「ったく、どこ行きやがった。あいつ……!」

 カフェテリアを出て、基地内の遊戯施設や軽食スタンドの周り、あるいは展望デッキなんかの、人の集まる場所をうろつきながら毒づく。


「言うだけ言ってさっさと消えやがって。こっちの言い分も聞けっての!」


 ぶつぶつ言いながらあちこち見てまわったものの、チェルは見つからなかった。

 仮にも『レックス』にこんな手間かけさせやがって、と心の中で悪態をつく。


(――――でも可愛かったなー……)


 はぁ、とため息をつき、怒っていたチェルの顔を思い出す。

 いかにもまっすぐな感じの黒い瞳に胸を射貫かれた。しかも根は優しくて、明るいんだ。それはレックスの『記憶』で知ってる。


「――――……っ」

 ずんずん大股で歩いて、自分の宿舎の前までたどり着いたところで、オレは両手で顔をおおってしゃがみ込んだ。


「なんでだよぉぉぉ……!」


 二度と話しかけるなって引っぱたかれた。もうオレどうすれば――。

 チェルを助けるために、オレはここに喚ばれたのに。それだけがレックスの願いなのに。

(近づくこともできないなんて!)


 絶望的な気分に、心の涙も止まらなくなる。

 そのまま一人で打ちひしがれていたとき、ふいに頭上で怪訝そうな声が響いた。


「レックス……?」


 呼びかけに、路上でしゃがみ込んでいることに気づき、あわてて立ち上がる。

「きっ、気にしてなんか、ないんだからな!」


「あ?」

「ダ、ダグ……っ」

 相手は、オレよりも拳ひとつ分背の高い副長だった。


 鋭い黒瞳が、不思議そうに見下ろしてくる。

「何やってるんだ? こんな時間に」


「や、ちょっと……地面と会話……」

 時計を見れば、夜の十時過ぎ。大半の人間は自分の部屋に帰る時間だ。

 そしてレックスとダグは同じ宿舎。


 オレの様子に首をかしげたまま、ダグは「あまり遅くなるなよ」とだけ声をかけて、ひとりで中へ入っていった。それをあわてて追いかける。

「あ、おい。ダグ――」


 宿舎って言っても、テクノノートのパイロットにあてがわれるのは、高級レジデンスって感じの立派な建物。

 入ってすぐのところは広いエレベーターホールになっていて、応接セットが何組か置かれていた。

 ホールの向こうには、景観用の庭までついてる。


「――あのさ、ちょっと訊きたいんだけど」

 ホールを歩くダグの横に並んで、オレはごくごくさりげなく切り出した。

「この基地の中で、名前だけ知ってる女を探す方法ってある?」


「今日のカフェテリアでのアレか?」

「なんで知ってるんだよ!?」

「かなり噂になってる。マノンが見てたらしくて方々でしゃべってるから」

「あいつ……!」


 舌打ちするオレに、ダグは厳しい顔で言う。


「どうしても知りたいなら方法はあるが……、止めた方がいい」

「なんで?」

「いまのところ、あんたを張り倒した女の正体は知られてないからだ。が、あんたが調べて騒げば周りに広まって、その女は注目を浴びる。おまけにファンに攻撃されて、大変なことになる」


「……攻撃?」

「主に女どもにな」

「まさか」

「オレらの目にはつかないだろうさ。見えないところでやるはずだから」

「――――……」


 あたりまえって感じで言いきられ、言葉に詰まった。

(じゃあなに? チェルと話したかったら、また偶然の再会を待たなきゃなんねーの?)


 しかも会ったとたんにぶん殴られて逃げられそうだってのに。

 考えるほど絶望的な展望に、目の前が暗くなってくる。

(ちょ、レックス。どーするよ……?)


