第1章〜初恋の味は少し苦くて、とびきり甘い〜③

 校内見学の『探索オリエンテーション』は、針太朗しんたろうの興味を大いに刺激するものだった。


 入学式でも使用された1000名近い生徒を収容できる豪華な固定座席つきの大講堂にはじまり、電子黒板など最新のICT機器が揃った理科室、音響機材が揃った会議室、探求授業のための大型プロジェクターが備えられた特別教室、さらに人工芝付きの巨大な校庭など、公立の中学校を卒業したばかりの彼にとって、どれも、新鮮で目を引く施設ばかりだ。


 なかでも、50000冊以上の蔵書を誇るという洒落たデザインの図書館は、読書好きの針太朗しんたろうにとって目を引く存在であり、卒業までの三年間、この施設に入り浸れるということを想像しただけでも、この学院への入学を薦めてくれたことと、安くはない学費を払ってくれる両親に感謝の気持ちが芽生えた。


(北川さんとの用事が済んだら、さっそく、ここに来ることにしよう! さて、どんな本から読もうかな……?)


 そう決意を固めた彼なのだが、運命は彼の願いを簡単に叶えさせてはくれなかった。


 それは、『探索オリエンテーション』も、最終盤に差し掛かった頃――――――。


 生徒会室を前にしたところで、(交換条件つきの)校内施設に関する補足説明をかって出てくれた貴志たかしが、解説を加える。


「今日の生徒会室では、現役の生徒会メンバーがお出迎えをしてくれるそうだよ。生徒会長さん自ら、ひばりヶ丘学院の生徒会の活動について、説明してくれるんだってさ」


いぬいは、どうして、そんなことを知ってるの?」


 疑問に感じた針太朗しんたろうがたずねると、放送メディア研究部という聞き慣れないクラブに所属しているという貴志たかしは、こう答えた。


「僕ら放送メディア研究部は、学内の広報活動を引き受けていてね。色んな情報が集まってくるんだよ。生徒会の話しについても、昨日、ウチの部長から聞いたんだ」


 なるほど……いぬいは、それで、色んなことを知りたがるのか……と、針太朗しんたろうが、納得していると、生徒会室の前では、上級生らしい三人の生徒のうち、真ん中に立つ女生徒が、1年2組の生徒たちを歓待するべく、声をあげた。

 

「1年2組の生徒諸君、校内探索オリエンテーションの参加お疲れさま。私は生徒会長の東山奈緒ひがしやまだ。私たちは、この生徒会室を中心として、クラブ活動や年間行事など学院の生徒活動に関する様々な事柄ことがらについて話し合っている。我々生徒会一同は、『開かれた生徒会』をモットーに活動していて、放課後は、この生徒会室を開放しているので、一年生の諸君も、ぜひ遠慮せずに私たちのところに顔を出してほしい」


 この手のことを話し慣れているのだろうか、生徒会長を名乗る女生徒は、ハキハキとしながらも、聞き取りやすい穏やかな口調で、自分たちの活動について端的に説明を行った。

 その語り口は、長く伸びた美しい黒髪を束ねた凛々しい立ち姿に相応しいモノだった。


「生徒会長は、文武両道を地で行くヒトで、弓道部の部長も務めている有段者なんだよ」


 解説役よろしく、乾貴志いぬいたかしが、針太朗しんたろうにそっと耳打ちする。


 まるで、美術館や博物館の音声ガイドみたいだな……と感じながら、友人になりつつあるクラスメートの説明をありがたく聴いていると、五〜六人ずつに別れて行う生徒会室の室内見学の順番が、針太朗しんたろうたちにも回ってきた。


 彼が、にこやかに一年生の来訪を出迎える生徒会の面々の前を通り過ぎて生徒会室に入室しようとすると、生徒会長の東山奈緒ひがしやまが、微かに鼻をと動かし、


「フム……なるほど、興味深い……」


と、言葉を漏らした。


 そして、形ばかりの室内見学を終えた針太朗しんたろうたちが、生徒会一同にお礼の言葉を述べて、立ち去ろうとすると、不意に生徒会長が声を掛けてきた。


「針本くん、というのかな? 君は、外部からの進学組だね?」


 とつぜん、会長から声を掛けられ、


「はっ、はい!?」


と、素っ頓狂な声を上げる彼に、生徒会長を務める奈緒なおは、にこやかな表情を崩さずに粘り強く語りかける。


「いや……そんなに驚かないでくれ、針本くん。さっきも話したが、生徒会は、放課後のこの部屋を開放しているんだ。もしも、君の時間に余裕があるなら、今日の放課後に生徒会室に来てくれないか?」


「えっ!?」

「えぇっ!?」

「マジですか!?」


 当事者の針太朗しんたろうとともに、声を上げて驚いたのは、貴志たかし良介りょうすけの二人だった。


「驚かないでくれ……」と言った自身の言葉とは裏腹な男子三名の言動には、さすがに苦笑せざるをえなくなったのか、生徒会長は、やや困惑気味につぶやく。


「いや、そんなに酔狂すいきょうなことを言ったつもりはないのだが……」


「いやいや、十分に驚くネタですよ、これは! 彼は、さっきも、ウチのクラスの北川から放課後のお誘いを受けたばかりなんですから」


 良介りょうすけの言葉に、わずかに眉を動かした奈緒なおは、周囲には聞こえないような微かな声でつぶやく。


「なに……一年の北川が……? そうか……それなら、やはり、私の嗅覚は正しかったようだな」


 そして、納得したように、「フム……」と、うなずいたあと、再び針太朗しんたろうに語りかける。


「針本くん、他の女子との先約があるなら、そちらを優先してもらっても構わない。ただ、もし、その後に時間があるなら、生徒会室にも立ち寄ってくれないか。クラブ活動の最終下校時刻まで、生徒会室は開放してあるから……」


 生徒会長自身からのたっての願いということもあり、針太朗しんたろうとしても、ただただ、首をタテに振るしかない。


「は、はい……わかりました。北川きたがわさんの用事が済んでからで良ければ……」


 そんな、彼の様子を見ながら、学院内部の人間関係に強い関心を持つ乾貴志いぬいたかしは、


「これは、新学期早々おもしろいことが起きそうだぞ……」


と、クラスメートが巻き起こす学内の波乱の兆候を見逃すまい、というメディアだましいに熱い炎が宿ることを抑えられない様子であった。

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