……というわけで始まったオレの――いえ、ごめんなさい。レックスの英雄週間のハデさはハンパなかった。


 まず記者会見にはマスコミ各社から数百名が詰めかけた。

 少しでもいい席を取るために、会見が始まる日の朝から会場で場所取り合戦をしつつ、午後に『レックス』が到着するのを首を長くして待っていたらしい。

 ファンじゃないよ? 報道陣がだよ?


 なのに会見はわずか三十分。その間、オレの目線を求める声は途切れることがなかった。


「レックス! レックス、顔こっちに向けて下さい!」

「次はこっち! レックス、こっち見て!」

「復帰おめでとうございます。今のお気持ちは?」

「怪我を治療している間、どのように過ごしていたんですか?」

「レーックス! 目線こっちお願いします!」

「再び戦場に臨んだ時はどんなお気持ちでしたか?」

「すみません、こっちにも目線向けて~!」

「ランキング首位奪還の感想をひと言!」


 次々とたたみかけられる質問に答えるのは難しくなかった。

 だいたいどんな質問が来るのか、軍の広報部が予想して、事前に回答のカンペを渡してくれてたんで、それを丸暗記して復唱しただけ。


 ドキュメンタリーの取材カメラがべったり傍に貼りついてたけど、カンペの暗記場面とか、「CMの仕事? エロかわいい系の女の子達と一緒ならオッケー!」とか叫んでる場面は、報道しないよう広報部の人達がきっちり押さえてくれるらしいから全然平気。


 そのCMの仕事では、希望通り、いままで見たこともないようなかわいいアイドル達と共演することになった。

 しかもその子達、水着でスタジオに登場したんですけど! もーまぶしすぎて目を開けてらんない!


(なにこれ! 天国!? オレ、やっぱ死んだの!?)


 しかもしかも休憩中は、水着のアイドル達がずらっと周りを囲んで、メチャクチャ積極的に話しかけてくる。


「レックスはぁ、どんなコが好きぃ?」

「はいはーい! わたしは? わたしのこと好き?」

「そういう訊き方はずるいでしょー。レックス、これアタシのアドレス。いつでも連絡して♥」

「そっちこそずるーい!」

「ケンカしないの! レックスに決めてもらお? この中で誰が一番好きですかー?」

「わたし、レックスになら何されてもいい!」

「この子、こういうだらしない子なんですよぉ。アタシは一途ですよ♡」

「よく言うわ。二股どころかタコ足配線なくせに」

「レックス、今度みんなでパーティーしよーよ♪」

「とか言いながらさりげにくっつかない!」

「そっちこそ~。なにげに後ろから抱きついたりして、やらし~」


 きゃわきゃわ騒ぐ女の子達は、連邦内共通チャンネルの中で、今一番人気のグループらしい。

 聞いた? 一番人気!

 そんなアイドル達が、集団でオレを取り合って、半分笑顔、半分本気のバトルをくり広げてるとか……!


 感涙にむせびつつ撮影スタジオを後にして、別のイベント会場に移動すれば、今度は一般の女の子達から耳に刺さるような悲鳴が上がる。

 歩けば「動いてるー!」と感動され、五秒に一度は「結婚してー!!」って声が響き、ちょっと笑うだけで悲鳴がひときわ高くなる。


(動物園みたいなノリだな――)


 ここでも質疑応答があったけど、記者会見の時の答えを流用してやり過ごした。

 自分の頭で考えて答えたのは、「シャワーの時に身体のどこから洗うか」と、勝負パンツの色と形だけ。


「訊いてどうすんだ? って感じだったしマジで!」


 その日の夜、夕食の後で顔なじみの連中に誘われて街にくり出し、バカ騒ぎできる店に陣取った。

 ここ二、三日の間にあったことを話すと、みんながドッと笑う。


「もし仮にレックスとデートすることになったら、って妄想するんじゃないか?」

「ヤベー、きしょい!」

「英雄やるのも楽じゃないな」


 オレを取り囲むは、他の小隊の隊長達。領邦ラント出身のグループだ。

 こいつらは、同じく領邦ラント出身のレックスに自分たちのリーダーになってほしいらしくて、マノンと一緒に始終取り巻いてくる。


 そのマノンは今日、ご機嫌斜めだった。

 オレがしゃべってる間中、あからさまにふくれっ面を見せて、途中で「おやすみ!」って吐き捨てるみたいに言って、一人で店から出て行く。


「……なんであいつキレてんの?」

 ぽかんとつぶやくと、横のやつが答えた。

「CM撮影のときの話が気にくわなかったんだろ」

「あいつ、もうすっかり彼女気取りでいるからなー」

「レックスが気にする必要ねぇよ。マノンが勝手に勘ちがいしてるだけだし」

「あぁ、そーいうこと……」


 そろって味方をされるのは、逆にちょっと居心地が悪い。

 みんな、オレの機嫌を損ねないように気を遣っているのがわかる。だからまぁ、友達っていうのとはちがう気がするけど、でも一緒にいると、自分が特別だって気分を強く感じるのも事実で。


