4
「ったく、どこ行きやがった。あいつ……!」
カフェテリアを出て、基地内の遊戯施設や軽食スタンドの周り、あるいは展望デッキなんかの、人の集まる場所をうろつきながら毒づく。
「言うだけ言ってさっさと消えやがって。こっちの言い分も聞けっての!」
ぶつぶつ言いながらあちこち見てまわったものの、チェルは見つからなかった。
仮にも『レックス』にこんな手間かけさせやがって、と心の中で悪態をつく。
(――――でも可愛かったなー……)
はぁ、とため息をつき、怒っていたチェルの顔を思い出す。
いかにもまっすぐな感じの黒い瞳に胸を射貫かれた。しかも根は優しくて、明るいんだ。それはレックスの『記憶』で知ってる。
「――――……っ」
ずんずん大股で歩いて、自分の宿舎の前までたどり着いたところで、オレは両手で顔をおおってしゃがみ込んだ。
「なんでだよぉぉぉ……!」
二度と話しかけるなって引っぱたかれた。もうオレどうすれば――。
チェルを助けるために、オレはここに喚ばれたのに。それだけがレックスの願いなのに。
(近づくこともできないなんて!)
絶望的な気分に、心の涙も止まらなくなる。
そのまま一人で打ちひしがれていたとき、ふいに頭上で怪訝そうな声が響いた。
「レックス……?」
呼びかけに、路上でしゃがみ込んでいることに気づき、あわてて立ち上がる。
「きっ、気にしてなんか、ないんだからな!」
「あ?」
「ダ、ダグ……っ」
相手は、オレよりも拳ひとつ分背の高い副長だった。
鋭い黒瞳が、不思議そうに見下ろしてくる。
「何やってるんだ? こんな時間に」
「や、ちょっと……地面と会話……」
時計を見れば、夜の十時過ぎ。大半の人間は自分の部屋に帰る時間だ。
そしてレックスとダグは同じ宿舎。
オレの様子に首をかしげたまま、ダグは「あまり遅くなるなよ」とだけ声をかけて、ひとりで中へ入っていった。それをあわてて追いかける。
「あ、おい。ダグ――」
宿舎って言っても、テクノノートのパイロットにあてがわれるのは、高級レジデンスって感じの立派な建物。
入ってすぐのところは広いエレベーターホールになっていて、応接セットが何組か置かれていた。
ホールの向こうには、景観用の庭までついてる。
「――あのさ、ちょっと訊きたいんだけど」
ホールを歩くダグの横に並んで、オレはごくごくさりげなく切り出した。
「この基地の中で、名前だけ知ってる女を探す方法ってある?」
「今日のカフェテリアでのアレか?」
「なんで知ってるんだよ!?」
「かなり噂になってる。マノンが見てたらしくて方々でしゃべってるから」
「あいつ……!」
舌打ちするオレに、ダグは厳しい顔で言う。
「どうしても知りたいなら方法はあるが……、止めた方がいい」
「なんで?」
「いまのところ、あんたを張り倒した女の正体は知られてないからだ。が、あんたが調べて騒げば周りに広まって、その女は注目を浴びる。おまけにファンに攻撃されて、大変なことになる」
「……攻撃?」
「主に女どもにな」
「まさか」
「オレらの目にはつかないだろうさ。見えないところでやるはずだから」
「――――……」
あたりまえって感じで言いきられ、言葉に詰まった。
(じゃあなに? チェルと話したかったら、また偶然の再会を待たなきゃなんねーの?)
しかも会ったとたんにぶん殴られて逃げられそうだってのに。
考えるほど絶望的な展望に、目の前が暗くなってくる。
(ちょ、レックス。どーするよ……?)
