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何でもレックス・ノヴァは、二週間前の戦闘中にまさかの敗北を喫し、仲間の援護のおかげで戦死は免れたものの、ずっと昏睡状態が続いていたんだそうな。
レックスが意識を取り戻してたっていうニュースは、全国区で報道された。
それもたった一人の兵士が目ぇ覚ましたってことについて、軍のトップ、いろんな有名人、はてはパクス連邦の
国を挙げて喜ばれてるのはいいんだけど、実際にはちゃんと回復してるのかどうか、いまいち自信がない。
(どうもレックスの『記憶』に、欠けてるとこがあるんだよなー)
そのことに、オレはいつからか気づいていた。
何かすごく大事なことを忘れてる気がする。
今すぐ思い出したいのに、どうしても思い出せない――そんな何かがあるような気がする。
でもそれを無理に思い出そうとすると、頭がズキズキ痛む。
(本物の記憶喪失ってやつか……)
他はもう何でもないのに、これだけは全然治る気配がなかった。
(まぁいいか。考えなきゃいいだけの話だもんな)
身体が全快した以上、いつまでも入院してはいられない。
退院の日、病棟の玄関で迎えを待ちながら、オレは新しく支給された自分の携帯端末をいじっていた。
見た目は腕時計みたいな形。でも液晶は、ホログラム画面にして目の前に広げることができる。
最初は慣れなかったけど、『記憶』のおかげで今では思いのまま。
この世界ついて、いろんなことをこの携帯端末に教えてもらった。
例えば、このコロニーの名前は『ノエル・ザキ』。
検索した資料映像によると、直径数十キロの、巨大な車輪みたいな形をしてた。
車輪の
いわゆる車輪をまわした遠心力で重力を生んでるわけで、イメージとしては、ハムスターみたいに輪の外を下にして立ってる感じ。
だから外の景色は基本、両端がなだらかに上にせり上がっていく。
病棟の玄関で、見慣れない人間にとっては不思議な風景を眺めていたオレの前に、無人運転の小型車がすべり込んできた。
運転席はなくて、向かい合う形の座席のみの車内には先客がいる。
「ダグラス・ドナート中尉です」
黒髪短髪の目つき鋭いお兄さんは、車に乗り込んできたオレに向けて、にこりともせず名乗った。
「お、おぅ、ダグ。大丈夫、覚えてるよ」
オレが言うと、そいつは少しホッとした顔になる。
誰かに基地内の施設を案内させる――そう言って、レーヴィ大佐が送り込んできたそいつは、『記憶』によるとレックスが率いる小隊の副隊長だ。
ふたつ年上で、レックスの補佐っつーかそんな感じの役割のやつ。
硬派でおもしろみがないけど、隊員達からの人望はバツグンで、隊内で孤立しがちだったレックスとの橋渡し役――へぇ……。
つーかなに、レックスは自分の小隊で孤立してたの?
(……にしちゃ、こいつはえらい仲よさげなんだけど)
そう考えながら、車の操作パネルをいじっているマノンに目をやった。
目を覚ました日から、マノンは暇さえあれば顔を見せに来る。
今日も、呼んでもないのに勝手についてきた。
「どっから見るー? 訓練棟? 隊員宿舎? それとも、やっぱりテクノノートの格納庫がいいかなぁ?」
目的地を選びながら、彼女はするっとオレの右腕にひっついてくる。
ツインテールの片方が腕にふれる感覚に、はぅっと息を呑んだ。
「どこでも、レックスの見たいところからまわろ?」
舌足らずな声で言いながら、目をきらきらさせて見上げてくる。
「ま、まかせるから適当に……」
まぁるいエメラルド色の目にどぎまぎしながら、心の中でさけんだ。
(くるくるツインテール万歳!)
施設の案内は、ダグがレーヴィ大佐から命令されているはずなのに、マノンが完全に仕切っている。
なんかおかしい気がしないでもないけど、まぁいいか。かわいいから許す!
