Ⅴ 海賊の証言(3)

 そして、最後に訪れた〝悪龍〟ことフランクリン・ドラコも……。


「──んだ、てめえ!? なに気安く頭に話かけようとしてんだコラ!」


「調子乗ってんじゃねえぞコラっ!」


 その前に、このドラコと話すのには少々手間が折れた……。


 船着場の倉庫裏に一味で屯していると聞き、さっそく行って声をかけてみると、血気盛んな手下連中が因縁つけてきたのである。


 一味の者達全員がそうなのであるが、船長のフランクリン・ドラコからしてバリバリのツッパリ・ヤンキーだった。


 黒髪をリーゼント&ポンパドールにバッチリと固め、素肌の上に黒い提督風ジュストコールをイカつく羽織ると、酒樽の上に片膝座りして肩には棘々付き鉄製メイス(※柄頭付き棍棒)を背負っている。


 小っちゃな頃から悪ガキで悪の道を突っ走ると、腕っぷしだけで船長にまでのしあがった筋金入りの武闘派であり、ジュストコールの背に刺繍された赤いドラゴンが、その通り名の由来らしい……。


「舐めとんのかコラっ!」


「ヤキ入れられてえのかゴラぁっ!」


「い、いえ、俺はただ、武名の誉高きドラコ船長にちょっとお話をうかがいたく……」


 腰を屈めた低姿勢からガンをつけてくるツッパリ達に四方を囲まれ、たじたじになりながらも釈明する俺だったが。


「待ちな。武門の誉たあ、まるで騎士みてえな物言いだな……一人で俺を訪ねて来るだけでも大した度胸だ。離してやんな」


 いや、無知とは怖いもので、こんな目に遭うとは知らずに来ただけなのだが、うっかり出てしまった地の言葉遣いが気に入られたらしく、ドラコはドスの利いた低い声でヤカラ達にそう命じる。


「オス! 頭がそう言うんでしたら!」


「てめえ、頭に感謝しろよ、コラ!」


 その指示に驚くほどあっさりと輩達は身を退き、俺は運良くも命拾いしたようである。


「で、聞きてえことってのはなんだ?」


 直立不動で配下の輩達が左右に分かれて居並ぶ中、酒樽に座り直したドラコは鋭い眼光で俺を見据え、威圧感ハンパない声色でそう尋ねてくる。


「あ、は、はい! そ、その…禁書の秘鍵団の 魔術師船長マゴ・カピタンのことなんですがぁ……」


 その重たい空気感に正直ビビりながらも、俺はおそるおそる、これまでのように同じ質問をドラコにもぶつけてみた。


「──ああ。ヤツはヘタレ中のヘタレだ。ケンカなんかできたもんじゃねえ。どうしてあんな野郎がキッドマンさんの船を受け継いでやがんのか……」


 すると、やはりドラコもこれまでの者達と異口同音な回答を俺に返してみせる。


 ドラコの言っている船云々というのは、秘鍵団の海賊船〝レヴィアタン・デル・パライソ(楽園の悪龍)号〟のことだ。今はずいぶんと魔改造が施されているが、もとは大海賊キッドマンが乗っていた船で、一味唯一の生き残りである魔術師船長マゴ・カピタンがそれを遺言により受け継いだらしい……。


「海賊っつったら腕っぷしが物を言う世界だ。あんなヘタレ野郎がキッドマンさんの後継者だなんて、俺はぜってえに認めねえからな……」


 さらにドラコはヘタレ呼ばわりを繰り返すが、最初に騎士団内でも聞いた話の通り、本当に魔術師船長マゴ・カピタンは昔からヘタレであったらしい……それが紛うことなき事実であることはよーくわかった。


 しかし、それだけではまだ大きな謎が解けていない……なぜ、そんなヘタレが大物海賊の船長になり得たのか?


 けっきょく、その謎は解けずじまいなのかと思ったその時。


「けどな、ヤツの魔術はホンモノだ。魔術に関しちゃあ、この島の海賊はおろか新天地でも…いや、世界広しといえどもヤツの右に出る者はいねえ……だからキッドマンさんもヤツを認めてた」


 その答えとなるようなことを、予想外にもドラコがポツリと呟く。


「それに薬にも詳しかったから船医としても重宝してたようだしな……ま、キッドマンさんが認めたんなら仕方ねえ。一端いっぱしの海賊としてだけは、俺もちったあ認めてやることにするぜ」


 さらに続けてどこか気恥ずかしそうに、目線を外しながらドラコはそう付け加える。


 その言葉に、それまで俺を悩まし続けていた心の中のもやもやが、さっと霧散するかの如く晴れたような気がした。


 そう言われてみれば……今、思い返してみると、これまで話を聞いてきた人々もみんなそんなことを口にしていた。


 例えばイサベリーナ嬢も……。


「──でも、ヘタレなくせして魔術はすごかったですわよ? わたくし、マルクが悪魔を召喚して言うこと聞かせてるのをこの目で見ましたの!」


 〝白シュミーズ〟と呼ばれるジョナタンも……。


「──あ、でも、昔から魔術の腕と医術の知識だけはピカイチだったよ? 戦わない代わりにそれでキッドマンの一味でも貢献してたんだ」


 〝村長〟ヘドリーも……。


「それでも当時から魔術と医術に関しては群を抜いていたの。キッドマンも頼りにしておった」


 〝詐欺師〟のジョシュアも……。


「──だが、魔術の腕は確かだ。魔術師としては特別手当を付けてでも雇いたいくらいだな。頭も俺並みにキレるし、なかなかに狡賢い」


 〝海賊剣士エペイスト・ド・ピアータ〟ことジャン・バティスト・ドローヌも……。


「──しかし、魔術の才は天下無双であるな。剣や銃を以ってしてもかなわぬ異次元の強さだ」


 あ、あと、あの変態…もとい、〝青髭〟ことジルドレアも……。


「──それに、マルクちゃんはヘタレだけどそうとうに魔術が使えるからね。彼の協力があれば、悪魔の力を使って世界中の美少年・美少女を我が物とできる!」


 魔術の腕を褒め讃えるとともに、よこしまな己の欲望をますます以って燃えあがらせていた……。


 そうなのだ……戦いでの強さだけがすべてではない。腕っぷしが弱くとも、何か一つ他のことに長じていれば、充分、海賊としてもやっていけるのである。


 騎士団だって同じだ…… よくよく考えてみればメデイアさんなんかまさに魔術師としての腕を買われているわけだし、魔術以外でもアウグスト副団長や軍医のアスキュール先生、伝令官のアイタ・イーデスのように、斬った張ったの戦闘ではなく、他の役割で活躍している者達もたくさんいる。


 ま、メデイアさんは無論、アスキュール先生は死者を甦らせた超絶名医だし、イーデスも一日中走っていられるような超人なのだが……。


 けど、そこまででなくとも、武芸に秀でていなくたって、自分の得意とする分野で多少なりと貢献することはできるはずである。


 戦いでは役に立たなくとも、何か俺にできること……この俺にしかできないこと……ずいぶんと遠回りをしてしまったが、俺はこの海賊の島へ来て、ようやく自分の進むべき道を確かに見出した──。

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