けい・フェンリル大尉。十七歳。

 小隊の隊長で、レックスとほぼ同格の超一流パイロット。


 女にしてはすらっと背が高くて、オレと同じくらい。目鼻立ちの整った、きれいな顔だった。

 肩あたりまでの茶色い髪には癖があり、毛先は気ままに跳ねている。

 耳には目立つ赤いピアスが光っていて――。


(なんか……えらい雰囲気のあるヤツだな……)

 モデルみたいな存在感を、こっちは感心して眺めていたっていうのに。


「マノン。バカ病み上がりからかうの止めな」

「…………」


 気のせいかな。今、バカと書いて病み上がりって呼ばれた気がする。

 ふざけた口調なのに、この場にいる誰も、彼女の言うことに逆らえないみたいだった。

 逆らうのを許さない、独特の空気がある。


 オレの横で足を止めた炯は、うすい笑みを浮かべて、周りの小隊長達を見まわした。


「レックスの記憶が曖昧で、人格が変わったのをいいことに自分達の中に取り込もうってのは、まぁ好きにすればいいけど。レーヴィの命令を私情でねじ曲げんのはどうだろうね?」


 気圧されて一歩下がるそいつらに向けて、炯はさらりと言い放つ。


「後はあたしが案内するから、あんた達は帰っていいよ」

「大佐の命令をねじ曲げる気か!?」


 ダグを含めて、みんながいっせいにツッコんだ。

 けど相手はどこ吹く風。


「言いたきゃ言えばー?」


 軽いノリで返し、彼女はくちびるの端を持ち上げた。

 他のヤツラは、それ以上反論できないようだ。

(同じ小隊長なのに……?)

 不思議に思って『記憶』を探る。……と。


(え、炯ってすげー特別なヤツなんじゃん!)


 現在、レーヴィ大佐の率いる特殊作戦群装甲機動師団には、二〇の小隊がある。

 炯は、二〇人の隊長達の中で唯一の被占領地クライス出身者だった。

 しかも彼女が指揮する小隊は、『英雄』レックスの率いる小隊と並んでトップの戦績を誇る。

 もちろん彼女自身、とんでもなく優秀なパイロット。

『記憶』から情報を得ているうちに、炯はあっけなくみんなを追い払ってしまった。


「どうも。助かりました」


 小さく頭を下げるダグに、ひらひらと手を振る。


「どういたしまして。でもあんたももういいよ」

「じゃあ後はおまかせします」


 ダグはあっさり退いた。

(はぁ? なんなんだよ……)

 マノン達に言われた時は、あんなに抵抗したくせに。

 一瞬そう考えてから――炯とダグはふたりとも、被占領地クライスの出身だってことに気がつく。

 この世界の人間にとっては、そこが一番重要なのかも。


 立ち去ろうとしたダグは、ふいに足を止めてオレを振り向き、棘を含んだ声で言った。


「以前のあんたは、他の小隊長たちと距離を置いてた。あいつらがあんたを取り巻いて利益を得たいだけだって、ちゃんとわかってた」

「ダグ。――いいから行きな」


 炯が横から口をはさむと、ダグは小さく目礼して今度こそ去っていった。

 炯はこっちを向いて、ついてこいって感じであごをしゃくる。


「ダグは心配してるんだよ。あんたがあいつを隊員に降格させて、マノンを副長にするんじゃないかって」

「――はぁ?」

「そしたら被占領地クライス出身の他の隊員たちの立場も難しくなっちゃうから」


 いくらこっちに来たばっかりで、事情がよくわかってないにしたって、さすがにそれは。


「ねぇよ!」

 勢いよく否定すると、炯はフッと笑った。

「ならそう言ってやるんだね」


 並んで歩いて行くうち、急に視界が開ける。

「はい、ここがテクノノートの格納庫」

 炯の説明に、オレは雄叫びを上げた。


「うぉおぉぉぉぉ!」


(広い! でかい!)

