Ⅲ 常人離れの騎士達(1)

 だが、頭抜けて優秀なやつらはこのトップ三人に留まらない。おかしいくらいに強い奴らはまだまだたくさんいる……。


 一見、戦闘には関わりなさそうな船の操舵手と楽師も、じつのところはけっこうな武闘派だ。


 あれは、とある非番の日に野外での酒宴に誘われた時のこと。その宴は密林の中の開けた場所で大きな焚火を燃やし、新天地の海賊発祥の蒸し焼肉料理〝バルバッコア〟で一杯やろうという趣向だったのであるが……。


「──ガハハハハハ…! さあ、どんどん酒持ってこーい!」


 騎士団の仲間達と焚火を囲みながら、真っ昼間であるというのに操舵手のティヴィアス・ヴィオディーンがワインを大ジョッキで豪快にかっ食らっている。


 この操舵手はエルドラニア本国の遥か北方に位置する北海の国・デーンラント王国の船乗り出身で、態度同様、野生味溢れる髭面に二メートル近い大柄の体躯という豪快な容姿をしている。なんでもいにしえの海賊〝ヴィッキンガー〟の末裔であるらしく、それっぽい角付きの兜をいつも被っているのがトレードマークだ。


「…ディ〜ア・ソレアド、新しい風ぁぜぇ〜♪」


 また、近くの樹の根元に腰掛けた楽師オルペ・デ・トラシアは、酔って騒ぐ仲間達のために竪琴リュラーをポロン、ポロン…と弾き鳴らし、このゆるいキャンプにぴったりな歌を声高らかに唄っている……ま、いつもの宴の光景だ。


 操舵手とは正反対に、線が細く顔立ちの整った優男やさおとこであるこの楽師、もとはどっか神聖イスカンドリア帝国領内の領邦(※独立した王国までには至らない小国)の王子さまだかなんだかだったが、家出して吟遊詩人バルドーとなり、しばらく放浪生活をした後に羊角騎士団に入団したという、変わり者ばかりの団員の中でも殊更ことさら変わった経緯を持っている。


 いったいどんなきっかけで入団することになったものか……。


「…うぃ〜…ヒック……ん? ……う、うわっ! た、大変だ! い、イノシシが! イノシシがぁっ…!」


 と、そんな宴を俺も楽しんでいると、すっかり出来上がっていた団員の一人が不意に頓狂な声をあげる。


「ブヒヒヒヒヒーッ…!」


「なんだ? ……ゲッ!」


 その声に皆がそちらを覗うと、通常の二、三倍はあろうかという巨大なイノシシが、こちらへ向けて猛突進して来ているではないか!


 んまあ、ここは密林の中だし、イノシシの一匹や二匹いてもおかしくはないのだろうが、食べ物の匂いにでもつられて出て来たのだろうか?


「に、逃げろおぉぉぉ〜っ!」


「ひえぇぇっ…!」


 なんて、呑気に考察している場合ではない。突然の闖入者ちんにゅうしゃに酔いも醒め、俺を含めた団員達は蜘蛛の子を散らすかのように逃げ惑い始める。


「ほう…なかなかいい獲物じゃないか……」


 だが、そんな騒ぎの中でも楽師はまるで慌てた素振りを見せてはいない。


 落ち着き払った様子ですくっと立ち上がると、手にした竪琴リュラーから弦部分のパーツを取り外し始める……そして、一本のまた別の弦をその木枠に素早く張ると、あっという間に楽器は半弓へと変化していた。


 この通常の弓よりも半分ほどの大きさしかない半弓が、この楽師愛用の武器なのだ。


「…ピィィィー! ……よっと!」


 続け様、指笛を吹いて巨猪の注意を自分の方へと向けた楽師は、傍に置いてあった矢筒から矢を一本摘み、半弓につがえたその矢を竪琴リュラーでも弾くかの如くさらっと軽く放つ。


「ブヒヒヒヒヒーッ…ギャウ!」


 すると、彼めがけて猪突猛進して来たイノシシは、額のど真ん中に矢を受けてどうっと地面に倒れ伏してしまう。


「いい野獣ジビエの肉が獲れたよ? 早く血抜きしてこいつも酒の肴にしよう」


 いとも簡単に巨猪を射止めた楽師は、まるで何事もなかったかのように笑顔で皆をそう促している。


 そう……普段は楽師のように振る舞っているが、この人、騎士団内でも一、ニを争う、超絶的に優れた腕前の弓兵でもあるのだ。


 いや、それはともかくも、騒ぎはそれで終わりではなかった……。


「ふぅ……助かったぜ。さすがオルペさんだ……」


「ああ。相変わらず百発百中だな……ん? お、おい! あ、あれを見ろっ! う、牛だ! 牛がこっち来るぞっ!」


 逃げ出した団員達が足を止め、ようやく安堵の溜息を吐いたのも束の間、なぜか今度は暴れ牛が突っ込んでくる。


「…ンモオォォォォォ…!」


 こちらも通常の牡牛よりは二回りほどデカく、っとく尖った角も立派だし、なんだか知らんが異様に興奮した様子で周りが見えていないみたいである。


 おそらくは近くにある牧場から逃げ出して来たものだろうが、イノシシに続いて暴れ牛とは、いったいどんな運命の巡り合わせなんだ! まったく、なんて日だ!


「に、逃げろおぉぉぉ〜っ…!」


「お、お助けえぇぇぇ〜っ…!」


 またも慌てて逃げ惑う団員達…と俺であるが、やはりその男だけは違っていた。


「ガハハハハ…! 今度は牛肉か! 今日は大漁だな!」


 先程の楽師同様、すっかりできあがっている操舵手も動じることはなく、むしろ突っ込んでくる猛牛に対して真っ正面から対峙する。


「…ンモオォォォォォ…!」


「フン! …うおりゃあぁぁぁぁーっ! 面舵いっぱぁああああーいっ…!」


 そして、突進してきた牛の角をガシっと両手で受け止めると、船の操舵輪を回すかの如く、豪快に牛の巨体を横倒しに投げ伏せたのである。


「………………」


 ドォォォーン…! と地響きを立てて倒された牛は、そのまま泡を吹いて気絶してしまうが、それを見た俺達は安堵するでも賞賛の拍手を送るでもなく、ただただみんなポカン顔だ……ほんとに同じ人間なのか? とても人間業とは思えない怪力である……。


「おーし! 誰かこの牛もさばいてくれ! またバルバッコアを肴に旨い酒が飲めるぞお!」


「さすがにその牛は勝手に食べちゃダメでしょう。ちゃんと飼い主に返してあげないと。イノシシだけで満足なさい」


「えぇぇ〜堅ぇこと言うなよ。俺が捕らえたんだからいいだろう?」


「ダメです。これでも私達は賊徒を討伐する秩序の番人なんですから。アウグスト副団長にまた叱られますよ?」


 そんな俺達を置き去りに、二人は牛の扱いを巡って母親と駄々っ子のように言い争いをしている。


 操舵手と楽師からして常識離れしたこの強さ……俺なんか戦闘要員として入団してるってのに足元にも及ばねえ……。

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