第2章〜恋の中にある死角は下心〜⑤

(弓道の試合を観に行くのに、真中まなかさんに一緒に来てもらったりしたら、会長は嫌がったりしないかな……?)


 養護教諭の幽子ゆうこの提案を受けた針太朗しんたろうは、そんなことを気にかけていたのだが――――――。


 生徒会長の東山奈緒ひがしやまなおが参加する弓道審査会の前日、


「そんなに心配なら、私が会長に直接、聞いてみるけど?」


と、口にした真中仁美まなかひとみは、演劇部の稽古の参加が少し遅れることもいとわず、放課後に針太朗しんたろうを連れ出して、生徒会室に向かう。


「開かれた生徒会を目指す」


 という方針のとおり、数日前の校内の施設見学オリエンテーションで訪れた時と同じ様に、生徒会室では、会長の東山奈緒ひがしやまなおとともに、副会長の青木留理子あおきるりこと、書紀担当の衣川梨花きぬがわりかの三人が、針太朗しんたろうたちを歓待した。


「審査会の前日に、わざわざ訪ねてきてくれるとは……それだけ、明日の私の雄姿を見るのを楽しみにしている、と理解して良いのかな?」


 冗談めかした口調ながらも、生徒会長は、いつもどおり、自信に満ちた表情で男子生徒にたずねてくる。


「いえ……明日のことで、ちょっと、お願いがありまして……実は……」


 応接テーブルに出された紅茶を前にして、針太朗しんたろうは、恐る恐る切り出そうとしたが……。

 そんな彼を制するように、針太朗しんたろうと同じく応接ソファに腰掛けていた仁美ひとみが、前のめりで語りだす。


「今度の演劇の役の参考にするために、弓道のというものを一度、観ておきたいと思っているんです! 私も、生徒会長が凛々しく弓を射る姿を見学しに行っても良いですか?」


 その食い気味な下級生の勢いに、生徒会副会長は、


「おやおや……」


と、口に出し、生徒会長の反応を楽しげに眺めている。


 さらに、フッとニヒルな笑みを浮かべた書記担当は、会長を挑発するように、問いかけた。


針本はりもとと言ったか? 会長サマは、アンタに自らの勇壮な姿をアピールしようと考えていたようだが……こう言われては、下級生の頼みは断れないよな、奈緒?」


 梨花りかの発言に、わずかに眉を動かした奈緒なおは、それでも、余裕を感じさせる笑みを浮かべながら、仁美ひとみの方に視線を向けて返答する。


「あぁ、もちろんだ。真中まなかさん、私の所作しょさゆみ姿勢しせいが、どれだけ演劇の参考になるかはわからないが……興味を持ってもらえるなら、ぜひ、たちを観に来てくれないか?」


 それは、いかにも生徒会長らしい威厳と、弓道に興味を持ってくれたことに対する喜びが感じられる言葉だった。ちなみに、彼女が語った『たち』とは、この場合、弓道の試合のことをさす。


 奈緒なおの一言に、


「ありがとうございます、会長! とっても、楽しみです」


と、無邪気な様子で喜ぶ仁美ひとみを視線にとらえながら、副会長の留理子るりこは、生徒会長に語りかけた。


「会長の寛大な態度は、見習いたいところですが……でも、良いんですか? 会長が目を掛けた男子のそばに女子が居ることを許して」


 すると、生徒会長は、澄ました表情で、返事をする。


「心配するな、留理子るりこ。他の女子が気にならないように、私の所作しょさで、針本はりもとくんの心を射抜けば良いのだからな……」


 奈緒なおは、そう言って、柔和な笑みを浮かべながら、弓を引くポーズを取り、針太朗しんたろうの左胸に照準を定める。


 その所作に、思わず左胸を押さえる彼の表情を見ながら、彼女は、可笑しそうにクスクスと笑って、


「いや、済まない。冗談が過ぎたようだ。それにしても、相変わらず、可愛らしいところがあるなキミは……留理子るりこ梨花りか、どう思う? 私としては、近々、彼を生徒会のメンバーに加えたいと考えているのだが……」


と、二人の生徒会役員に声を掛ける。


 彼女の言葉を受けて、副会長の留理子るりこは苦笑しながら、


「会長、あまり下級生をからかってはイケませんよ」


と、奈緒なおをたしなめる。


 一方の梨花りかは、ややあきれた表情で、


針本はりもと、生徒会長にとって食われないよう、気をつけろよ……」


と、アドバイスをするのだった。


 晴れて、東山奈緒ひがしやまなお本人から、直々に同行の許可を得られたことを確認し、針太朗しんたろう仁美ひとみは、生徒会室をあとにする。


「ありがとう、真中まなかさん。ボクだけじゃ、会長に許可をもらうのは難しかったと思う」


 演劇部が活動する体育館の舞台に向かう途中で、針太朗しんたろうがお礼の言葉を述べると、仁美ひとみは、


「そりゃ、デートに誘った男子から、『他の女子を一緒に連れて行きたい』なんて言われたら、良い気分になる女子なんていないと思うよ」


と、笑みを浮かべる。

 それも、そうか……と、針太朗しんたろうが納得していると、彼女は、さらに、


「それに、会長さんの性格からして、他の生徒会メンバーの前で頼んだ方が、効果があるんじゃないかと思ったんだよね」


と言って、イタズラっぽい表情で可愛く舌を出す。

 周囲に弱さを見せることのない東山ひがしやま会長の性格まで読んでいたとは……。


 たったいま垣間見たイタズラっぽい表情も含めて、真面目な委員長タイプと思っていた彼女の意外な一面を見ることができたことで、針太朗しんたろうは、真中仁美まなかひとみという女子生徒に、親近感が湧いてきた。


(そう言えば、真中まなかさんとは、緊張せずに話すことができるな……どうしてだろう?)


 隣を歩く少女の表情を見ながら、彼が、そんなことを考えていると、仁美ひとみは、体育館の入口が見えてきたところで、数歩、駆け出して、くるりと振り向き、満面の笑みでこう告げてきた。


「送ってくれて、ありがとう! ここまでで、大丈夫だよ。明日は、楽しみにしてる! よろしくね、!」


 その仕草と表情に、針太朗しんたろうは、この日一番、心臓が高鳴るのを感じた。

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