大画面のホログラム映像が、ひときわ目立つ白い機体の動きを、スピード感あふれるカメラワークで追う。


『待ちに待ったあの彼が! 我らがヒーロー・レックスが! ついに! ついに戻ってまいりました!! 敵の前に舞い降り、その勇姿をふたたび我々に見せてくれましたぁぁぁ!!!!!!』


 アナウンサーの声はほとんど絶叫に近い。

 三週間前の戦闘中に撃破され、ずっと治療に専念していたパクス連邦軍の英雄レックス・ノヴァの復活劇は、トップニュースとして連邦全土で大々的に報じられた。


 コメンテーター達は復帰早々の大活躍を褒めちぎり、街行く人々は信じて待ちわびていたと涙し、あるいはこれからもどんどん敵をやっつけてほしいと熱く語り、最後に小さな男の子が「僕も大きくなったらテクノノートのパイロットになる!」と目を輝かせて宣言する。


 映像がスタジオに戻ったところで、部屋の主であるレーヴィ大佐がニュースの音量を下げた。


「――ってわけ」


 司令官執務室。

 レーヴィ大佐は、機嫌よさそうに波打つ金の髪をかき上げ、呼び出したオレと炯とを、青い瞳で交互に眺めた。


「レックスの戦線復帰の演出は大成功よ。おめでとう。すっごくドラマチック♪」


 演出を指揮した当人は、グレープフルーツ並みの大きさに張り出してる胸を強調するように腕を組む。


「ちなみに公式発表でレックスが一八機撃墜、炯は十三機。ランキングの順位は僅差で逆転したわ。まぁ想定内ね」


 ランキングっていうのは、パクス連邦とポリス同盟の関係なく、世界中の軍属パイロットの中で行われるチャンピオンシップの順位のこと。

 参加した実戦の数や撃墜機数、自機破損回数なんかを計算して決めるらしい。

 その百位以内に入るのが、パイロットにとっては最高の名誉なんだそうで。


 一日ごとに更新される順位の上位者は、当然その時々の各軍の花形パイロットで埋まる。

 そのためランキング上位者=大スター! って感じで、世間では芸能人よりもスポーツ選手よりも人気があるってことだった。


(へぇぇぇ! まぁこうやってニュースになるくらいだからな)


 で、三年前に十三歳でパイロットデビューを果たして、翌年にはランキングの百位以内に入り、その次の年――つまり去年トップに立った超ド級の若手が、レックス・ノヴァ。

 あらゆるパイロットの中でも現在、人気実力共にダントツ首位らしい。……データがすごすぎて、もはや他人事の域である。


(いや実際めっちゃ他人事なんだけど……)


 ニュースが、機体から降りてきた『英雄』の映像を流し始める。

 ホログラムの中では、超絶美少年が笑顔で報道陣のカメラに囲まれて、応援してくれた人々への感謝なんかを語っていた。


(何かオレじゃないみたい……)


 確かに自分で受け答えしたのに、見ていても全然その実感が湧かない。なんでだろ。顔のせい?

 レックスが軍から光学マスクをつけるよう指示されたのは、十三歳の戦場デビューのとき。

 八歳で軍の施設に引き取られて以降、ずっと訓練を受けてきたレックスは、候補生だった頃から図抜けた成績を見せ続けてきた。


(だから上層部の人間は、こうなることを見越してたわけだ)


 自分達が求め続けてきた、『領邦ラント出身の』英雄になる――って。

 ランキング二位のところに炯の名前があるのを、ちょっと複雑な思いで眺める。

 レックスが怪我で実戦に出られなかった間、炯はずっと首位だったらしい。なのに

(どんな計算なんだか知らないけど)レックスが復帰したとたん、二位に落ちた。


(撃墜数十三機なんて……んなはずねーよ。オレより墜としてたじゃんよ。なんでちゃんとカウントされてねーんだよ)