 これまでモブに埋もれるばっかりだったオレは、そういうのにとことん弱い。

 ダグは相変わらず、オレがこいつらと付き合うのに反対みたいだったけど、もう何も言わなくなった。

 マズいかな、と頭のどこかで声がするけど、でもそんなのオレの自由じゃね? とも思う。

 隊長はオレで、あいつは副長なんだから。


 と思ってた、ちょうどそのとき。携帯端末にダグから着信があった。

 ガヤガヤうるさい店の音を閉め出すよう、片耳を押さえて電話に出る。


「もしもしー?」

『レックス、いまどこにいるんだ?』

「どこって――まぁ大体わかるだろ?」


 周りの音の感じで。開き直るオレに、ダグはうんざりしたような息をつく。


『基地内に姿が見当たらないって、兵員管理課の担当官がオレのところに来た。夜間外出届を出さずに門限を越えるのは規律違反だぞ』

「そうだっけ? じゃ適当に謝っといて」

『そういう問題じゃ――』


 長くなりそうだったので、その場でブチッと切る。

 せっかく楽しく過ごしてるのに、あいつの説教聞くと色々台無しだ。

(届けりゃいいんだろ、届けりゃ)


 心の中でぶちぶち言いながら、端末を操作して通話の発信をした。

 それはコール数回でつながる。誰かと一緒にいるとこなのか、相手は押し殺した声で電話に出た。


『レックス……こんな時間に何なの?』

「あ、レーヴィ大佐? いま外にいるんだけどさ、夜間外出届けってやつ出してなくてさ。何か問題になる?」

『当たり前でしょ、もう……。今回は私から関係部署に言っとくけど、次はちゃんと手続きするのよ』

「サンキュー。覚えてたらな!」


 軽く応えると、大佐はため息交じりに文句を言う。


『切るわよ。今お見合い中なの』

「百回目か。いよいよ三桁突入じゃん。すっげぇ!」

『泣かされたいの?』

「こえーっ」


 急に低くなった声に、ゲラゲラ笑いながら通話を切った。……気がつくと、周りのヤツラが凍りついてこっちを見てる。

「ん? なに?」

 携帯端末をしまうと、みんなは緊張がほどけたように、いっせいにしゃべり出した。


「すっげぇのはレックスだって!」

「だよな! あのレーヴィー大佐に直接電話かけられるだけでもアンビリーバボーなのに、軽く用事頼んで、おまけに婚活からかうとかもう絶対ムリ!」

「いやフツーできないから! 大人の隊員でも不可能だから! 命にかかわるし!」

「レーヴィ大佐に特別目ぇかけられてるって、マジだったんだなー」


 しみじみと言ったやつの声に、周りが一緒になってうなずく。


「おだてても何も出ねーぞ。――あ、CM撮影んときもらった名刺出てきた!」


 オレがポケットからアイドルの名刺を出すと、周りはにわかに色めき立った。すぐさま取り合いになる横で、オレは腹を抱えて笑う。

 最高だ。

 この世界はホント完璧。夢なら醒めるなって思うけど、こんなに長い夢もおかしいし、やっぱこれは死後の世界なのかな。

 オレが創り出した、永遠に幸せでいられる妄想の世界。


(まぁ別に何でもいいや。どうせ答えなんか出ないんだし……)


 どこまでもふくらむ幸せに酔う気分で考える。

 許されるかぎり、この世界で――いやな思いも、面倒な事態もなくて、ただ最高に楽しいだけの、夢のような世界で生きていたい。

 誰よりも特別な超英雄として。


 そう心に決めた、翌日。


 訓練と取材をこなした後、カフェテリアでいつもの連中と夕飯を食っていたとき、すぐ近くを横切った、ひとつの人影に目が吸いついた。

 その瞬間、ドクン、とあり得ないほど大きく心臓が脈打つ。


「―――――――――――…………ッッ」


 肩につくかつかないかの、まっすぐな黒髪。大きな黒い瞳。しなやかで活発そうな雰囲気。

 同い年くらいの女の子。


 その瞬間。

 パァン! と――オレの頭の中で『記憶』の鍵が弾けた。


 オレがこっちの世界で目を覚ましてから、ずっと思い出せないでいた記憶が、開いたドアからあふれるように、一気に甦ってくる。

 ドッと押し寄せてくる感覚に呑み込まれながら、唐突に理解した。


 彼女だ。

 オレは彼女を救うためにここ来た。――いや、レックスに喚ばれた。


 レックスの気持ちが爆発してあふれ出し、身体が勝手に動く。

 知らないうちに、音をたてて席を立っていた。

 止まらない。

 周りがオレを不思議そうに見上げる中、オレはふらふらと彼女の方に向かった。

 気配に気づいてふり向いた彼女が、オレを見て、びっくりしたように立ち尽くす。


 チェリー・ブロッサム。


 レックスの、大好きな、大好きな、大好きな――世界にたったひとりの、大切な女の子。

 津波みたいな記憶に押し流されて、オレの意識はものすごい勢いでレックスの過去の中に引きずり込まれていく。


 カフェテリアの喧噪が遠ざかり、頭の中に、脈絡なく過去の映像が浮かび上がった。

 心の奥深くにしまい込まれていた、とっておきの記録だとでもいうように。


(なんか、おもしろそう……)


 そんな思いにかられて、オレは映画館にたった一人で座る観客みたいに、それを眺めた。

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