『記憶』によるとコロニー『ノエル・ザキ』は、基地の占める割合が半分くらい。民間人も住んでるけど、生活のすべてが軍を中心にまわっている、いわゆる基地の街。
ちなみにノエル・ザキっていうのは、十年くらい前に活躍した伝説の英雄で、当時ポリス同盟の方が優位だった戦況を見事ひっくり返した天才パイロットだそうな。
「でも若くして戦死しちゃったの。基地の広場には、彼が乗ってた機体が展示されてるのよ。後で見に行こ♥」
「英雄って死んだ後まですげぇんだな」
「そりゃそうよ! そもそもテクノノートのパイロットってだけで特別だもん」
マノンは得意げに小さな胸を張った。
なんでもテクノノートのパイロットになるのはめちゃくちゃ難しくて、まず候補生になるための適性試験で八割が落とされる。その後さらに厳しい訓練期間があって、また八割が脱落するらしい。
「おまけに、なったからって終わりじゃないの! なってからが大変なの!」
マノンはグーを振りまわして力説する。
運良くライセンスが取れてからも勉強や訓練は続くんで、日によっては朝から夜まで予定がびっしりなんてこともざら。
「戦場では常に最前線に立たされるしー」
「戦場って……、実戦ってこと……?」
「そうよ?」
他に何があるの? って顔でマノンが言う。
(――そうか……)
本当に戦うんだ。子供でも。
現代の日本ではありえない状況に、ちょっとたじろぐ。と、マノンがオレの腕にほっぺたをすりすりとこすりつけてきた。
「大丈夫よぉ。レックスはまだ本調子じゃないから。いきなり作戦に呼ばれるわけないってー」
「あ、そっか~」
たちまち緊張がでろでろに溶けていく。
そのとき、黙って座ってるだけだったダグが、静かに割って入ってきた。
「どうかな。訓練をして問題なければ、きっとすぐに引きずり出される。レックスが
「数字……?」
不思議なコメントに首をかしげると、ダグは簡潔に返してきた。
「視聴率だ」
「視聴率ー!?」
その言葉に、遅ればせながら『思い出す』。
宇宙空間での戦闘は大抵、軍属カメラマンによって撮影され、全国区で放映される。
マノンがけろっと言った。
「テクノノートの戦闘映像は人気があるから。確実に高視聴率が稼げるのよ」
「うぇー!?」
つまりなに? 茶の間で殺し合いを見るってか!?
「シュールだな……」
「テクノノートのパイロットは、選び抜かれたひと握りの人間だけがなれるエリートだもん」
マノンは軽く言って、かわいく笑った。
「庶民はみんな、エリートのパイロット達が死力を尽くして戦うところを見るのが大好き。力及ばず散ってく姿を見るのはもっと好き♪」
言ってることはかわいくねぇ……!
「レックスはすごいのよ? そんな中でずっと勝ち続けてきたんだから! ランキングは首位だし、人気投票でも一番だし、本物の英雄なの♥」
マノンがはしゃいだ声で言ったところで、車が止まった。
「じゃーん! ここが訓練棟でーす」
車を降りて目に入ってきたのは、普通に学校みたいな建物だった。
そこはパイロット候補生と、訓練課程を終えて正パイロットになった人間が通う訓練施設。
全体のレベル維持のために、パイロットになってからも定期的に試験があるんで、みんなここで普段から学課の自習やシュミレーターを使っての模擬戦、その他作戦遂行に必要な実技の訓練を休みなく続けるんだって。
(なんかしんどそうだな……)
ちなみに任務中だけじゃなくて、訓練の時も常に制服の着用義務がある。
パイロットの制服は詰め襟で、生地は深紅。いわゆるワインレッド。
オレもいま着てるけど、めっちゃカッコいいです。マジ似合ってます。美少年の光学マスク万歳!
女子はミニのプリーツスカートに黒タイツにショートブーツ。……制服考えた人、何なの? 何かのマニアなの? ツボ心得すぎててサイコーなんですけど!
先導するマノンの短いスカートの裾と、黒タイツに包まれたすらっとした足を、至福の思いで眺める。
眼福この上なし!
中に入ると教室があって、シュミレーターの並んだ特別教室や、あるいは研究とかのできるラボ、運動用の体育館とか、色々あった。
本当に学校みたいな雰囲気だ。
ダグによると、ここで訓練しているパイロットは候補生を含めると下は十三歳くらいから。
「すいぶん若いんだな」
「徴兵で集められた子供達だ」
「徴兵……」
つぶやいてから、
「中にはマノンやあんたみたいに自分で志願してくるやつもいるが……まぁめずらしいな」
「そりゃそうだ」
まともに考えれば、戦場に行くロボットに乗りたいなんて子供を、親が黙って送り出すはずがない。
毎日テレビで爆死するとこ見てるんだから、なおさらだ。
『記憶』によると、レックスは両親が軍人で、二人とも戦死したせいで軍の養護施設に入れられてる。そこで子供の頃から英才教育的にパイロットの訓練を受けてたらしい。
(そりゃあ人よりうまくなるわな)
マノンも似たような境遇だった。
どうでもいいけど、彼女はさっきからずっとオレの腕に張りついてる。おまけに。
「あ、あのさ、マノン……っ」
「なに?」
きゅっと抱きついてきた拍子に、むにゅ……とやわらかい感触が腕に当たって色々ヤバい感じだった。
うれしいんだけど困る。困るけどうれしい。けど困る。
えぇと……全国の経験のない男に告ぐ。
女の子の身体は――特に胸は、温めたプリンを袋に入れて押しつけられたような感じです。まる。
これまで手ぇすらつないだことのない身には、どうにも刺激が強、すぎ、マス!
