Ⅲ 常人離れの騎士達(2)

 だが、この二人もまだ普通に見えるというか、団内で一番ヤバいのはあの人だ……いや、腕っぷしの強さだけじゃなく、違う方向ベクトルにもヤバいのだ……。


 それは、アウグスト副団長に言伝ことづてを頼まれ、要塞の地下牢にいる彼を呼びに行った時のこと。


「──パウロスさーん、副団長がお呼びですよぉー…」


 俺が薄暗い地下への階段を降りてゆくと、不意にドスっ…! という鈍くて重い物騒な音がひんやりとした石な壁に響き渡る。


「ひぃぃぃっ…」


「なんだ。命中かよぉ……左手なら外すかと思ったんだけどなあ……」


 続いてえらく怯えきった声にならない弱々しい悲鳴と、パウロスさんと思しき者の残念そうな声が聞こえてきた。


「……ん?」


 階段を降りきって薄闇に目を凝らしてみれば、いくつもの牢部屋が並ぶ石造りのその廊下には、すぐ手前に立つパウロスさんの背中越しに、はるか向こうのどん詰まりで三つ重ねた酒樽に縛り付けられた囚人と、そのすぐ頭上に突き刺さった彼の単槍がうかがえる。


 いや、よく見るとその短槍は真っ赤なリンゴを見事に貫いており、どうやら囚人の頭の上にリンゴを置いて、投槍での射的を行っていたらしい……。


「ぱ、パウロスさん、い、いったい、何を……?」


「あん? 暇つぶし…じゃなかった尋問だよ、尋問。仲間の居所を吐かせようと思ってな……」


 唖然として思わず尋ねてしまった俺に、彼は面倒くさそうに人相の悪い顔を歪め、うっかり本音を言いかけながらも一応は取り繕ってそう答える。


 パウロス・デ・エヘーニャ……長い黒髪をオールバックに束ねた浅黒い肌のその男は、投槍の名手として戦場でも名を馳せた生粋のエルドラニア騎士であるが、羊角騎士団への入団以前は、殺人の罪で逃亡生活を送っていたというもっぱらのウワサだ。


 今のこの戯れからもわかるように、常日頃の言動を見ていてもそのウワサはさもありなん…といった感じである。


 なんというか、闘いや荒事が好きというより、人を殺傷すること自体に悦びを感じているというか……つまりはそうとうヤベエやつだ。


「んで、なんか用か?」


「……あ、は、はい。副団長がお呼びです」


 何事もなかったかのように訊き返され、俺は気を取り直すと改めて要件を伝える。


「チッ…なんだ。今度は左手に加えて目隠しもしてやろうと思ってたのによ……おい、命拾いしたな。また今度遊んでやるから楽しみに待ってな」


 するとパウロスさんは不機嫌そうに舌打ちをし、顔面蒼白の囚人に歩み寄ると、凄みを利かせながら頭上の短槍を酒樽よりグイっと引き抜く。


「呼び出しってことはまたなんか面倒な任務を押し付ける気だな……悪ぃがこいつを牢に戻しといてくれ」


「は、はあ……」


「暗殺とかなら喜んで引き受けてやるんだがよう……せめて相手をぶっ殺してもかまわねえって条件じゃねえと俺はやらねえぞ……」


 そして、俺に囚人の後始末を任せると、また不穏なことを口走りながら地下牢を気怠けだるそうに後にしてゆく。


「……た、頼む! 頼むからもうあいつを地下牢へ近づけないでくれえぇ!」


 彼を見送ってから囚人の方を振り返ると、的にされていたその男はいかにもな悪党面をした荒くれ者のくせして、今はぶるぶる震えながら涙目になって必死に訴えかけている。


 また、脇に並ぶ牢部屋の方へ目をやってみれば、各々に入っている囚人達も真っ青い顔をして、もうすっかり怯えきってしまっている様子だ。


 最早、どちらが凶悪犯かわからない……ハーソン団長は、いったい何を考えてあんな危険人物を入団させたのだろうか?


 まあ、武芸の腕は確かにすごいし、賊との戦闘では頼りになるのだろうが……あんな狂気じみた人と一緒に仕事をしていける自信がない……。

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