 胸の中でうめいて、つい隣に助けを求めそうになった。

「ダグは彼女とか――いや、何でもない」

 言葉をごまかして首を振る。


 いるわけないよな。悪いこと聞いた。こんな愛想ないやつに彼女がいるなら、オレにできないわけないし。

 そんなニュアンスを感じ取ったのか、ダグはムッとしたように応じる。


「つき合ってる女ならいる」

「いんの!?」

「悪いか?」

 ちょっぴり自慢げなのがムカつく。


 話題のせいか、いつも話の続かないダグと普通に会話できてる。そのことに気づいて、オレは玄関ホールのソファに向かった。


 ダグを向かいの席に座らせ、思いきって聞きにくいことを切り出してみる。

「なぁ……徴兵されたヤツラって、どのくらい訓練するもんなの?」


 質問が意外だったのか、ダグは怪訝そうな顔で答えた。

「訓練期間は……配属によってまちまちだ。徴兵で集められた人間は、まずは能力と適性の検査を受ける。そこで運良く後方勤務につくことができれば、訓練期間は二、三週間で終わる。兵士に選ばれたら二、三ヶ月。その他いろんな専門職があるが、例えばテクノノートのパイロット候補になったら一年はずっと訓練だな」


「そっか……」

「といっても、いまは趣味でシミュレーションをやり込んでるヤツも多いから。そういう連中は早ければ半年くらいでデビューだ」

「半年……」

 ダグの答えにホッとした。


 レックスの記憶をたどると、チェルと出会ったのは、彼女がこの基地に来て三ヶ月くらいのとき。その時期に休みを取れてたことから考えると、後方勤務についてる可能性が高い。


 まだ間に合う。

 彼女を兵役から解放して普通の生活に戻すのに、特に問題はなさそうだ。


(よかった……)

 そんな思いを噛みしめたとき、ダグはふと思いついたように小首をかしげた。


「あとは……少し前に、どえらい新人が入ってきたとか噂になってたな」

「どえらい新人?」

「辺境の駐屯基地に勤務してる技術者の子供らしいんだけど、親と一緒に基地に出入りしてて、小さい頃からシミュレーションじゃなくて本物のテクノノートに乗ってたらしくて――」


「へぇ……」

「当然、即戦力っていうか、ひと月で訓練課程を修了したっていう――中にはそんなケースもある。特例中の特例だけど」

「そっか」

「なんにせよ、女はだいたい後方勤務だ。心配するな」


 はげますようなダグの言葉に、くちびるを尖らせる。


「べっ、べつに心配してるわけじゃありませんー」

 語尾の「んー」にアクセントをつけて言い返した後で、もうひとつ訊きにくいことを質問する。


「なぁ――招集状が来たとき、どう思った?」

「……イヤだなって」

「そーだよなーっっ」

 声を張り上げて言い、ソファーの背に頭を乗せて天井を仰いだ。

「好きで来るヤツなんかいないよなー、きっと」


 フツーに暮らしてるとこに、いきなり軍隊に入って戦争しろって言われて、喜ぶヤツはそうそういないと思う。


(だって外に出る自由ないし、規則だらけで窮屈だし、上下関係うるさいし、毎日毎日訓練キツいし、戦場に行ったら人を殺さなきゃならないし、自分も死ぬかもしれないし……。よく考えれば当たり前じゃん)


 がりがり頭をかいていると、しばらくしてダグが口を開いた。

「……レックス。あんたが気にしてる女って被占領地クライス出身なのか?」

「だから気にしてるわけじゃねぇって」


「なら二度と関わるな」


 強がって返したオレに、ダグは厳しい声で言った。

「たぶん自分で思ってる以上に、あんたは人目を引く存在だし、被占領地クライス出身の一介の兵士の立場は弱い。その女のためにも、そっとしといてやれ」

「――――……」


 いいヤツだな、こいつ。

 知りもしない相手のためにこんなに親身になるなんて。

 そんなことを考えていると、ダグはエレベーターを見る。


「そろそろいいか」

「あっ、あともうひとつ!」

 立ち上がりかけた相手を、とっさに呼び止めた。


「おまえ、軍に入る前に自由騎士党フリーナイツの話って聞いたことあった?」


 チェルが話してたことって、どのくらい有名なんだろう?

 それを探ろうとしたオレに、ダグは短く答えた。

「……噂だけは」


「どんな噂?」

「連邦に虐げられてる人間を、金と引き替えに助けるって――」

「他には?」

「知らない」


 それ以上の追及を拒むように言って、ダグは今度こそ席を立った。

自由騎士党フリーナイツについて知りたいなら、この間拘束された幹部がこの基地にいるから、そいつに訊くといい」

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