第1章〜初恋の味は少し苦くて、とびきり甘い〜②

 彼が、女子との会話が苦手な理由は、引っ越してくる前の中学生時代、友人の付き合いで参加した他校の女子とのコンパのような集まりで、こんなことがあったからだ。


「このあいだ京都に行ったんだけど、たい焼き屋さんがあってさ。あ、東山ひがしやま駅の近くなんだけど……知ってる? そう、あの路地に入ったところね。んで、たい焼き屋さんの店の奥にすごい職人風のおじいさんがいてね、あ、店番してるおじいさんともうひとり。そんで、そのおじいさんがさ、焼きかたのコツとか、あんの製法がどうこうとか、超かたってくれるの。いかにも熟練の技的なかんじでさ。そう! それでそこの店、白いたい焼きを売ってたんだ。珍しくない、白いの? 食べたことある? 生地がモチモチしていて、甘さ控えめでおいしかった! あっ、でもやっぱり、私は、普通の生地が一番かな。でさ、その職人風のおじいさんにたい焼き屋さん始めて長いんですか、って聞いたらさ! 『いや、3年目です』とか言うの。超ウケる〜! だって、歴史と伝統の街・京都で、めっちゃ職人風に語ってんのに3年だよ、3年! てっきり、この道、ナン十年とか創業ナン百年って世界かと思ったらさ……」


 ダラダラとオチが見えない話しを続ける他校の女子のトークを、最後まで我慢して聞いていた針太朗しんたろうだが、思わず、


「その話し、オチはまずまずだけど、前半の部分、いらなくない?」


と、彼女の語り口を論評するような発言をしてしまった。


 そして、その瞬間、ムスッとした相手に、


「はぁ? 私のトークを採点してなんて、頼んでないんですけど?」


と、痛烈なカウンター・パンチを喰らい、以後、その会合は盛り上がらないままお開きとなり、終了後の帰宅時には男子一同からも、冷たい視線を浴びることになってしまった。


(女子も『人志◯本のすべらない話』が好きなら、ちょっとは、トークに必要な緩急とか、とオチを意識して話してくれよ……)


 こうした考えが、針太朗しんたろうの偽らざる本音なのだが、男女混合ので、女子を不快にさせ、空気をぶち壊してしまうという失態を演じてからというもの、彼は、女子相手に強気にツッコミを入れるということができなくなっていたのだ。


(とにかく、穏便に……女子との会話は、作り笑いで乗り切ろう……)


 中学生時代の失敗以来、そう考えるに至った彼だが、新たに迎えた高校生活は、針太朗しんたろうに平穏な時間を与えなかった。


 ◆


「ねぇ、針本はりもとだっけ? 放課後、ちょっと時間くれない?」


 高等部の入学式が行われた翌日のこと――――――。


 新しいクラスでの生徒自己紹介が終わり、『探索オリエンテーション』という学校の施設案内を兼ねた校内見学を控えた休み時間、針太朗しんたろうに女子生徒が声を掛けてきた。


 緩やかなロングヘアーは綺麗にカラーリングされていて、その髪の艶に負けない整った容姿が目を引くその相手は、彼の所属する1年2組の中でも、クラスの中心的立ち位置になりそうな存在だった。


「え〜っと……北川きたがわさんでした? ボクに何か用ですか?」


 クラスメートとはいえ、相変わらず少し他人行儀な話し方で応対する針太朗しんたろうに対し、気さくな笑顔で返答する。


「なんだよ〜、よそよそしいな〜。それと、アタシのことは、ケイコって呼んでくれって、自己紹介のときにも、話したつもりなんだけどな〜」


 自分の席からは少し離れた位置にある針太朗しんたろうの席まで声を掛けてきたのは、北川希衣子きたがわけいこ

 自己紹介時に本人が言うには、

 

「中等部からの進学組の子は知ってると思うけど、希望のに、ころもと書いてケイコって読みます。アタシのことは、気軽にケイコって呼んでね」


とのことであった。

 そのことを頭の片隅で思い出しながら、針太朗しんたろうは、希衣子けいこの言葉に応じる。

 

「ケ、ケイコさん、わかったよ。時間は、どれくらい掛かりそう?」


「そんなにかしこまらないでよ。、大して時間は取らないからさ!」


 そう言い残して、陽キャラの女子が立ち去ると、彼女に代わって、二人の男子生徒が語り掛けてきた。


「高等部入学二日目にして、北川希衣子きたがわけいこと会話をするなんて、やるじゃないか、針本!」


「僕には、一方的に話しかけられてただけにも見えたけどね……でも、彼女に興味を持ってもらえるなんて、キミにはなにか惹かれるモノがあったんじゃない?」


 そんな風に声を掛けてきたのは、辰巳良介たつみりょうすけ乾貴志いぬいたかし

 二人とも、中等部からの進学組で、針太朗しんたろうと同じ1年2組に所属している。


「あっ……辰巳くんに、乾くん……ボクには事情がまったく理解わからなくて……北川さん……いや、ケイコさんは、どうしてボクに声を掛けてきたんだろう?」


 彼が困惑気味にクラスメートにたずねると、二人のうちで、やや背の高い良介りょうすけが答える。


「こっちに聞かれても、わかるワケねぇ〜よ。それと、針本、オレたちのことは、クン付けしなくて良いぞ」


 さらに、その言葉にうなずきながら、貴志たかしも応じる。


「そうだね! 中等部のときは、男子が少なかったから、僕らとしてはキミを歓迎したいんだ。良ければ、お近づきの印に、次の時間の『探索オリエンテーション』では、施設について色々と補足説明をさせてもらおうと思う。その代わりと言ってはなんだけど……北川ちゃんが、キミにどんな用があったのか、良ければ聞かせてくれないかい?」


 初めて言葉を交わす相手に対して、ちょっと、プライベートに踏み込みすぎなじゃないか――――――?


 声を掛けてきた男子生徒二名に対して、針太朗しんたろうはそう感じたものの、男子の友人ができることは、健全な高校生活を送るうえでも、女子との会話を避けるうえでも効果的だと考えた彼は、良介りょうすけ貴志たかしの提案を受け入れることにした。

 

 高等部への入学二日目にして、気軽に話せるクラスメートができたことは、幸運だったと言って差し支えない。

 しかし、この日、初対面の針太朗しんたろうに絡んで来る人物は、クラスメートに留まらなかった。

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