睡眠薬で眠らされてるライオンの檻に入る時って、こんな気持ちなんじゃないかな。

(本当に弱ってんだろうな? もしまちがいだったら泣いて飛び出すぞ?)


 ものすごく及び腰で入っていったところ、ガチャン、と背後でドアを閉める重たげな金属音が響く。


 洗面台とトイレとベッドだけの一間だ。

 奥の壁によりかかるようにして座っている相手を、せめてもの虚勢で腕組みをして見下ろした。

 すると。


「……何の用?」


 ラスティ・ネイルが、うつむいたまま、億劫そうに訊ねてくる。

 意外に高い、子供っぽい声だった。


自由騎士党フリーナイツについて訊きにきた」


 オレが言うと、彼女はそこで初めて、ゆっくりと顔を上げる。

 そこそこかわいいけど、目つき悪いのだけがもったいない。


「もう知ってることは全部話した――」

 だるそうに答える言葉の途中で、黒瞳がハッと開かれた。

「……レックス・ノヴァ……!?」


 驚くのもしかたがない。こういう反応はもう慣れっこだ。

 いかにもオレはあの・・レックス・ノヴァであるからして、出会えた感動に打ちふるえるがいい。

 そして存分に見とれたまえ。五十を過ぎたオッサン達をも魅了する(断じてうれしくはない)この光学マスクに!


 腕組みをしたまま胸を張るオレの前で、相手はずるずると床を這いずって近づいてくる。


「目が……目が……」

「え」

「せっかくの美少年が、かすんで見えない……」

「なんで?」


(やっぱ薬打たれてんのか!?)

 息を呑んで見下ろしていると、振り仰いだラスティ・ネイルは力なく言った。


「だって……ここ、一日三食しか出てこないんだもん。私は一日八食がデフォルトなのに……」

「いくらなんでも食いすぎだろそれ」

「お願いします。パンをひとつ恵んでくれたら一生感謝します」

「海賊のプライドはどこ行った!?」

「プライドなんかいくらあっても食えないよ!!」


 オレの叱咤に、彼女は這いつくばって叫び返してくる。


「ったく、何なんだよもう――……」

 ぶつぶつ文句をたれながら、着ていた服のポケットを探る。――と。

「パンはないけど……シリアルバーなら――」


 言いながら、オレがそれをポケットから出した。とたん。

 がきぃん……! ぃん……ぃん……ぃん……――

(何か飛んできたー!?)


 まるで急降下して魚を捕る鷹のような勢いで、彼女がオレの手の中にあったチョコバーに食いついてきた。

 いまのエコーって……歯……?


