5
普段から注目を集める人間同士のニュースだったせいか、炯との模擬戦の話は瞬く間に基地中を駆けめぐったらしい。
当然、「そこまで回復したんなら持ち場に戻れや」という軍の判断によって、オレは次の日から各種訓練にぶち込まれた。
そしたら当然、記憶に多少不具合がある以外は特に問題ないってことが判明する。
ってなったら次に何が来るか、考えるまでもない。
そう。
実戦、配備されちゃいました。
*
……というわけで、オレは今ここにいる。
(ヤベェェェ……っっ)
宇宙! それも戦場!
母艦と、三十機のテクノノートから成るこっちの陣営は、オレと炯の小隊のみ。その中でもオレのダブルナイン小隊はたぶん一番目立っている。
なんで分かるかっていうと、カメラ搭載のドローンに囲まれているから。これは後方の母艦にいる従軍カメラマンが遠隔操作しているとか。
(つかどうしよう。オレ、本当にヤバいんじゃ……!?)
ヤバイっていうのは、すごいんじゃなくて、ダメなほうの意味。
訓練とは全然ちがう緊張感に、さっきからビビりまくりだった。
それでなくても暗い宇宙空間において、オレの乗る純白のダブルナインはどえらく目立つ。
例えて言うなら白い壁の前を飛ぶ蚊のような。
(なんか真っ先に狙われそうなんだけど! ていうか超前面に押し出されてるし。逃げ場もないし。オレ大丈夫なん!?)
シャレの通じなさそうな重苦しい雰囲気に、ガクブルしながら周りを見まわした。
(まぁ夢の中だし。死にゃしないと思うけど……)
この迫り来る圧迫感は何だろう?
リアリティがあるんだか、ないんだか分からない状況に、胃がきりきり痛み始める。ヤバい。
(緊張で吐きそう。腹いてー)
じんわり冷や汗をにじませ、こみ上げるものを堪えるオレの耳に、ヘッドセットを通してマノンの一生懸命なはげましが届いた。
『大丈夫だから落ち着いて。レックスの背中はマノンが守るから!』
それに対し、ダグが冷たいツッコミを入れる。
『かえって流れ弾が背中に当たりそうだ』
『ダグが目の前で背中を見せたら、たしかに撃ちたくなっちゃうかもぉ?』
舌足らずな言い方ながらきっちり言い返すマノンに、今度はガブが答えた。
『目障りな人の背中が見えたら確かに撃ちたくなりますよね。わかります。ちなみに私は最後列に配置されてますので、お忘れなく』
『ちょ、おまえら……っ、いま間に入る余裕ないからやめて。頼む……っ』
酸っぱい唾を飲み込みながらうめくオレに、さらに軽やかな声がかかる。
『緊張してる?』
どこか人を喰った声。
オレは胃を抱えてぼやいた。
「炯、……おまえ謹慎中じゃなかったのかよ……」
『登場すると視聴率稼げんのは、あんただけじゃないし』
「視聴率……」
『軍としてはしょーもない懲罰より宣伝の方が大事ってこと』
ようするに、この任務に参戦させるため、謹慎は解かれたようだ。
炯は軽く声を立てて笑った。
『何も難しいことないよ。「あれが敵」って指さされたものを倒せばいいだけ』
「どれが敵なんだ?」
『いまから現れる。
「捕虜を取る必要はなし――な。そういやブリーフィングで聞いたわ」
そこにレーヴィ大佐の声が割って入った。
『――炯』
『はいな。そろそろ始める?』
『いいえ、報道班からダブルナインを撮りにくいって苦情が来たわ。アレイオン小隊をもう少し下がらせて』
『これ以上下がったら外野もいいとこだ。――全隊、ダブルナインを目立たせるとこまで後退』
炯が隊員たちに向け、つまらなそうに指示を出す。
それを見届けてから、レーヴィ大佐は気にする様子もなく続けた。
『レックス。戦線復帰記念よ。あなたが迎撃の号令をかけて』
その声に前を見れば、視界の先にぽつぽつと光が現れる。テクノノートの武器や推力ユニットが発する明かりだ。
次第に増えてく光に浮かび上がる形で、機影が見えてきた。
一機、二機、……またたくまに十機になり、二十機になる。
向こうは待ちかまえるこちらに気づいたようだ。けど後ろから追撃されているため退くこともできず、まっすぐに進んでくる。
食い入るようにそれを見ているうち、緊張も腹痛も最高潮になった。
(実戦でも訓練通り無敵でいられますように……!)
