6
睡眠薬で眠らされてるライオンの檻に入る時って、こんな気持ちなんじゃないかな。
(本当に弱ってんだろうな? もしまちがいだったら泣いて飛び出すぞ?)
ものすごく及び腰で入っていったところ、ガチャン、と背後でドアを閉める重たげな金属音が響く。
洗面台とトイレとベッドだけの一間だ。
奥の壁によりかかるようにして座っている相手を、せめてもの虚勢で腕組みをして見下ろした。
すると。
「……何の用?」
ラスティ・ネイルが、うつむいたまま、億劫そうに訊ねてくる。
意外に高い、子供っぽい声だった。
「
オレが言うと、彼女はそこで初めて、ゆっくりと顔を上げる。
そこそこかわいいけど、目つき悪いのだけがもったいない。
「もう知ってることは全部話した――」
だるそうに答える言葉の途中で、黒瞳がハッと開かれた。
「……レックス・ノヴァ……!?」
驚くのもしかたがない。こういう反応はもう慣れっこだ。
いかにもオレは
そして存分に見とれたまえ。五十を過ぎたオッサン達をも魅了する(断じてうれしくはない)この光学マスクに!
腕組みをしたまま胸を張るオレの前で、相手はずるずると床を這いずって近づいてくる。
「目が……目が……」
「え」
「せっかくの美少年が、かすんで見えない……」
「なんで?」
(やっぱ薬打たれてんのか!?)
息を呑んで見下ろしていると、振り仰いだラスティ・ネイルは力なく言った。
「だって……ここ、一日三食しか出てこないんだもん。私は一日八食がデフォルトなのに……」
「いくらなんでも食いすぎだろそれ」
「お願いします。パンをひとつ恵んでくれたら一生感謝します」
「海賊のプライドはどこ行った!?」
「プライドなんかいくらあっても食えないよ!!」
オレの叱咤に、彼女は這いつくばって叫び返してくる。
「ったく、何なんだよもう――……」
ぶつぶつ文句をたれながら、着ていた服のポケットを探る。――と。
「パンはないけど……シリアルバーなら――」
言いながら、オレがそれをポケットから出した。とたん。
がきぃん……! ぃん……ぃん……ぃん……――
(何か飛んできたー!?)
まるで急降下して魚を捕る鷹のような勢いで、彼女がオレの手の中にあったチョコバーに食いついてきた。
いまのエコーって……歯……?
「少ない。足りない……っ。でもシリアルバー、めっちゃウマ! 空腹は最高の調味料……っ」
おそれおののくオレの前で、十八歳の女が泣きながらシリアルバーをむさぼり食っている。……何かだんだんかわいそうになってきた。
「今度山ほど持ってくるから」
思わず慰めると、ラスティ・ネイルは包み紙の裏まで舐めながら鼻を鳴らした。
「男の約束を信じるほどウブじゃないわ」
「めんどくさいから本題入っていいか?」
「どーぞ。シリアルバー一個分の借りは返すよ」
「
単刀直入に質問すると、彼女は白けた笑みを見せる。
「あたしらについては、もう何でも知ってるんじゃないのー? 尋問に立ち会った女は、そりゃあくわしかったわよ。こっちの内情までよぉっく知ってた」
「それって……フォン・レーヴィ大佐?」
「そんな名前だったかな。胸のでかい、陰険そうな女」
まちがいない――そう確信しながら、おもしろくない気分になる。
「オレは、あんた達は海賊だとしか言われていない」
「連邦の大事な大事な英雄様に知らされてないことなんて、そりゃあたくさんあるでしょうよ」
訳知り顔で言われてことに、ぎり、とこぶしをにぎりしめた。
「――あんた達の言い分を聞きたい」
「あたしたちの言い分……?」
床に胡坐をかいたラスティ・ネイルは、だるそうに黒髪をかき上げながら、放り出すような口調で答える。
「
「――はぁ!?!?」
「本当だって。ポリス側のコロニーに行けば、登録が確認できると思うけど。ちゃんと税金だって払ってるよ」
「え、NPOって……」
「最初は戦争難民の救済ために設立されたらしいけど、いまじゃ難民支援に加えて、徴兵逃れへの協力もすっかり定着したわね」
