Ⅳ ヘタレな大物

「──なあに、気にすんなって。おまえの剣の腕も世間一般でいったら中の上くらいだし、団長達に比べれば、俺達だって五十歩百歩なんだからさ」


 石造りの大聖堂のように広い、オクサマ要塞の食堂ホールでやけ酒を食い、「もう俺はダメだ。戦力外通告されてクビになるのも時間の問題だ…」などと嘆いていると、同じヒラ団員の仲間達がそう言って俺を慰めてくれる。


「そうだよ。元気出せって。世の中、腕っぷしだけがすべてじゃない。例えば……そう! あの〝禁書の秘鍵ひけん団〟のマルク・デ・スファラニアだって、剣も銃もからっきしなヘタレなくせして、それでも名だたる海賊の船長にまでのしあがった」


 そして、同じく俺を元気づけようとする仲間の言葉に、思わぬその事実を耳にすることとなった。


「え? まさかあの魔術師船長マゴ・カピタンが!? 嘘だろそんなの。あの凶暴な秘鍵団だぞ?」


 禁書の秘鍵団……それは、本国から新天地へと運ばれて来る希少な魔導書ばかりを狙い、奪った魔導書の写本を作ると闇市場で売り捌いているという極悪非道な海賊の一味だ。


 魔導書の禁書政策を揺るがし、世の秩序を乱しかねないことから、団長達が最も注視している賊徒でもある。


 その一味を構成するのは極めて少数ではあるが、あらゆる刀剣類を自在に扱う元エルドラニアの騎士くずれや、その主人に武器を提供する正確無比なナイフ使いの従者、この世に実在するのも疑わしい本物の恐ろしき人狼に、見た目は幼女のようだが無敵の拳法を誇る東方人のロリ武術家、さらには銃火器とともにダーマ教(※戒律教)の秘術で造られた土の巨人〝ゴーレム〟をも操る少女錬金術師…と、個々人が単独でも無双できるような強者揃いだ。


 そして、そのバケモノじみた海賊達を支配する者こそが、魔導書の魔術を魔法修士以上に使いこなし、手足の如く悪魔を使役する魔術師船長マゴ・カピタンこと頭目のマルク・デ・スファラニアである。


 その大物海賊のボスが、まさかのヘタレだなんて……ただでさえ力が物を言う海賊の世界。そんな猛者達をヘタレな船長が取りまとめられるわけがない。


「いや、ほんとにそうらしいぜ? 疑うんなら団長か副団長にでも訊いてみろよ」


 はなから疑ってかかる俺に、同僚はそのゴシップを本気で信じているらしく、けしかけるようにしてそう返してくる。


「まさか、そんなことが……」


 俺は衝動的に、どうしてもその真相を確かめてみたくなった……。


「──ああ。そのような人となりだと聞きおよんでいる」


「まあ、確かにヘタレといえばヘタレだという話だな」


 気づくと俺は団長の執務室を訪れ、ハーソン団長と、ちょうど一緒にいたアウグスト副団長にそのことを尋ねていた。


 だが、俺のその質問に、二人もそのゴシップが真実であるかのような解答をして寄こす。


「そうですわね。よくは知りませんが、本人が闘っているところを一度も見たことありませんし、見た目も小柄で強そうには見えませんものね」


 また、同じくその場に居合わせたメデイアさんも、記憶をたどりながらそんなことを口にしている。


 事情に通じた団長達までもがその話を肯定するとは……最早、それは団内で流布するゴシップではなく、羊角騎士団の公式見解ともいえるようなレベルの情報だ。


 じゃあ、かの魔術師船長マゴ・カピタンがヘタレだというのは本当の話なのか?