宇宙戦で使われる武器は、基本的にレーザー光を収束した指向性の高エネルギー兵器。早い話が、宇宙を舞台にしたロボットアニメに必ず出てくる
(自分の人生でリアルにビームライフルとかビームサーベルで戦う日が来るなんて夢にも思わなかったし! 欲望に忠実すぎるだろ、オレの妄想世界……!)
ちなみにこの世界では、ビーム兵器に「
たとえばダブルナインが今持ってるこの自動小銃は、オプティカル・ライフル。引き金を引けば鉄も貫く高エネルギーの光の弾が射出される。
オレがゆっくりと小銃をかまえると、他の隊機もすべてがそれに倣った。
『記憶』がオレにささやく。
いま攻撃したら、敵は反転して追撃部隊を強行突破して逃げる可能性がある。それができなくなる距離まで充分引きつけなければ。
(まだだ。もう少し……)
みるみるうちに数を増やしていく敵機が五十を数えたとき。
「撃て!」
指示と同時に、ダブルナインがトリガーを引く。
純白の線が音もなく敵機に吸い込まれ、貫いて爆発を引き起こした。
直後、全機がそれに続く。
暗い宇宙空間に無数の光の華が咲いた。それと共に、機体背面の
もちろん向こうからも反撃が来る。
初めて経験する宇宙戦は、何もかもがとにかく速い! のひと言に尽きた。
そもそもビームには基本、弾速がない。
地球から月まで一秒とかってレベルなんで、撃ったと同時に当たっている――つまり普通なら避けられない。
それを、高精度のシステムやレーダーを駆使して無理やり事前に回避するわけだから、動きが速いのは当然だった。その証拠に、どの機体も一時たりとも同じ場所にいない。
まばたきする間に複数の光線が行き交う中を、すいすい縫って移動しながら、針の穴を通すような精度での射撃をくり返す。
勢いのまま距離を縮めて行った両部隊は、そのまま衝突して混戦になった。
ダブルナインも先頭きってその中へ飛び込んでいく。
自動小銃のトリガーを引き、正面で迎え撃ってきた相手の
さらに行く手から飛び出してきた相手を撃って、二機目を破壊。
そのまま目についた三機、四機と立て続けに撃墜し、横合いから突撃してきた機体を蹴って跳ね上がり、後方へ反転しつつ五機、六機とまたたくまに撃ち果たしていく。
開始前の不安は、跡形もなく吹き飛んでいた。
オレ全然問題ないじゃん。
それどころか――
(やべぇ、何これ! すげぇ気持ちいい! オレ超カッコいい!!)
スーパーハイテンションで自画自賛したものの、混戦の中で縦横無尽の戦いぶりを見せるのはダブルナインだけじゃなかった。
ダブルナイン小隊の他の機も、アレイオン小隊も、すべての機体が敵の力量を上回っているのが、素人のオレの目にも分かる。
敵味方の斉射、シールドの展開、敵機と友軍機の配置、艦隊の位置と、そして戦況。
把握しなければならないことは限りなく、状況の変化は一瞬だ。
最新の人工知能によるアシストがあるにしても、戦いながらあらゆるものに気を配るのは至難の業だった。
にもかかわらず。
(みんなよくやってるよなー)
感心していると、ホログラムのモニターが、新たなエネルギー源の発生を伝えてくる。それを見るまでもなく、オレはとっさの回避行動を取った。
直前までいた場所を、パクス軍の母艦によるビームの砲撃が通り過ぎて行く。
「ちょっ、敵味方関係なしかよ!?」
叫ぶ間に、あたりがひときわ明るくなる。
その光の中、塵のようにたゆたう小さな影は、言うまでもなく巻き込まれた機影だった。
ぱっと見た感じ、味方は全機避けてたみたいだけど。
(毎日の訓練が欠かせないわけだ――)
ごくりとツバを呑み込みながら、しみじみと思い知る。
オレがいまマトモに戦えてるのは、百二十パーセント、レックスのおかげだった。
レックスの反射神経、動体視力、身体能力、それにいままでの膨大な量の訓練と実戦経験によって磨かれた判断力が、気が変になりそうなくらい速く目まぐるしく展開する戦場にいても、誰よりも目立って活躍させてくれる。
(それは分かってるけどさ。でも実際動いてるのはオレなわけで、いやマジかっけぇし……!)