 どう考えても、彼女の順位を下げるために数字が改ざんされている。

 でも本人は慣れているのか、別に気にしてないみたいだった。ソファーの上で、行儀悪く片膝立てて寝そべったまま、気のない調子で言う。


「思ったよりショボい戦闘だったね。暇つぶしにもなんなかったよ」

「え、あれショボかった?」

「ショボいね。海賊と戦うどころか、弱い者いじめじゃんよ」


 醒めきった炯の答えに、「えっ」と驚く。


「あれ海賊だったの? でもニュースでは、パクス連邦の中のコロニーを半壊させた残虐な敵が……って――」

「いやだわ、レックス。そのへんも記憶が曖昧なのね」


 レーヴィ大佐の説明によると、近年、犯罪組織による海賊行為が、宙船の国際航路上で横行しているらしい。

 麻薬や武器の密輸、誘拐の身代金や人身売買で得た金で最新の武器を手にしてやりたい放題。逃げるが勝ちのゲリラ戦を得意にしてるんで、警察はお手上げ状態。


「で、軍に仕事がまわってきたんだ?」

「そ。今回討伐した相手は、特に悪名高い組織だったのよ」


 言いながら、大佐は宙で手を動かし、古いニュース映像を呼び出して音量を上げる。

 それは軍の討伐隊に追い詰められた海賊が大暴走し、退路を確保するためだけに、近くにあったコロニーを戦艦の艦載主砲で砲撃した事件についての報道だった。


『コロニー《ロータス》は半壊。わずか一時間のうちに、逃げ遅れた市民二十万人が犠牲になったと見られています。これは犯罪組織による事件としては、史上最悪の規模であり――』


 アナウンサーの沈痛な声に、ぼんやりとつぶやく。


「二十万人……」

「『ロータスの惨劇』って呼ばれてるわ。その凶悪事件があまりにショッキングだったんで、今回その仇を取ってくれたレックスをみんなが喝采してるってわけ」


 レーヴィ大佐の説明を、炯がニッと笑って混ぜかえす。


「ドラマチックが止まらないね。ついでに自分の仇も取ったわけだし」

「へ?」

「やだ、それも覚えてないの? そもそもあなた、海賊自由騎士党フリーナイツ討伐作戦の最中に例の大ケガをしたんじゃない」


(いってぇ……!)

 自由騎士党フリーナイツの名前を聞いたとたん、例の謎の頭痛が起きた。


「……ちょっと、大丈夫?」


 急に頭を抱えたオレに、レーヴィ大佐が眉を寄せる。

 なんだ? その自由騎士党フリーナイツっていう海賊が、記憶喪失のキーワード?

 無理に思い出そうとすると、脳みそがさらにズキズキと痛んだ。


「……全然覚えてないわ」


 ここ数日で気がついた。

 レックスの記憶は、大ケガした前後のことが、すっぽり抜け落ちている。

 でもそれについて考えるのをやめれば痛みは消える。

 手で頭を押さえながら、オレは大佐に訊いた。


「『ロータスの惨劇』を起こしたのは、その自由騎士党フリーナイツなんだ?」

「えぇ。事件が起きて、軍は威信をかけて再度討伐を試みたの。おかげでずいぶん損害を与えることができたんだけど、不運にもレックスは敵に撃墜されたのよ。今までそんな失敗したことなかったのに」

「楽勝すぎて気ぃ抜いたんじゃないの?」

「炯」


 たしなめる声に、炯はくっくっと低い声で笑った。


「でもま、今回は肩慣らし的な再デビュー戦としてはちょうどよかったじゃん。これ、しばらく続けるの?」

「そうね。壊滅させるまで続ける予定よ」

「まだ壊滅してないんだ?」


 オレの声に、大佐は顔をしかめる。


「討伐に引っかかるのは末端組織ばっかりだもの。頭を潰さなきゃ意味ないわ」

「へー」

「大挙して狙ってきそうなものは大体想像つくから……、そのへん考慮してまた作戦を練りましょ」

「狙ってきそうなものって?」

「色々あるけど、一番多いのは被占領地クライスから徴兵した子供達を乗せた軍艦ね。海賊の大好物」

「なんで?」

「拉致して売るの。人身売買」

「はー」


 犯罪集団って、時代や国が変わってもやること変わらないんだな。

 ぼんやりテレビを見てると、レーヴィ大佐は「それはさておき」と、ちょいちょいと指を動かしてそれを消した。


「復帰戦がうまくいって、国中から拍手喝采を受けてるわけだけど――どう? 感想は」

「いやもう何て言っていいのか……」

 どんなに言葉を尽くしても、胸に染み入るようなこの感動は語れない。


「オレすごい。オレ惚れる。マジ惚れる」


 うんうんとうなずきながら言うと、炯が眉を寄せた。

「あんた実はバカでしょ?」

「いや、それほどでも……」


 とたん、レーヴィ大佐が声を立てて笑う。

「あははは! おもしろいわ! レックス、あなた生き返ってからかなり愉快になったわね」

「え」


 ぎくり、と心臓がこわばる。

 中身ちがうことがバレたかと思ったけど、そうではなかったらしく、彼女はきれいな顔に、しごく機嫌のよさそうな笑みを浮かべた。


「いいことだわ。その方が一般受けするもの。以前のあなたはどうも硬くてサービス精神に欠けてたから」

「はぁ……」

「さぁ、これからしばらく忙しくなるわよー! メディアから復帰記念インタビューの申し込みが大量に来てるし、ドキュメンタリー制作の依頼も重なってるし、広報部は新兵募集のために各種イベントを開くって張り切りまくってるし。二人とも協力してちょうだいね♪」

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