 ひと言で言うと、機械の森みたいな感じ。


 鉄骨と巨大ロボットの林立する景色と、はるか彼方の天井を見上げて、感動しすぎて息ができなくなった。

 格納庫全体は、東京ドームを四つ集めたような形だった。超巨大な四つ葉の中には、数え切れないほどの人型ロボットが収容されている。


「覚えてる?」


 炯がふり向いて言った。


「まだ地球で暮らしていた頃、人類は宇宙ステーションにおいて夢の新素材《インフィニティ》の組成に成功。軽量、高強度、高剛性の他、電離放射線の遮蔽効果も有するそれは、科学技術のあらゆる分野にパラダイムシフトを巻き起こし、人類の宇宙進出を大幅に拡大させた。無重力下での多様な作業ロボットを作り、静止軌道衛星エレベーターを作り、大規模プラントを作り――……そして兵器を作った」


 教科書通りの炯の説明を適当に聞き流し、オレは林立する巨大人型ロボットの間を、興奮に手足をふるわせながら夢遊病者みたいに歩く。


(ヤバイこれ。ヤバイヤバイヤバイヤバイ……!)


 ずらっと並ぶ機体の全長はどれも七、八メートル。はるか高みから地上の人間を見下ろしている。

 そして各ケージがその機体を、左右三本ずつ、合計六本の足場キャットウォークで、肋骨のように包み込んでいた。


「インフィニティによって作られた、人類の新たな兵器――それが特殊装甲機動兵テクノノートだ」

「…………うん……」


 感動しすぎてもう、ろくに言葉も出てこない。


「動力源はインフィニティ製のフライホイール。つまり独楽。宇宙空間で回せば、限りなくロスの少ないエネルギー蓄積装置になる。地上では蓄積したエネルギーを消費するだけだから、動ける時間に限りがあるけど、宇宙空間では独楽が止まらない限り、いつまでもエネルギーを生産し続けるよ」

「すげぇ……っ」


 正直理屈はよく分かんなかったけど、何かすごいことだけは分かった!

 ワクワクきょろきょろしていると、炯は奥にあった一機を無造作に指さす。


「レックスの機体はあれ」

「ダブルナイン……!」


『レックス』の記憶に染みこんだ愛機の名前を、思わず叫んだ。

 正確には、《グラディウス99ダブルナイン》。英雄ノエル・ザキの愛機《グラディウス》の後継機。


(これが――オレの機体……)


 特殊作戦群装甲機動師団の隊員達は通常、パクス連邦軍の最新型量産機《ガルム》に搭乗する。

 そもそもガルムを配備されているのは、軍の中でも精鋭のこの師団のみで、それだけでもテクノノート乗りとしてはヨダレもんらしいけど、各小隊の隊長にはさらに、軍が技術の粋を尽くして開発した特別な機体が割り当てられる。

 それが隊長専用機。

 レックスのダブルナインは、その専用機のひとつだった。


 名前がそのまま小隊の呼称にもなるっていう、まさに隊の顔。

「隊の顔かぁ……。ヤベぇ、ダブルナイン小隊は隊長オレだけじゃなくて隊の顔もめっちゃイケメンじゃーん……」

 足下に立ち、純白の凜々しい機体を惚れ惚れと見上げる。


「パクス連邦軍がこれまでの交戦を通して収集した膨大な戦闘データと、開発企業の新技術が惜しみなくつぎ込まれてるからね。攻撃と防御の両面が、非常に高度に設定されつつバランスもいい。あんたの戦闘プレースタイルによく合ってると思うよ。一対一の同条件下でこれと戦って勝てる機体はきっと宇宙中探してもないだろうね。――あたしの《アレイオン》以外」