ダブルナインに集中する光線があまりに多いせいで、ここが宇宙であることを忘れるほどの明るさに包まれた。
「すげぇ! やべぇ! オレ強ぇぇぇ……!」
見てるだけで興奮する光景に、テンションは上がりまくりだった。
しばらくすると、敵が後ろに退がる気配を見せる。
撤退するつもりだ。
「させるか!」
敵の後衛部隊が放つ弾幕にレーザーで応えると、そこに大きな穴があく。
一瞬前まではテクノノートだった敵機の爆発の数々をかいくぐり、ダブルナインは後衛部隊の真ん中へ突っ込んでいった。
小銃の引き金を引く――が、エネルギー切れで何も起こらない。
「うわっと……っ」
即座にそれを手放し、オプティカル・ブレードに持ち替える。
ブレードっていうのは剣のこと。束から光の刃が長くのびる、文字通りビームの剣だ。
構えるだけで、ふるえるほど感動した。
現実世界のアーケードゲームにはない、メチャクチャリアルな感覚に!
「やぁぁっべぇ! カッコよすぎんだろオレぇぇ……っ」
自分の勇姿に滾り悶えつつ、指揮官らしい機体に突撃して光の剣を横薙ぎに一閃! ――反撃の間も与えずに撃破する。
多分敵には、弾幕の向こうから突然現れたオレが、瞬間移動して指揮官機をぶった切ったように見えたはず。そのくらいレックスの動きは速かった。
テンションがMAXを越えると、もはや騒ぐ気にもなれず、うっとりと感嘆のため息をつく。
「カッコよくてしかたねぇな、オレ……」
戦場の雰囲気に慣れてくると、周りを見る余裕が出てきた。
ダブルナイン小隊の隊員たちの実力は、平均的なパイロットよりずっと高いレベルで横並び。そんな中、冷静さでも反射速度でも、ダグが頭ひとつくらいリードしてる。
炯のアレイオン小隊は、破天荒で容赦ない隊長に振りまわされた隊員達が、生き延びるために実力以上の能力を無理やりしぼり出してる感じがした。
(あんなやり方してたら、いくら命があっても足りねぇ……!)
そういえばダグが、アレイオン小隊は隊員の負傷率が高くて入れ替わりが激しいって言ってたような気がする。
(部下は消耗品かよ? あの女、ほんとにろくでもないな)
同情を込めて眺めてしまったものの、鬼気迫る奮闘ぶりは敵をまったく寄せつけなかった。
(すっげぇな、ほんとに)
ついでに別の意味ですっごいのが、ダブルナイン小隊にもひとり。
『んだよ、どけよザコ共が! ガタついてんじゃねーよ、邪魔なんだよ! グダグダじゃんおまえら! アッハハハハ!!』
この最高にハッスルしたセリフの主は――
(…………マノン?)
まさかと思うが、声は彼女だ。いつも聞いているんだからまちがいない。
(
思わず生暖かい目になってしまう。
とはいえ彼女も充分、精鋭部隊の一員に恥じない本領を発揮していた。
いつもの甘い砂糖菓子みたいな雰囲気は欠片もなく、目の前の敵をおもしろいように屠っていく。
そんなパクス連邦軍が誇るエース達の奮戦の中でも、やっぱりダブルナインとアレイオンの動きは別格だった。
レックスと炯の身体能力は桁外れに高く、同時に隊長専用機の性能もハンパない。
そういうことなんだろう。
(オレカッコいい! オレ最高! オレ至高! 自分で自分に惚れそうだ――いやもう恋に落ちてるかも、ヤバいよ!)
大破する敵機に人が乗っていることは考えないようにした。
だってオレの立場で戦闘への参加を拒否るとかあり得ないし、どう考えても不可能だし。
それに相手だって兵器に乗ってオレを攻撃してくるんだから、反撃するのは当然だ。
感覚のリアルなゲームみたいなもん。
コクピット各所に展開するホログラムのモニターを目で追いながら、オレは操縦桿についた機銃掃射のボタンを迷いなく押した。
(っていうかこれ、そもそも夢だしね!)
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