Ⅴ 海賊の証言(2)

「──なんだい? マルク・デ・スファラニアについて何か聞きたいんだって?」


 その情報を得て最初に話を聞きに行ったのは、〝白シュミーズ〟の異名を持つ大海賊の一人、ジョナタン・キャラコムである。


 仇名どおり、白いシュミーズ(※シャツ)に白いオー・ド・ショース(※膨らんだ半ズボン)、腰帯までもが白という全身白づくめの伊達男なのだが、両脇に若くて美しい女海賊をはべらせた、いかにもなチャラ男っていう感じの人物だ。


「あ、あのう…… 魔術師船長マゴ・カピタンがヘタレ…もとい、なんというか……そう! 武芸がものすごく不得意だって話は本当ですか?」


 その女海賊達と小洒落た飲み屋にいるところを捕まえた俺は、相手を刺激しないよう、なるべくオブラートに包んだ言葉を選びながらそう尋ねてみる。


 海賊同士は商売敵ライバルといえども、島の仲間を悪く言われて気分を害すかもしれない……相手は大海賊、怒らせでもしたら命が危ない……。


「まあ、俺が言うのもなんだけどさあ、確かに昔からヘタレだったね。ぜったい戦闘に参加しないし。ナンパなこの俺ですら、一応、カットラス持って前線に出るってのにね」


 だが、ジョナタンは庇うこともなく、さらっと魔術師船長マゴ・カピタンをヘタレ呼ばわりする。


 このチャラ男もチャラ男であまり強そうには見えないが、そのチャラ男にも言われるということはそうとうなものなのだろう。


 また、次に訪ねた白髪かつらにアングラント王国風の赤いジュストコール(※ロングジャケット)を纏った私掠船の船長、通称〝村長〟と呼ばれているヘドリー・モンマスも……。


「──ああ、いうなればヘタレだな。船長キャプテンキッドマンの船にいた頃からそんな感じだ」


 アングラント製の彼の海賊船の船長室で、やはりジョナタンと同じようなことを躊躇いもなく言ってのける。


 さらに片メガネモノクルをかけた商人風の、海賊というよりは〝詐欺師〟が本業らしいジョシュア・ホークヤードも……。


「マルク・デ・スファラニア? ああ、完全にヘタレだ。キッドマンもそのことはよく理解していて、けして戦いには使わなかった。戦闘要員としては一文の価値もない……それはそうと、働き口を捜してるんならうちの一味へ来るか? 秘鍵団なんかよりもよっぽど高待遇で給金もはずむぞ? 週休二日、残業なしのアットホームな職場だ」


 商館のような建物で面会した彼は同じく魔術師船長マゴ・カピタンのことをヘタレ呼ばわりし、ついでに海賊志望の渡航者設定である俺を甘い言葉で勧誘してくる。


「か、考えてみます……」


 いや、〝詐欺師〟にそう言われても、ぜったいにブラックな職場である臭いしかしねえ……。


 さらにさらに〝海賊剣士エペイスト・ド・ピアータ〟の異名を持つ海賊一の剣の遣い手、フランクル人海賊のジャン・バティスト・ドローヌも……。


「──うごっ…!」


「んがっ…!」


「なんだ貴様ら! これしきのことではエルドラニアの将兵に勝てんぞ!」


 その青のジュストコールに羽根付きつば広帽を被った眼光鋭き男は、彼の道場で細身の直剣〝レイピア〟を素早く振い、稽古をつける配下の海賊達を一瞬の内に叩きのめした後。


「マルク・デ・スファラニア? ああ。剣の腕に関しては赤子の手を捻る以下のヘタレだ」


 と、剣同様に一刀両断だ。


「そんなことよりも貴様。海賊になりたいのならば、まずはここで剣を学んでいけ。俺が直々に稽古をつけてやる」


「きょ、今日は忙しいので遠慮しときます……」


 その上、俺にまで稽古をつけようとするジャン・バティストに、俺はここでも丁重にお断りをした。


 加えて、銀色に輝くカラビニエール・アーマー(※キュイラッサー同様、胴部だけを覆う甲冑)をその身に纏う、オカッパ頭に髭剃り跡も青々しい、〝青髭〟ことジルドレア・サッチャーというもとフランクル王国貴族出身の船長も……。


「──マルクちゃん? 確かにマルクちゃんはヘタレかもしれないね……でも、ヘタレでもなんでも可愛ければかまわないのさ! じつは彼も、昔から僕の美少年コレクシオンに加えたいと思っていたんだよ!」


 なぜか美少年の手下ばかりを周りに従え、なんだか怪しい雰囲気の海賊船に乗った彼は、同じくヘタレ呼ばわりしつつも恍惚とした表情を浮かべ、なんだかわけのわからないことを口走っている……。


 その声色やギラギラとした眼の輝きもなんだか気色悪いし、この人にはあまり近づかない方がよさそうだ。

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