 アレイオンっていうのは炯の専用機。

 ニッと笑って言う彼女の瞳は、しごく楽しげに輝いていた。


「乗って」

「え?」

「え、じゃないよ。るっきゃないでしょ、もう。――回してるね?」


 軽く訊く炯に、近くにいたメカニックがうなずいた。


「命令通り準備してますよ。いますぐ動かせます」

「よし」


 短く言い、彼女はオレをキャットウォークへと追い立ててくる。


「コクピット見たくないの?」

「そりゃ見たいけどさ……っ」

「見ればいいじゃん、ほら――」


 骨組みだけの階段を上り、キャットウォークの上でとまどうオレを、炯はハッチの開いたコクピットの前まで連れて行くと、背中を突き飛ばすようにしてその中に押し込んだ。


「うぉい!」

 シートの上に転げ落ちて抗議したオレに向け、さらに頭部を保護するヘッドセットを投げ込んでくる。

 とっさに受け止め、あ然とハッチを振り仰いだ。

 が、しかし。

「じゃ、閉めるよ」

 簡潔な言葉と共に、彼女の姿が視界から消える。


 ハッチが外側から閉められると、自動的に内壁がオートロックされ、コクピットが操縦者搭乗モードに移行した。

 暗い球体の空間の中に、星みたいに計器類のランプがまたたいたかと思うと、すぅっと明るい光が室内を満たし、またたくまに球体の輪郭が溶けていく。

 実際には、球体の全視界スクリーンが起動したことで三六〇度の周囲の景色が映り、そう見えるだけなんだけど。

 次いで目の前に、ホログラムのインジケーターが次々に展開されていった。


「おぉぉ、すげぇーっっ」


 なんか、さっきからこればっかり言ってる気がする。けどそれ以外の感想が出てこない。

 アーケードゲームのポッドなんか足元にも及ばないくらい臨場感たっぷりのコクピットを、感動と共に見まわした。

 全視界スクリーンはいま、格納庫の景色を映している。スクリーンが球形なんで、パイロットシートと搭乗者だけが宙に浮いているように感じた。

 両手は操縦桿、足はペダル式のパドルコントローラーに置いたまま、声と視線でインジケーターを操作していく。

 ドライブシステム、設定完了。武器およびオプションモード、セットアップ。起動シークエンスに移行。


(おぉぉぉっっ)


 興奮のまま、心の中で! 叫ぶ! 思いっきり!


(オ・レ・カッ・コ・いいぃぃぃぃ……!!!!)


 乗る前は、正直いまのオレに動かせるのかと思ってたけど、何の心配もいらなかった。

 子供の頃から訓練されてきたっていう『レックス』の身体が覚えていたから。

 何をすればいいのか、オレが考える前に分かる。『記憶』が条件反射でこなしていく。

(すげぇ便利! さすが夢!)

 ひとりではしゃいでいると。


『準備できた?』


 急にヘッドセットから炯の声が聞こえてきた。


「できた。……けど――え、なんでアレイオン動いてんの?」

『なんでって。おもしろいこと訊くね』

 笑いながら、彼女は軽く言い放つ。

るために決まってんじゃん』

「は? ――……っっ!?」


 息を呑む間もなく、アレイオンは装備されたナイフでダブルナインを突いてきた。

 オレは――いや、レックスの反射神経は、とっさにそれをダブルナインの前腕で受け止めた。

 衝撃がコクピットを揺らす。

 息を呑むオレの耳に、腹が立つほどのんきな声が聞こえてきた。


『よく受けたね。――ま、以前のレックスならこのくらい当然だけど』

「ここでかよ!?」


 うちの部隊の機体は基本、宙陸両用だからコロニー内でも戦える――とはいえ!

 他のテクノノートがずらっと並ぶ周囲に目をやってあわてふためく。


(このバカ女! どうすりゃいいんだ……!?)


 急いで『記憶』を探ると、自分の身の安全については、コクピットと軸核アクシス・コアさえ守れば多少傷ついても問題ない、という知識が投げ返されてくる。ほう。

 軸核アクシス・コアっていうのは、エネルギーを蓄積する独楽フライホイールを内蔵するユニットのこと。どんなテクノノートも、そこを損傷すると高い確率で爆発する。なるほどね!


