三枚目
田舎を出て、世界は急速に広がっていった。
元来の人見知りだった僕は、同級生となかなか打ち解けられず、買ってもらったばかりのスマホから飛び込むことのできたインターネットという空間で孤独を癒していた。君に描いてもらったアイコンを名刺代わりに、僕は年齢も性別もバラバラな人々とSNSで交流するようになった。
タイムラインを流れ過ぎていく人たちは、大体が僕よりも歳上で、深夜になれば恋バナや仕事の愚痴などで盛り上がっていた。
その中で出会った、僕より一歳年上の女の子は、言葉の端に淋しさをまとっていた。
君ならば関心を持たずに放り投げるような事象を、彼女は真面目に受け止めていた。家族とケンカしたこと、テストが上手くいかなかったこと、バイト終わりに食べたティラミスが美味しかったこと。それまでの狭い世界では、仲良くなることのなかった、等身大の「女の子」だった。
画面上で、繋がっている気がした。僕が積極的に話しかけていくと、彼女はすぐに反応した。冗談交じりの好意を伝えるメッセージを何度か繰り返しているうちに、返信に湿度が増していった気がした。
僕と彼女がタイムライン上でカップルのように扱われだした頃、僕は彼女の鍵アカにフォローされた。相互フォロワーの少ないそのアカウントには、彼女の赤裸々な感情が吐露されていた。プロフィールに書かれた「処女は大切な人にあげたい」という文字列を眺め、僕は君から貰ったアイコンを変更した。
彼女と連絡先を交換して、互いに自撮りを送り合った。画像加工アプリで流行りのフィルターに覆われていたけど、可愛い子だった。住んでいるところは、ナポリとミラノくらい遠かった。それでも、近況報告を毎日繰り返していた。
部屋の写真に映り込むサンリオのぬいぐるみ。ヘッダーに使われているモノクロのセーラームーン。醸し出す「女の子」の匂いにむせかえりそうになりながら、僕は君のことを思い出していた。
彼女とはただの友達。僕には恋人がいる。けれど、僕は一旦傾いた天秤を元に戻すことはできなかった。君に「好きな人ができた」と伝えたのは十六歳の秋だった。
「会ったことないんでしょ? アンタがそんな可愛い子と付き合えるわけないって。絶対騙されてる!」
君はそうまくしたてたね。でも、毎日やり取りをしていたし、彼女は僕を信用してくれているはずだと思っていたし、騙す、だなんてするような子じゃないと確信していた。だから、振り切った。
「遠距離だけど、それでもいいなら。幸せにしてください」
有頂天だった。そのメッセージが届いた途端、僕は真実の口みたいにポカンと口を開けてしまったんだ。僕は、守るや幸せにするという言葉をふんだんに使った。僕には愛されるだけの力があって、こんな風に進展させることだってできる。
恋人としてのやり取りはジェラートのように甘く、時間の感覚を忘れるほどだった。それがピタリと止まったのは、告白から一ヶ月後、クリスマスの前の夜だった。
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