胸の中でうめいて、つい隣に助けを求めそうになった。
「ダグは彼女とか――いや、何でもない」
言葉をごまかして首を振る。
いるわけないよな。悪いこと聞いた。こんな愛想ないやつに彼女がいるなら、オレにできないわけないし。
そんなニュアンスを感じ取ったのか、ダグはムッとしたように応じる。
「つき合ってる女ならいる」
「いんの!?」
「悪いか?」
ちょっぴり自慢げなのがムカつく。
話題のせいか、いつも話の続かないダグと普通に会話できてる。そのことに気づいて、オレは玄関ホールのソファに向かった。
ダグを向かいの席に座らせ、思いきって聞きにくいことを切り出してみる。
「なぁ……徴兵されたヤツラって、どのくらい訓練するもんなの?」
質問が意外だったのか、ダグは怪訝そうな顔で答えた。
「訓練期間は……配属によってまちまちだ。徴兵で集められた人間は、まずは能力と適性の検査を受ける。そこで運良く後方勤務につくことができれば、訓練期間は二、三週間で終わる。兵士に選ばれたら二、三ヶ月。その他いろんな専門職があるが、例えばテクノノートのパイロット候補になったら一年はずっと訓練だな」
「そっか……」
「といっても、いまは趣味でシミュレーションをやり込んでるヤツも多いから。そういう連中は早ければ半年くらいでデビューだ」
「半年……」
ダグの答えにホッとした。
レックスの記憶をたどると、チェルと出会ったのは、彼女がこの基地に来て三ヶ月くらいのとき。その時期に休みを取れてたことから考えると、後方勤務についてる可能性が高い。
まだ間に合う。
彼女を兵役から解放して普通の生活に戻すのに、特に問題はなさそうだ。
(よかった……)
そんな思いを噛みしめたとき、ダグはふと思いついたように小首をかしげた。
「あとは……少し前に、どえらい新人が入ってきたとか噂になってたな」
「どえらい新人?」
「辺境の駐屯基地に勤務してる技術者の子供らしいんだけど、親と一緒に基地に出入りしてて、小さい頃からシミュレーションじゃなくて本物のテクノノートに乗ってたらしくて――」
「へぇ……」
「当然、即戦力っていうか、ひと月で訓練課程を修了したっていう――中にはそんなケースもある。特例中の特例だけど」
「そっか」
「なんにせよ、女はだいたい後方勤務だ。心配するな」
はげますようなダグの言葉に、くちびるを尖らせる。
「べっ、べつに心配してるわけじゃありませんー」
語尾の「んー」にアクセントをつけて言い返した後で、もうひとつ訊きにくいことを質問する。
「なぁ――招集状が来たとき、どう思った?」
「……イヤだなって」
「そーだよなーっっ」
声を張り上げて言い、ソファーの背に頭を乗せて天井を仰いだ。
「好きで来るヤツなんかいないよなー、きっと」
フツーに暮らしてるとこに、いきなり軍隊に入って戦争しろって言われて、喜ぶヤツはそうそういないと思う。
(だって外に出る自由ないし、規則だらけで窮屈だし、上下関係うるさいし、毎日毎日訓練キツいし、戦場に行ったら人を殺さなきゃならないし、自分も死ぬかもしれないし……。よく考えれば当たり前じゃん)
がりがり頭をかいていると、しばらくしてダグが口を開いた。
「……レックス。あんたが気にしてる女って
「だから気にしてるわけじゃねぇって」
「なら二度と関わるな」
強がって返したオレに、ダグは厳しい声で言った。
「たぶん自分で思ってる以上に、あんたは人目を引く存在だし、
「――――……」
いいヤツだな、こいつ。
知りもしない相手のためにこんなに親身になるなんて。
そんなことを考えていると、ダグはエレベーターを見る。
「そろそろいいか」
「あっ、あともうひとつ!」
立ち上がりかけた相手を、とっさに呼び止めた。
「おまえ、軍に入る前に
チェルが話してたことって、どのくらい有名なんだろう?
それを探ろうとしたオレに、ダグは短く答えた。
「……噂だけは」
「どんな噂?」
「連邦に虐げられてる人間を、金と引き替えに助けるって――」
「他には?」
「知らない」
それ以上の追及を拒むように言って、ダグは今度こそ席を立った。
「
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