 極至近距離の白兵戦の仕様として、オレもインジケータを操作して、すばやくナイフを装備した。


「おまえ正気か!? 時と場所を考えろ!」

『へーきへーき。ここの人間は、あたしの突飛な行動に慣れてるから。……ほら、みんなすばやく避難してるじゃん』


 言われて足下を見ると、たしかに皆、訓練された動きで迅速に避難していた。

(でも慣れてるってのとはちょっとちがうような……!?)

 どう見ても恐怖に引きつった顔で、蜘蛛の子を散らすように逃げまわっている。


「ふざけんな! 何のつもりだ!」


 声を張り上げつつ、鋭い突きをくり返してくるアレイオンに何とか応戦する。

 速い。そしてねらいには一片の容赦もない。

 味方同士ってのを忘れてるとしか思えないほど、急所であるコクピットと軸核アクシス・コアばかりを的確に攻めてくる。


 炯はのどの奥でくつくつと笑った。


『だって実力のわかんない人間と肩並べんのやだし。いまのうちに仕留めて――もとい、現状を確かめとこうかなーって』

「『なー』じゃねぇよ! いま仕留めるっつっただろ! 絶対そっちが本心だろ!」


 全力でツッコミつつ、炯が操縦するアレイオンの動きに鳥肌を立てる。

(すごい――)

 なめらかな動きは、とてもロボットとは思えない。まるで人間みたいだ。


『ほんと。後で上からめっちゃ怒られちゃうよ、きっと』

「だったら!」

『だから瞬殺でゴー』

「へ?」


 不穏な言葉と共に、死角からもう一本のナイフが現れる。

(しまっ――……!)

 まっすぐにコクピットを狙ったその攻撃を、紙一重で避ける。

 耳障りな異音が響き、ダブルナインの外装が大きく破損したことを、モニターと警告音が伝えてきた。


『へー。二週間寝こけてたわりによく動くな』

 嬲る口調に、飛び退くようにして距離を取りながら言い返す。

「なぁ、ちょっと待った! 頼む! 意味わかんねぇ! なんで戦ってんのオレら!?」

 情けない訴えに、炯はひとつ息をついた。


 はぁ、と色っぽくため息をついた後、拗ねたようにつぶやく。

『気にくわないってこと』

「なにが!」

『あたしを差し置いてマノンとイチャイチャするなんてさ。趣味悪いんじゃないの?』


「ふぇ?」


 瞬間。

 炯はたった一歩の踏み出しで、少し離れたダブルナインにハデな体当たりをかましてきた。

 完全に虚を突かれたオレは、その勢いになすすべもなく吹っ飛ばされて倒れる。――アレイオンが身を起こしたときには、こっちのコクピット上部ギリギリのところに、ナイフが深々と刺さっていた。


 もちろん、あえて狙いを外したんだろう。

 鮮やかすぎる一撃に言葉もない。


『はい、勝ちー』


 呆然としてるオレの耳に、からかうような声がすべり込んできた。


『あんた、冗談の通じなさに磨きがかかってない?』

「ず――」


 しばらくたってから我に返り、声を張り上げる。


「ずりぃ! いまのなし! もう一度!」


 悪あがきを言うオレに、炯は楽しそうに笑う。


『ちょっと物足りないけど、まいっか。ごうかーく』

「なにがだ!」

『おかえりって言うべき? 生還おめでとー』


 舐めた答えにイラッとするオレに、『記憶』が告げてきた。

 炯はレックスよりも実力がある。実はみんな、そのことを知ってる。

 でも彼女は決して『英雄』にはなれない。――社会が、そういう仕組みになっているから。

 炯は被占領地クライス出身。

 だから領邦ラント出身のレックスがいる限り、どれだけ強くても、栄えあるパクス連邦軍の象徴にはなれない。


 ハッチを開け、アレイオンのコクピットから出てきた炯は、そんな不公平なんかどこ吹く風って感じで、ダブルナインに向け、笑って手を振ってきた。

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