながら端末を操作していると、――傍らから、舌なめずりするような猫なで声が聞こえてくる。


「こんなところで何してるの?」


(レーヴィ大佐……!?)

 ぎくりと跳ねあがった肩に手が置かれ、ふさふさしたブロンドの髪が頬にふれた。同時にきつい香水の香りがあたりにただよう。


「海賊の捕虜に会いに行ったんですってね。それに『ロータスの惨劇』の映像をチェックしたりして。……何かあったの?」

「あのっ、たっ、単なる興味……っ」

「何を知りたいの? 代わりに私の権限で調べてあげる」


 レーヴィ大佐は静かに言った。優しい声ですらある。でも目は全然笑ってない。こえーよ!


「さぁ、何?」

 うながす声に、頭を必死に働かせた。

 本当のことを知られちゃいけない。

 とっさにそう考えた。


 香水の香りから逃げるように顔を背ける。

「……自由騎士党フリーナイツについて調べてた。ずっと適当にだまくらかされてたって分かったから、実際んとこをちゃんと知りたくて」

「あらぁ」


 当てこすりにも、彼女はまったく動じなかった。


「いきなり何? いままでそんなこと気にも留めかったくせに」

「な、なにって……! 嘘ついて丸め込んでたこと、認めんのかよ!?」

「嘘はついたけど、完璧な嘘ではなかったわ。気づくきっかけはあったはずよ」


 ふふふ、とほほ笑みながら、彼女は長い金の髪をゆったりとかき上げる。


「その証拠に、炯はとっくに知ってるわ。あの子は私の言うことなんか欠片も信じないで、いつも自分で真実を探り出してる。……でもあなたは気づかなかった。これまで、情報の真偽に興味がなかったから。……それって私のせい?」

「や、それは……」


 あまりにも堂々とした態度に、なぜかオレの方が気圧された。

 言葉に詰まるオレの頭を、白くてきれいな手がポンポンとなでてくる。


「あなたのことが大切なのよ、レックス。……お願いだから、いい子でいて?」


 いい子で――軍にとって都合の悪いことを探ろうとしないで。これまで通りおとなしく、言うことを聞いてて? そうすれば取り上げた権限を返してあげる。

 底の見えない碧眼が、そんなメッセージを浮かべて見つめてくる。


「……わかった」

「よかったわ。こんなことで仲違いなんてさみしいもの」


 ひとまずオレが退くと、レーヴィ大佐は横からホログラム画面に手をのばし、オレの端末を操作した。


「さぁどうぞ。権限を元に戻したわ。何でも調べてちょうだい」

 けどオレはその画面をさっさと閉じる。

「いいよ。知りたいことはあらかたラスティ・ネイルから聞いたから。裏づけのデータを確かめたかっただけだ」


 そっけなく返したのは、もちろん口実だった。

 たぶん、これからオレが検索することは全部、に筒抜けになる。レックスの『記憶』がそう言っている。


(まいったな。端末使えないのかよー……)


 これからでかいことするかもしれないって時なのに。

 内心困り果てながら、その場から逃げようとすると、背中に「レックス」とレーヴィ大佐が声をかけてきた。


 足を止めて肩越しにふり返ると、彼女は胸の前で腕を組む。

 大きな胸の谷間がいっそう深く刻まれる。

「あなたは私達が作り上げた英雄よ。代わりは他にもいるの。……気をつけてね」


 別に谷間の迫力にやられてたってわけじゃないけど――なんとなく息を詰めて立ち尽くす。

 カツカツ鳴るヒールの音が離れていった後になって、ようやくあることに気がついた。


(……なんかオレ、いま脅迫されなかった?)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る