第2章〜恋の中にある死角は下心〜⑮

 保健医の幽子ゆうこから伝えられた言葉に従って、針太朗しんたろうは、演劇部の部室に向かうことにした。


 上級生の奈緒なおには、小さなぬいぐるみをプレゼントすることで、弓道の射会しゃかいを観覧させてもらったことと喫茶店でごちそうになったことに関するお返しを終えていたが、同じ学年の仁美ひとみには、休日に射会しゃかいの観賞に付き合ってもらったことの返礼ができていない。


 それになにより、入学式からこれまで、お世話になりっぱなしだった彼女から頼られた、ということに、針太朗しんたろうは、喜びを感じていた。


 文化系クラブの部室が並ぶ校舎に移動し、演劇部の部室のドアをノックすると、中から「は〜い」という声がして扉が開かれる。


 部室では、ドアを開けてくれた中に招き入れてくれた仁美ひとみをはじめ、五人の部員らしき女子生徒が、針太朗しんたろうを出迎えてくれた。


「男子が部室に来るのって、何年ぶりだろ?」


「去年は、こんなことなかったですよ!」


針本はりもとくんって言うんだっけ? ちょっと、カワイイ顔してない?」


「このまま、演劇部に勧誘しましょうよ!」


 仁美ひとみ以外の部員たちは、針太朗しんたろうを目にするなり、口々に好きなことを発言し始める。


「先輩たち、はしゃぎすぎですよ! 針本はりもとくんが、困ってるじゃないですか……」


 下級生の真中仁美まなかひとみにたしなめられ、二年と三年の女子生徒たちは、


「は〜い、ごめんなさ〜い」


と謝罪し、形ばかりの反省の態度を示す。


針本はりもとくん、ゴメンね! 演劇部に男子生徒が来るのは、久しぶりみたいだから、先輩たちも喜んじゃって……」


 仁美ひとみが、苦笑しながら言うと、部長の高橋光奈たかはしこうなが、


「実際、私たちが一年のときに居た菊池先輩が卒業してから、もう二年以上、男子の部員は入部してないからね〜」


と、ため息をつく。


「劇中で男性役を増やすためにも、そろそろ、男子に入部してほしいですよね〜」


 二年生の隅田千尋すみだちひろがつぶやくと、三年の今井いまい、二年の平良たいらもうんうん、と大きくうなずいた。


 針太朗しんたろうは、彼女たちが口々に語る現状から、この演劇部が置かれている立場を理解することはできたのだが……。


 幽子ゆうこから伝え聞いたことと、彼女たちが求めていることの間に、大きなへだたりがあるのではないかと不安になった彼は、部室のメンバーに、おずおずとたずねてみる。

 

「あの……保健室の安心院あじむ先生からは、お芝居の台本確認の協力をするように、と言われたんですけど……」


 すると、彼を部室に呼んだ仁美ひとみが、「そうなの!」と、声を上げて、入口付近で部員たちの熱気にあてられ、部屋に入りあぐねていた針太朗しんたろうの手を引いて招き入れた。


 先輩部員たちが囲んでいるテーブルには、台本らしき紙の束が置かれていて、仁美ひとみは、それを指さして説明する。


「来月、演劇部が公演するお芝居の台本が完成したんだけど、登場人物として描いている少年の心理描写に、ちょっと自信がなくて……『男の子の気持ちは、男子に聞くのが一番だ』って先輩たちが言うから、針本はりもとくんに協力してもらおうと思ったんだ!」


 彼女がさらに付け加えたところによると、昨日の喫茶店での生徒会長と針太朗しんたろうとの会合を早めに切り上げたのは、部員同士で台本のチェックを行う予定があったかららしい。


「やっぱり、少年の心理は、男子に聞かないとね〜」


 ニマニマと笑みを浮かべながら語る高橋部長の表情には、やや不安を感じたものの、前日から良い雰囲気で話すことができているという手応えを感じている仁美ひとみとの接点が増えることに、心のどこかで喜びを感じていた針太朗しんたろうは、


「お役に立てるかはわかりませんが、ボクで良ければ……」


と、彼女たちの依頼を快く引き受けることにする。


「心強い味方ができて、良かったね〜真中まなかちゃん! 針本はりもとくんって、高等部からの編入組だよね? どこで、こんな男の子と知り合ったの? 中学の時は、他の男子の告白を断りまくってたのに、案外、スミに置けないじゃん」


 二年生部員の隅田すみだが茶化すように言うと、仁美ひとみは、それまで朗らかだった表情を一変させ、醒めた眼差しで応答する。


「先輩たちが、どんな想像をしてるか知りませんけど、そういうことはありませんから。第一、針本はりもとくんの好みは、ブロンドでスタイルの良い大人の外国人女性なんですよ? そうだよね、針本はりもとくん?」


 最後は、ジト目で自分を睨むように問いかける隣のクラスの委員長の言葉に対して、針太朗しんたろうは、懸命に申開きを行う。


「いや、だから、アレはそういう意味で、あのヒトを見てたんじゃなくて、ただ、こんな場所に外国のヒトが居るなんて珍しいと思ってただけなんだって!」


「ふ〜ん、どうなんだか……」


 男子生徒の必死な弁明をにべもなくあしらう仁美ひとみの様子を見ながら、上級生の部員たちは、


「ほほう〜、コレはコレは……」


と、ニマニマと笑いながら観察する。


「解説の今井さん、どう思われますか?」


 高橋部長が話しを振ると、同じく三年の今井副部長が冷静な口調で応じる。


「男子に対しては、感情を表に出さずに対応してきた真中まなか選手にしては珍しい反応ですね〜。これは、この先、面白い試合展開が見られるかも知れませんよ」


「解説ありがとうございます。これからの二人の言動は、要注目ですね! 現場からは、以上です」


 即興で始まった二人の寸劇に対し、下級生が、やや憤慨したような声をあげる。


「演劇部だからって、急に即興劇エチュードを始めないでください! ちっとも、面白くないですし……」


 仁美ひとみの言葉に、針太朗しんたろうも同調し、


「先輩、スポーツの実況や解説なら、『現場からは、以上です』なんて言わないですよ。もう少し、設定を練り込んでください」


と、ダメ出しを行う。

 上級生の即興劇にも臆せずモノ申した一年生に、演劇部員たちは少し驚いた表情を見せたあと、フフフと不敵な笑みをもらすのだった。

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