「少ない。足りない……っ。でもシリアルバー、めっちゃウマ! 空腹は最高の調味料……っ」

 おそれおののくオレの前で、十八歳の女が泣きながらシリアルバーをむさぼり食っている。……何かだんだんかわいそうになってきた。


「今度山ほど持ってくるから」

 思わず慰めると、ラスティ・ネイルは包み紙の裏まで舐めながら鼻を鳴らした。

「男の約束を信じるほどウブじゃないわ」


「めんどくさいから本題入っていいか?」

「どーぞ。シリアルバー一個分の借りは返すよ」


自由騎士党フリーナイツって何なんだ?」

 単刀直入に質問すると、彼女は白けた笑みを見せる。


「あたしらについては、もう何でも知ってるんじゃないのー? 尋問に立ち会った女は、そりゃあくわしかったわよ。こっちの内情までよぉっく知ってた」

「それって……フォン・レーヴィ大佐?」

「そんな名前だったかな。胸のでかい、陰険そうな女」


 まちがいない――そう確信しながら、おもしろくない気分になる。


「オレは、あんた達は海賊だとしか言われていない」

「連邦の大事な大事な英雄様に知らされてないことなんて、そりゃあたくさんあるでしょうよ」


 訳知り顔で言われてことに、ぎり、とこぶしをにぎりしめた。


「――あんた達の言い分を聞きたい」

「あたしたちの言い分……?」


 床に胡坐をかいたラスティ・ネイルは、だるそうに黒髪をかき上げながら、放り出すような口調で答える。


自由騎士党フリーナイツは民間のNPO法人よ」

「――はぁ!?!?」

「本当だって。ポリス側のコロニーに行けば、登録が確認できると思うけど。ちゃんと税金だって払ってるよ」

「え、NPOって……」

「最初は戦争難民の救済ために設立されたらしいけど、いまじゃ難民支援に加えて、徴兵逃れへの協力もすっかり定着したわね」


 難民たちの生活を守り、連邦政府ににらまれた政治犯や、招集状の来た人間を保護してポリス同盟に亡命させるか、一時的にかくまう。

 ラスティ・ネイルに言わせると、それが自由騎士党フリーナイツの主な仕事とのことだった。


 でも、じゃあ清廉潔白な組織なのかといえば、そんなことは全然なくて。

 資金は、パクス連邦の特権階級を対象にした犯罪行為によって、がっぽり稼いでいるらしい。


「探られちゃ痛い腹が、あっちにもこっちにもある連中だからね。そういうやつらの秘密を暴いて、目の前に手のひらを出すの。そうするとあいつら、おもしろいように言い値を払うのよ。まぁこっちも悪魔ってわけじゃないから? ちゃぁんと懐が痛まない額にしてあげてるけど」


 恩着せがましく言ってはいるものの、それはもちろん気遣いではなく、泣き寝入りさせるための用心だろう。


「つまり……犯罪者集団っていうのもまちがいじゃないんだな」

「そう見えるなら、そうなんでしょ。でも儲けた金は自分達のために使うわけじゃないのよ。そこは誤解しないで。金目当ての犯罪者なんか一人もいない」

「ビミョーだな……」


 白か黒か、線引きの難しいところだ。

(すごく好意的に評価すれば、義賊って言っていいのかもしれないけど……)

 悩むオレに、彼女はけろりと言った。


「べつにパクス連邦をどうこうしようなんて考えてない。ただ、上の方で胡座かいてる豚どもに一杯食わせて、溜め込んだ贅肉をいただくこと。それを足がつかない形に変えて、助けを必要としてる人達に届けること――それがあたしらの目的」


 ラスティ・ネイルは、ただでさえ目つきの悪い黒瞳を挑戦的に輝かせた。


「そのために必要があればいくらでも戦う――それだけよ」

「艦載主砲を使って、コロニーを破壊しても?」

「――――……」


 オレの返しに、彼女はきょとんとする。

 その直後。


「ぶっ、あっはっはっは……!!」


 突然大声で笑い出した。

 お腹を抱えてひぃひぃ笑いながら、涙をにじませた目を向けてくる。


「いや、なに、そのことも知らされてないの? あんた、仮にも看板英雄なんでしょ? 大丈夫?」

「――――なにが?」

 ぽかんと訊き返すオレに、彼女はそれまで笑っていた顔をゆがめた。

「艦載主砲を使って『ロータス』を半壊させて住民を虐殺したのは自由騎士党フリーナイツじゃねぇってことだよ!!!!」


 それこそ砲撃のような怒声が、せまい部屋にびりびりと響き渡る。


「……じゃないって――じゃあ、誰が……」

 アホみたいな問いを受け、ラスティ・ネイルはニッと笑った。


「あの戦闘のときに連邦軍の総司令だった、領邦ラント出身のボンクラ大将だよ。交戦にびびって、あっさり負けそうになって、暴走した」

「――主砲を……撃てって……?」


「そ。『敵の後ろにあるコロニーに当たります』って、マトモすぎる進言をした部下を殴り倒して、自分で発射ボタンを押したらしいよ」

「――――――……」


 連邦政府も、軍も、素知らぬ顔をしてその罪を海賊になすりつけたってことか?

 立場的にレーヴィ大佐も、真相を知らなかったはずがない。

 なのに海賊の仕業だって、したり顔でレックスに吹き込んで。


 おまけに正義の味方みたいに海賊・・を討伐する映像を、毎日毎晩、宇宙中に配信してるって?

(まさか……いくらなんでもそんな――……)


 イヤな汗がにじみ出してくるのを感じながら、自分を落ち着けようとする。

(待て、待て待て待て――)

「証拠は? あんたの話が本当だって、どうやって証明する?」


 問いに、彼女は軽く肩をすくめた。

「編集前の記録映像を見ればいい。見れるんでしょ、あんたなら」

「あ、そっか……」


 テレビで流されている戦闘映像は、大体が軍の広報班によって編集されたものだ。その前段階の、手を加えていないものを確かめれば、本当のところを知ることができる。

(ヤバイなぁ……)


 心の中でうめきながら、頭をがりがりかいた。

 なんか……だんだん、レックスの記憶にないことが――レックスも知らなかったことが出てくる。


 オレはここで生きてかなきゃならない人間なのに、それに気づいてしまっていいのか。

 自分のことなのに、あんまり自信がなかった。

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