Ⅴ 海賊の証言(1)

 数日後、俺は非番の日を使って早朝から船に乗り込むと、エルドラーニャ島の北方に浮かぶ小島トリニティーガーへと向かっていた。


 その小島はいつの頃からか海賊達が住み着いて要塞化し、エルドラニアの艦隊も手が出せない賊徒達の巣窟と化している……俺はその島で、魔術師船長マゴ・カピタンのことを調べてみようと思ったのである。


 表向き、そんな海賊の島へ向かう船はサント・ミゲルにないはずなのだが、蛇の道はヘビというか、そこはそれ。盗品のもたらす莫大な富を求めて密貿易船が行き来しているし、エルドラニア人社会から弾き出された外国人や貧困者層がトリニティーガーへと渡るための闇ルートもある……。


 俺もボロをまとって身分を隠すと、そうした渡航希望者のフリをして密貿易船に乗せてもらった。


 無論、当局に知られれば処罰されるレベルの違法行為……「こちら密貿易船です」などと札を出している船はないので、普通ならば探すのは困難だ。


 だが、俺は以前、そんな盗品売買取り締まりの任務にも着いたことがあったので、船を見つけるのにその経験が大いに役に立った。


 さて、そうして島への潜入は難なくこなせたわけなのだが、トリニティーガー島を訪れたのはもちろんこれが初めてだ……。


 港は物々しく城壁と砲台で要塞化されているし、海賊旗を掲げた船がいっぱいでなんとも物騒な雰囲気を醸し出している……が、いざ上陸してみるとサント・ミゲル並みに発展しており、エルドラニア本国の都市にもひけをとらないくらいの美しい街並みだ。


 これならば、莫大な海賊の富を求めて密貿易商が集まってくるのもわからなくはない……。


 とはいえ、ここが海賊の島であることに違いはない。俺が羊角騎士団員だとバレたらただでは済まされないだろう……うっかり尻尾を出さないよう気をつけなくては……。


 そうして細心の注意を払いつつ、食い詰めてエルドラーニャ島から渡ってきた入植者を演じた俺は、とりあえず適当な飲み屋へ入ると「秘鍵団へ入りたい…」などと嘘を言って情報収集を始めた。


「──禁書の秘鍵団? ああ、ダメダメ。あいつらは新規の乗組員取らねえし、仮に募集かけてたとしてもあんたじゃ無理だ。アホかってくれえ強くねえと入れりゃしねえよ。それにそもそも居場所もわからねえしな」


 だが、開口一番、尋ねた店主には手をひらひらと振ってそう言われてしまう。


 やはり、俺のような軟弱者は海賊としてもやっていけないらしい……。


 いや、そんな傷口をさらにえぐられて落ち込んでいる場合ではなかった。せっかくこんな海賊の巣窟くんだりまで来たのだから、やるべきことはやり遂げなくては!


 飲み屋で得られた情報によると、秘鍵団のアジトは魔術で見えないように細工がなされており、島の住民はおろか、名だたる海賊達であってもその正解な場所はわからないらしい……。


 ゆえに会うことすら困難で、たまに盛り場へふらっと現れたり、繁華街へ買い物に来たりする際に、運が良ければ出くわせるかもしれない…といった程度のものだった。


 そこで、魔術師船長マゴ・カピタン本人やその仲間を直撃することは諦めると、彼をよく知る海賊達に聞き込みを行うという方針に切り変えた。


 とはいえ、もとよりあまり人前には現れない連中だ。中でも魔術師船長マゴ・カピタンは特に見かけることが稀らしく、〝彼をよく知る海賊〟というのも数が多いわけではない。


 それに、なんといっても泣く子も黙るあの〝禁書の秘鍵団〟の船長である。話を聞こうとしても恐れて取り合ってくれない者も多い。


 例えば、〝ダックファミリー〟というノッポとマッチョとベレ(※ベレー帽)を被った小太りの三人組が、大物ギャングを自称していたので期待して訊いてみたのだが……。


「──き、禁書の秘鍵団!? し、知らねえ! 俺達はなんにも知らねえ!」


「お、俺達はもうこれ以上関わりたくねえんだ!」


「ちきしょー! 訴えてやる!」


 秘鍵団の名前を出した瞬間、彼らは顔面蒼白になって声を荒げると、まるでバケモノにでも会ったかのように逃げて行ってしまう。


 ま、大物を名乗ってはいたが身なりはみすぼらしかったし、おそらくはただの小者だろう。


 だが、この三人は極端だとしても、魔術師船長マゴ・カピタンについて話を聞ける者はやはり少ない……それでも諦めずに聞き回っていると、彼を以前から知っているという者にとうとう行き当る。


 今度の相手は、マジものの大物・・海賊だ。


 魔術師船長マゴ・カピタンは秘鍵団の頭に収まる前、まだこの道に足を踏み入れたばかりの頃に〝ウォルフガング・キッドマン〟という大海賊の手下として働いていたらしいのだが、その頃の彼を知る者達が、今やこの島の名だたる船長にまで出世しているのである。

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