難民たちの生活を守り、連邦政府ににらまれた政治犯や、招集状の来た人間を保護してポリス同盟に亡命させるか、一時的にかくまう。
ラスティ・ネイルに言わせると、それが
でも、じゃあ清廉潔白な組織なのかといえば、そんなことは全然なくて。
資金は、パクス連邦の特権階級を対象にした犯罪行為によって、がっぽり稼いでいるらしい。
「探られちゃ痛い腹が、あっちにもこっちにもある連中だからね。そういうやつらの秘密を暴いて、目の前に手のひらを出すの。そうするとあいつら、おもしろいように言い値を払うのよ。まぁこっちも悪魔ってわけじゃないから? ちゃぁんと懐が痛まない額にしてあげてるけど」
恩着せがましく言ってはいるものの、それはもちろん気遣いではなく、泣き寝入りさせるための用心だろう。
「つまり……犯罪者集団っていうのもまちがいじゃないんだな」
「そう見えるなら、そうなんでしょ。でも儲けた金は自分達のために使うわけじゃないのよ。そこは誤解しないで。金目当ての犯罪者なんか一人もいない」
「ビミョーだな……」
白か黒か、線引きの難しいところだ。
(すごく好意的に評価すれば、義賊って言っていいのかもしれないけど……)
悩むオレに、彼女はけろりと言った。
「べつにパクス連邦をどうこうしようなんて考えてない。ただ、上の方で胡座かいてる豚どもに一杯食わせて、溜め込んだ贅肉をいただくこと。それを足がつかない形に変えて、助けを必要としてる人達に届けること――それがあたしらの目的」
ラスティ・ネイルは、ただでさえ目つきの悪い黒瞳を挑戦的に輝かせた。
「そのために必要があればいくらでも戦う――それだけよ」
「艦載主砲を使って、コロニーを破壊しても?」
「――――……」
オレの返しに、彼女はきょとんとする。
その直後。
「ぶっ、あっはっはっは……!!」
突然大声で笑い出した。
お腹を抱えてひぃひぃ笑いながら、涙をにじませた目を向けてくる。
「いや、なに、そのことも知らされてないの? あんた、仮にも看板英雄なんでしょ? 大丈夫?」
「――――なにが?」
ぽかんと訊き返すオレに、彼女はそれまで笑っていた顔をゆがめた。
「艦載主砲を使って『ロータス』を半壊させて住民を虐殺したのは
それこそ砲撃のような怒声が、せまい部屋にびりびりと響き渡る。
「……じゃないって――じゃあ、誰が……」
アホみたいな問いを受け、ラスティ・ネイルはニッと笑った。
「あの戦闘のときに連邦軍の総司令だった、
「――主砲を……撃てって……?」
「そ。『敵の後ろにあるコロニーに当たります』って、マトモすぎる進言をした部下を殴り倒して、自分で発射ボタンを押したらしいよ」
「――――――……」
連邦政府も、軍も、素知らぬ顔をしてその罪を海賊になすりつけたってことか?
立場的にレーヴィ大佐も、真相を知らなかったはずがない。
なのに海賊の仕業だって、したり顔でレックスに吹き込んで。
おまけに正義の味方みたいに
(まさか……いくらなんでもそんな――……)
イヤな汗がにじみ出してくるのを感じながら、自分を落ち着けようとする。
(待て、待て待て待て――)
「証拠は? あんたの話が本当だって、どうやって証明する?」
問いに、彼女は軽く肩をすくめた。
「編集前の記録映像を見ればいい。見れるんでしょ、あんたなら」
「あ、そっか……」
テレビで流されている戦闘映像は、大体が軍の広報班によって編集されたものだ。その前段階の、手を加えていないものを確かめれば、本当のところを知ることができる。
(ヤバイなぁ……)
心の中でうめきながら、頭をがりがりかいた。
なんか……だんだん、レックスの記憶にないことが――レックスも知らなかったことが出てくる。
オレはここで生きてかなきゃならない人間なのに、それに気づいてしまっていいのか。
自分のことなのに、あんまり自信がなかった。
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