幕間②〜迫る影〜

 教会の敷地に設けられた簡易宿泊施設のベッドに腰掛けていたシスター・オノケリスは、


「ふぅ……初っぱなの情報収集としては、こんなトコか……」


と、独り言をつぶやいたあと、まとめられた資料の束を無造作に投げ捨て、身体を寝台に預けた。


 散らばった資料には、ひばりヶ丘学院の五名の生徒の年齢や家族構成などの詳細なプロフィールと彼女たちの日常の行動範囲などが記されている。


「まったく……教会の連中の人使いの荒さときたら……いや、そもそも、アイツらは、こっちのことを人間ヒトとは思っちゃいないか……」


 ふたたび、自嘲気味に独りごちたオノケリスは、資料の束にクリップで留められた一枚の写真に視線を向けて、ひばりヶ丘学院の一年生の女子生徒の姿をじっくりと確認しながら、ニヤリとほくそ笑む。


「さて、まずは、このお嬢ちゃんからにするか……」


 一人目のターゲットを選択した彼女は、先ほどまで目を通していた資料と、スポーツセンターに出向いて自分の目で確認した事実を思い起こしながら、ベッドから身体を起こすと、簡易テーブルに置いたままにしていたMacBook Proにログインした。


 画像専用のフォルダには、資料として集められたリリムたちの姿が写された写真が数多く保管されている。


 彼女は、「Giappone」と名前がつけられたフォルダをダブルクリックして、スポーツセンターをはじめとした近隣の各地で彼女自身が撮影した画像と、教会に依頼しておいたスナップショットを確認すると、そのうちの何枚かをピックアップする。


 彼女が、選んだショットには、ひばりヶ丘学院の一年生と思われる男女の姿があった。


「このたちに恨みはないけど……リリムたちだけが、好き勝手にオトコと接触できるってのは、たしかに気に食わないねぇ……」


 シスター・オノケリスは、談笑し合う生徒たちの姿を見ながら歯噛みする。

 ひと目のつかない場所で、種族としての本音がもれたせいか、粗末な丸椅子に腰掛けていた下半身は、彼女の無意識のうちに、人ならざる姿に変化していた。


 家畜のラバのモノに似た足元からは、いらだちとともに、床を叩く度に、ポコポコとヒヅメの音が鳴り響く。


 オノケリス――――――。


 その一族が記録されている文献は古く、伝承によると、ソロモン王が自ら使役する悪魔に対して、


「魔族の中にも女性はいるのか?」


と、たずねたところ、『ハエの王』ベルゼブブがソロモンの元に連れてきたのが、この一族だという。

 色白の非常に愛らしい女性の姿をしており、普段は洞窟や断崖などで暮らしているが、ときに人間の男性の愛人となったり、つがったりする一方で、彼らを縄で絞め殺すことも多いとされ、西洋の教会からは、異端種の扱いを受け、積極的な駆除の対象にもなっている。


 人間と接触するより以前、ミリアムという名で暮らしていた彼女も、故郷の山奥でひっそりと暮らしていたのだが、教会の異端種討伐隊に捕らえられたあとは、命と引換えに、彼らの行う妖魔狩りに協力させられていた。


 人類に害をなしたという経歴がないにもかかわらず、危険種として捕らえられ、都合の良いように使われる立場には、当然のこととして不満がないわけではなかったが、自らの命と引き換えにしてまで、彼らと争うまでの気概は、ミリアムにはなかった。


 それだけに、彼女からすれば、自由気ままに振る舞い、異性のたましいを吸い取る行為を続けているリリムの種族には、羨望と憎悪の混じった複雑な感情を抱いていた。


 あるいは、そうした近親憎悪に似た感情を持つことすら、彼女の生殺与奪の権利を握る教会の幹部たちの思惑どおりなのかもしれないが――――――。


 そのことを自覚しながらも、ミリアム……いや、彼女の所属する組織からシスター・オノケリスと呼ばれる妖魔を狩る者ディアボロス・ハンターは、リリムたちを憎らしく思う心情を捨てられないでいた。


(どうせ、組織からは『堕天使』と蔑まれる身だ……落ちるところまで落ちてやるさ……)


 自らを嘲り笑う気持ちと思うようにならない処遇に対する捨て鉢な感情が混じり合って、そんな想いを抱きながら世界各地で、妖魔狩りを続けていた。


(それにしても……極東の地方都市の教育機関に、リリムが五人も集まっているなんてな……しかも、彼女たちは、みんな一人の男子生徒にご執心のようだが……なにか特別な要因でもあるのか?)


 彼女や組織からすれば、対象者が一ヶ所に集まっているのは、効率よく狩りを行えるという側面もあるが……。

 世界的に見ても希少種の魔族が特定の地域に集中して居住していることや、彼女たちが一様に一人の男子に執着していることに関しては、妖魔を狩る者ディアボロス・ハンターの経験として、違和感を覚えないではない。

 

 それでも、

 

(まあ、その理由を考えるのは、こっちの役目ではないな……)


狩りハントに徹するプロフェッショナルとして、雑念を払うことに決めたシスター・オノケリスは、


「これも、仕事だ……使えるものは、なんでも使わせてもらうぞ」


と、口に出し、再びニヤリと口角を崩す。


 彼女が見つめるディスプレイには、頭部のツノと背中から生えた真っ黒な翼が特長の女子生徒が一人で写っている画像とともに、もう一枚、針本針太朗はりもとしんたろうの隣のクラスに所属する西高裕貴にしたかゆうき真中仁美まなかひとみが、二人で微笑みあっている場面が映し出されていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る