第2章〜恋の中にある死角は下心〜⑯

 脚本チェックに対する演劇部メンバー全員の期待がということもあり、針太朗しんたろうは、台本のコピーをもらってから帰宅することにした。


 今日は、このあとの活動の予定がないという仁美ひとみも、彼と行動をともにする。

 花屋敷駅に続く学院専用の通学路は、下校時間より少し遅めの時間のためか、生徒の姿はまばらだった。


「仲良く帰るんだよ〜!」


 という上級生部員たちの言葉を受け流した彼女に、針太朗しんたろうは、


「なんだか、先輩たちに変な気を遣われてるみたいなんだけど……ボクが演劇部に来て迷惑じゃなかった?」


と、恐る恐るたずねる。すると、彼女は、


「どうして、そうなるの? 私が、針本はりもとくんに頼んで来てもらったのに。変な気を遣ってるのは、針本はりもとくんの方じゃない?」


と、意外そうな表情で答えを返してきた。


「でも、なんだか、真中まなかさんが、からかわれてるみたいな感じがしたから、ボクのせいなのかな、って……」


「それは、悪く考えすぎ……さっき、先輩たちも言ってたけど、演劇部に男子が来ることが珍しいから、みんな、あんな風に変なテンションになっちゃっただけだよ。こっちこそ、ゴメンね。脚本チェックをお願いする立場なのに、変なことに巻き込んじゃって……」


「いや、ボクの方は全然!」


 そう返答した針太朗しんたろうは、


真中まなかさんとのことをそんな風に言われるのは迷惑じゃないって言うか……いや、むしろ……)


と言いたくなる気持ちを抑えて、相手に変に思われないように、少し話題を変えようと考える。

 

「でも、真中まなかさんは演劇部に入部したばかりなのに、先輩たちとあんなに仲良く話せてスゴイね! ボクも、早くそういう相手ができれば良いんだけど……」


「あぁ、演劇部の先輩たちは、中等部の頃から一緒に活動しているから、それなりに付き合いが長いんだ。みんな活動に熱心で良い先輩たちなんだけど……今日みたいに、たまに外部の人が来ると、はしゃいじゃうのが困ったところかな……」


 苦笑しながら返答する仁美ひとみの口ぶりからは、上級生に対する信頼感がうかがえて、そうした存在に出会ったことのない針太朗しんたろうは、彼女のことを少しうらやましく感じた。


 二人は、そんな会話を続けながら、学院生専用の改札口を通り抜け、花屋敷駅のプラットホームに到着する。


「ボクの家は、宝塚たからづか方面だけど、真中まなかさんは?」


「私も同じだよ! シンちゃん……針本はりもとくんと同じ女布神社めふじんじゃの駅」


「そうなんだ! 偶然だね!! じゃあ、もう少し話しを聞かせてもらって良い?」


 針太朗しんたろうは、


(どうして、真中まなかさんは、戻ってきたばかりのボクの家のことを知ってるんだろう)


と疑問に感じつつも、彼女と会話を続けられる嬉しさから、自分の中の些細な疑念を脇に置くことにして、別のことをたずねる。

  

「今回、コピーをもらった台本のあらすじを教えてくれないかな? あらかじめ、内容を把握している方が、指摘をしやすいと思うから……」


 彼の質問に、仁美ひとみは、「そうだね!」と快く応じて、自分たちのお芝居の概要を語る。


「今回の劇『わたしの貴公子プリンスさま』は、舞台や映画で有名な『マイ・フェア・レディ』を下敷きにしてるんだ。タイトルのとおり、男女の役割を逆にして、インフルエンサーの女子がをスパダリに育てる、っていうストーリーなんだ!」


「へぇ、面白そうな内容だね!」


「でしょう! 先輩たちも、気に入ってくれているんだ。実は、ネットフリックスで配信されてる海外の映画を参考にしてるんだけどね!」


 針太朗しんたろうの返答に、嬉しそうな反応を示した彼女だったが、脚本に不安があるのか、「ただ、ちょっと、困っているところもあって……」と、声のトーンが一段下がる。


「『マイ・フェア・レディ』は、下町の花売り娘が、上品な言葉と衣装を着飾ることで、上流階級の仲間入りをするっていう女子の密かな願望を叶える部分があると思うんだけど……男子には、そういう感じの上昇志向ってあるのかな? っていうのが、どうしても、気になるんだよね……」


「そっか……」


 と、相槌を打ちつつ、針太朗しんたろうは考える。


(なるほど……たしかに、多くの男子にとっての向上心としては、少しズレている感じもするな……真中まなかさんの視点は、内容の弱点を鋭く捉えている……)


 ただ、彼には、他にも気になることがあった。


「ねぇ、真中まなかさん。このお芝居は、『冴えない男子をスパダリに育てる』っていうストーリーらしいけど……もしかして、の意見を聞くってことで、ボクが選ばれたわけじゃないよね?」


 針太朗しんたろうが、慎重な口調でたずねると、演劇部員の彼女は、下手な口笛を吹きながら、視線を駅のホームの天井に反らし、


「そ、そんなことはないですのだ……」


と、おかしな敬語で返答する。


「いや、その反応、めちゃくちゃ怪しいから!」


 針太朗しんたろうが、思わず彼女の肩を軽く掴みそうになった、その瞬間、ホームには列車の到着を告げるアナウンスが流れる。


「みなさま、間もなく2号線に電車が到着します。危険ですので、黄色い点字ブロックの内側にお下がりください」


 その声に合わせて、仁美ひとみは、ニッコリと微笑みながら、


「ほらほら、危険ですので、点字ブロックの内側にお下がりください」


と言って、肩を掴もうとする針太朗しんたろうをヒラリと交わす。 

 そして、ホームに滑り込んできた列車に乗車し、緑色のフカフカした座席に座ると、


「冗談だよ、ホントに普通の男の子の意見が聞きたいだけだからさ……お願い、協力して!」


と言ってから、両手を顔の前でパチンと合わせる。


 普段は、感情をあまり表に出さないタイプの仁美ひとみが見せる一連の仕草に、彼女の真意を追及する気力を失った針太朗しんたろうは、苦笑しながら、


「わかったよ、真中まなかさん。ボクで良ければ、引き受けるから」


と、返答する。すると、彼女は、


「本当にありがとう! ねぇ、もし良かったら、二人きりで会って、感想やアドバイスを聞かせてくれない?」


と、彼が予想もしなかった申し出をしてきた。

 針太朗しんたろうは、自身の鼓動が早鐘を打つのを抑えることができなかった。

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