第2話 大家さんの正体

「私は柊なのは…って、こっちは本名だった、ごめん。まあ改めて、私は別の名義『夢野アカリ』の名前でVTuber兼シンガーソングライターをしてるわ」

そう言って彼女––柊なのはさんは、その場でターンをして決めポーズをキメた。可愛らしく。まあ実際結構可愛いのだが。彼女、まだ20代前半だったっけ。

「夢野アカリ…って、色々渡された本にもたくさん名前載ってたあの?」

「そうそう。ちゃんとよく見てたね」

教材として本を読んでいる中で、何度も見かけた名前だ、覚えていないわけがない。

「何で大家をしながらしてるんですか?」

夢野アカリは売れっ子シンガーソングライター、別に大家の仕事をしなくても充分に生活できるはずだ。なのになぜこんな事をしているのだろう?

「ここはね、元々は私のおじいちゃん、おばあちゃんが大家さんをしてたんだ。でも、2人とももう亡くなっちゃって。本来ここは大手の不動産屋に売りに出して管理してもらうはずだったんだけど、私が駄々をこねて、それで私に管理させてもらえる事になったんだ…って、こんな年齢で駄々こねるってのはあれだけど」

そう彼女は語った。思い出の場所、そこを簡単には手放したく無い。似たような理由は至る所で聞いた事があるが、直接聞いたのは初めてだ。

「そう…なんですね…」

「まあ、大家の仕事なんて基本する事ないですから、配信したり作業するのにピッタリってのもありますけどね」

「急に現実的だなオイ」

サラッとタメ口が出てしまった。本来なら彼女は先生であり大家さんなのだから言ってはいけないはずなんだが。

「アハハッ、まあそうだよね〜。でも、なんだかんだ楽しいから。ここに住んでいる人の笑顔をたくさん見れる、子供達の成長していく姿を見れる、引っ越していく人たちの旅立ちや別れを見れる。たくさんのストーリーを見る事ができるのは、とても楽しいし、想いがこもっているからね」

ああ、そうか。彼女は純粋にこの仕事を楽しんでいる。その感情が、自身の自信に繋がっているのだろう。

(俺にそんなもんがあったらな…)

「…さて、お話は一旦おしまい。ここからは、ちゃんと仕事の話をしていくよ」

「おう、一気に話持って行ったな。はいはい。で、どういう話ですか?」

「君の才能はしっかりと見極められた。きっとアーティストとしてはいいスタートダッシュを切れると思うよ」

「あ、アーティストになる前提なんですね」

「そりゃあそうだよ。何のためにこんな指導したのさ…ンンッ、まあその話は置いといて、最初はDTMでは王道の、ボカロPとしてデビューしようか」

ボカロP、勉強を始めて最初の方に見かけた言葉だ。やはりそこは安牌なのだろう。

「MVに関しては、私の知り合いに頼んで作ってもらうから、曲が出来上がったら私に言って。データをもらって知り合いに送るから」

ありがたい。そこはなのはさんの伝手を借りさせてもらおう。

「あとはアーティスト名義だね。人によっては本名のまま活動してる人もいるけど、どうせならいつもと違う名前、欲しくない?ニヤリ」

「確かに、芸能人とかでも本名と芸名使い分けてる人いますし、どうせなら違う名義でしてみたいです」

「よーし、決まりだね。データを送った後、MVが届くまでの間に一緒に考えようか。もし思いつかなかったら、聴いてくれた人に投げやりにするとか?」

「いや、聴いてくれた人に投げやりって…どういう事ですか?」

「昔の動画サイトの風潮で、視聴者に名前を決めてもらうのがあったんだよ。例えば40×Pさんとか超○生さんとかはそんな感じだったらしいよ」

「あ、2人とも本に載っていた方々ですよね。40×PさんはボカロPですし、超○生さんは歌い手…?ですっけ?」

「そうそう。話を戻すけど、ひとまず私たちで考えて、それで思いつかなかったら視聴者に投げやりでってのでどう?」

「分かりました。ではそれで」

こうしてデビューまでの道のりが決まった。


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前の話同様、まとめてあとがき書くのでここではあとがき無しです。

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