(変だな。『記憶』にはこいつのこと、部下としてしか残ってないんだけど……っ)
「あ、友達だ。ちょっと待ってて」
ひとりでアタフタするオレをよそに、マノンは廊下の先にかたまってる数人のグループに目を止めて、走り出した。
その隙に、後ろにいたダグに声をひそめて訊いてみる。
「なぁ、オレとマノンってさ……その、つ、つつつ付き合ってたり、した?」
かみまくるのも仕方がない。
彼女いない歴=一生を覚悟していたオレとしては、そんなことは訊くのも自意識過剰って感じがする。おこがましい――けれども!
(もしかしたら思い出せてないのって、そのことかもしれないし……!)
緊張しつつの質問に、ダグは「は?」と眉をひそめ、吐き捨てる口調で言った。
「冗談だろう。あいつは前からレックスにベタベタしてたけど、レックスは相手にしてなかった」
「でもさ――」
「レックス! 早く早くーぅ」
廊下の先で、マノンは妙にフレンドリーに手を振ってくる。
そっちを指さすと、ダグは白けた目で答えた。
「英雄のカノジョになりたい女なんて、基地の中にも外にもくさるほどいる」
「あ、そー……」
つぶやいて、カノジョ、の言葉に、ふいにレックスの『記憶』が疼いた。
(――ん?)
なんだろ、それがキーワードなのかな?
(カノジョ、カノジョ、カ、ノ、ジョ……)
そう唱えながら、何か思い出せることがないか記憶を探ってみる。
とたん――
「いて……っ」
「レックス?」
「や、何でも……」
やっぱ頭が痛くなるだけ。
けどそのとき、ひとつひらめいたことがあった。
「レ――じゃない、オレって元カノとかいる!?」
なんでその可能性を思いつかなかったし!
そうだ、大事な記憶って、今のカノジョじゃなくて、昔の子だよ!
自分的に超いい思いつきだと思ったのに、ダグは首を横にふった。
「いや、オレは知らない。……多分いなかったと思う」
「だって英雄だったんだろ? 超モテてたんじゃねぇの!?」
そう言うと、ストイックの塊みたいなダグは、見知らぬ生き物でも見るような、冷ーたい目を向けてきた。
「……レックスはいつもみんなから注目を浴びてたから、もし誰かと付き合ってたなら、噂にならないはずがない」
「あーまぁ、そうだな……」
そう言って周りを見る。
別に自意識過剰ってわけじゃない。
実際、『レックス』の注目度は異様に高くて、基地内を歩いてると常に視線が集まってくる。
「ホント、めっちゃじろじろ見られてるわー」
「その目立つツラのせいだろ」
「あ、いいだろこれ? おまえも作ってもらえば?」
「断る。つけたいとは微塵も思わない」
「つまんねーヤツ」
オレはと言えば、レーヴィの指示で光学マスクをずっとつけたままだった。
風呂のときや寝るときは外すものの、すごく薄い素材なんで、つけっぱなしでも特に気にならない。
オレの素顔を知ってるのは、レーヴィと、ダグやマノンっていう、小隊の一部の隊員たちのみ。この基地内では十人に満たないってことだった。
そのくらい『レックス』は周りの人間に素顔をさらすことを許されない。
(ま、全然かまわないけど)
時々何かに映る自分の顔を見ると、そのたびにドキッと心臓が跳ねる。――あまりにカッコよくて。
(ヤバいよな。男のオレでも見とれるもんなー……)
今朝も鏡の前で右から左から上から下から、斜め右から(以下略)矯めつ眇めつし、しみじみイケメンってすばらしい! という思いを噛みしめた。
「いやー、顔って大事だな。特に根拠もなく、きっとこの先幸せが待ってるって気になれるもんな!」
「たぶん気のせいだ」
そっけなく答えたダグは、こみ上げてくる感情を懸命に堪えるように額に手をあてている。
(なんだよ、もー)
廊下の先を見れば、マノンがにぎやかな一団と話しているところだった。
彼女がこっちを指さすと、みんなが振り向き、そしれからいっせいに走り寄ってくる。
「レックス!」
オレよりも明らかに年上のやつら五人に、たちまち周りを取り囲まれた。
「レックス、よかった無事で!」
「またいっしょに