「にしても、また妙なことに興味を持ったな。おまえ、そんなに秘鍵団に対してご執心だったか?」


 まさかの真相に困惑する俺であるが、唐突に変な質問をしてきた部下のことを副団長は訝しげに見つめている。


 普段はなんとなく近づき難い団長のもとへ、ヒラ団員の俺なんかがいきなり尋ねて行ってこんなこと訊くとは、自分自身でも信じられないくらいのおかしな行動である。疑念を持たれるのも至極当然だ。


「あ、い、いえ。ただ、なんとなーく気になったものですから……ハハ…ハハハハ…」


 さすがにその理由を話すわけにもいかないので、俺は苦笑いを浮かべながらそう言って誤魔化す。


「まあ、敵を知るのは良いことだ。じつは俺も人聞きなのだがな。クルロス総督の息女イサベリーナ嬢の話によると、ほんとにそんな感じだったらしい」


 すると、どうやら団長はいい方へ取ってくれたようであるが、図らずも思わぬ情報をさらに付け加える。


「え、総督のご令嬢が?」


「ああ。さきの『大奥義書グラン・グリモア』強奪の際にマルク・デ・スファラニア本人と接触したらしくてな。ほら、彼女も就任する総督とともにこちらへ渡るため、『大奥義書』を積んだ護送船団に乗船していたからな」


 俺が驚いて思わず聞き返すと、団長は親切にもそう説明してくれる。


「ああ…そういえばあの時、ご令嬢も船に乗っていたんでしたね……」


 その事件の折、かくいう俺も秘鍵団を討伐するため、団長達と一緒にそのガレオン船へ乗り込んでいた……まあ、ご想像通りまったく活躍できなかったし、なぜか駐留艦隊の水兵達とも同士討ちになったりなんかして、なにがなんだかわけのわからぬまますべてが終わっていたのであるが……。


 ……そうか。あの場でご令嬢は魔術師船長マゴ・カピタンと出会っていたのか……実際はどんな人物だったのか? ぜひとも直接、彼女から話を聞いてみたい……。


「ど、どうもありがとうございました! たいへん勉強になりました! そ、それではこれで失礼いたします!」


 新たな衝動に駆られた俺は深々と頭を下げて礼を述べると、いそいそと踵を返して団長達三人の前を辞す。


「…ん? ああ、もういいのか? しっかり励めよぉ〜!」


 団長に同じく、俺を向上心ある勉強熱心な騎士団員だと誤解している副団長の声が、執務室を出る俺の背中を後押しするかのように見送った──。





「──なんですの、ご用事って? 団長さんのお遣いだという話でしたけれど」


 瀟洒な応接間で対面したご令嬢は、訝しげな眼差しで俺を見つめ、可愛らしい眉毛を「ハ」の字にしてそう尋ねてくる。


「もしかして何か事件ですの!? 捜査協力だったらよろこんでしてさしあげますわ! ちょうど退屈してたところですの!」


 だが、次の瞬間には目をキラキラと輝かせ、なぜか予想外にも異様な食いつきぶりを見せてくれる。


「い、いえ、事件の捜査じゃないんですが、

お嬢さまに少々聞きたいことがございまして……」


 その圧にたじろぎながら、彼女の期待をやんわり否定すると、俺はおそるおそる本題を切り出すことにした。


 これは、知的好奇心なのだろうか? ……いや、違うな。そこには俺の、今後の身の振り方を左右する何か羅針盤のようなものがあるように思えてならないのだ……。


 抗い難い衝動に突き動かされ、仮病を使って任務を休むとオクサマ要塞の駐屯所を出た俺は、その足でサント・ミゲル総督府を訪れていた。


 無論、サント・ミゲル総督ドン・クルロス・デ・オバンデスの息女、イサベリーナ嬢に会って話を聞くためである。


 格式ある白金の羊角騎士団といえども、一介のヒラ団員が突然尋ねて行ったところで総督令嬢に会えるわけもない……そこで、悪いがハーソン団長の名前を勝手に使わせてもらい、任務ということで面会をかなえた次第である。


 こんなことバレたら、もうクビどころでは済まされないだろうが、それすらも厭わないほどに俺はこの衝動に支配されている……。


「──ああ、マルクですの? ええ。確かにヘタレでしたわよ? 力仕事もぜんぜんできませんでしたわ。マルクではなくヘタレク・・・・ですわ」


 だが、俺の覚悟を嘲笑うかのように、彼女はさらっと魔術師船長マゴ・カピタンヘタレ説を認めてしまう。しかも、なんか酷い言われようだ……。


 やはり、本当に秘鍵団の船長はヘタレなのか? そんなヘタレなのになぜ大物海賊の頭目なんかをやっていられる?


 イサベリーナ嬢のその言葉に、ますます俺はかの魔術師船長マゴ・カピタン──マルク・デ・スファラニアという人物の人となりを知りたくて堪らなくなった……。

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