「元気そうな姿を見れて嬉しいよ」
(えぇと……)
愛想よく笑顔を浮かべながら『記憶』を探り、あれ? ってなる。
なんだ? えらい情報が薄いぞ。
五人の顔を、『レックス』は重要だと見なしていなかった。
かろうじて、そいつらが他の小隊の隊長だっていうのはわかる。
でも知っているのは名前だけって感じだ。
(……なんかめっちゃ仲良さげにふるまってきてるけど、実際レックスとはそんなに仲良くなかったんだな、こいつら)
そう思いつつ、でもまぁ全力で歓迎されることに悪い気はしなかった。
そいつらに囲まれている間、ダグはため息をついてオレ達から離れる。
壁際まで下がったダグに向け、マノンが縦巻きのツインテールを揺らしてにっこり笑った。
「あとはこっちでやるから、もうついてこなくていいわよ」
対してダグは、きまじめな顔で首を横に振る。
「レーヴィ大佐から、レックスを案内するよう命令を受けたのはオレだ」
と、小隊長のひとりが、それを咎めた。
「おい、言葉に気をつけろ」
(ん……?)
その場の空気が、一気に険悪になった。
他の小隊の隊長達+マノンと、レックスの小隊の副長であるダグ。
その構図でにらみ合う原因がわからず、オレはひとりでオロオロした。
(なんなんだ、急に!?)
きょろきょろしていると、両方が訴えるような目をこっちに向けてくる。
ビシッと決めるオレのひと言が待たれてる感じ。
とはいえ。
(えぇぇっとー……)
どっちを取っても角が立ちそうなことに弱りはてた。
民主主義よりも事なかれ主義を信奉するオレとしては、こういう状況はすっごい苦手。……でもそうも言ってられないみたい。
(ビシッと決めろ、オレ。ビシッと!)
覚悟を決めて、オレは大きく息を吸う。
「ぎ、ギスギスしないで仲良くしよっか……?」
猫なで声で言ったとたん、その場にいた全員が、顔をしかめて大きく舌打ちをした。マノンまで!
まるで何事もなかったかのように、小隊長のひとりがダグに向けて言い放つ。
「
そのとき、『記憶』の中でひらめくことがあった。
(それか……!)
パクス連邦を構成するコロニーは大きくふたつに分かれている。
大戦当初から
法律上、ふたつの間に差はないことになっているけど、実際には多くの差別が存在する。
あらゆる分野で
(で、マノンと小隊長達は
頭をかいていると、ダグが言い返した。
「レックスの命令なら従うが、他の人間にそんなことを強要される筋合いはない」
と――マノンが、オレの腕にするりとしがみついてくる。
例によって、ふにふにとやわらかい身体を押しつけるようにして。
「じゃあレックス言って? ダグはもういいって」
綿菓子のように甘い声と、生クリームみたいなやわらかい感触。
腕に当たる感触に理性がぐずぐず溶けそうになる。
(いやいやいや、待て!)
心の声を張り上げ、もろくも崩れかけていた理性を必死にかき集めた。
軍って階級社会じゃん? ダグはオレの小隊の副長で、マノンはただの隊員。――だったら。
「マノンがダグに注文つけんのはおかしいんじゃねーの?」
オレの反応に、彼女は目をうるうるさせて小首をかしげた。
「えー? マノンが悪いの?」
(えー!?)
泣く? 泣くの? やめてぇぇぇ……っっ。
息を詰めている間にも、みるみるうちに彼女の目に涙がふくれあがる。
(いやそんな! オレ無実! オレ無実!)
「マノン、レックスのためにその方がいいかなって思っただけなのにぃ……」
「あ、う、え……」
予想外の事態にうろたえまくっていた、その時。
「マノン」
よく響く落ち着いた声が、少し離れたところから聞こえてきた。
一瞬でその場の空気がぴんと緊張する。
そのわりにゆったりした足取りで現れたのは――
「あ……」
茶髪に色っぽい目をした、すんごいモテそうなお兄さん――いや。
(お姉さん? なのか……)
『レックス』の記憶がすぐに告げてきた。
見た目は男みたいだけど、アレはれっきとした女だって。
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