第1章〜初恋の味は少し苦くて、とびきり甘い〜①
三月の中頃から異例の寒波が到来したせいなのだろうか、例年、四月の最初の週が終わる頃には散ってしまう桜の花が、珍しく入学式のシーズンに満開を迎えている。
この春から、十年ぶりに両親の地元の街に戻ってきた
改札口を出て、東西に伸びる生活道路を西の方角に進み、小さな十字路を左折して、通学に利用する私鉄電車の高架をくぐると、おしゃれな外観の校舎が見えてきた。
「ここが、高等部の校門かな……?」
小声でつぶやきながら、敷地に入ろうとすると、彼を呼び止める声がした。
「ねぇ、そこは、初等部……小学校の校舎だよ」
さらに、彼女は、突然のことに言葉を発することができない彼が返答をする前に、こんな申し出をしてくる。
「私たち高等部の校舎は、もう少し先の方。良ければ案内しましょうか?」
「あ、あぁ……ありがとうございます。そうしてもらえると、助かります」
初対面の相手ということもあり、彼としては、丁寧な言葉づかいを心がけただけなのだが、
「私も同じ学年だから、敬語を使わなくても良いよ、
朗らかな表情で語る女子生徒に少し面食らいながら、
「あの……どうして、ボクの名前を……?」
疑問に思ったことを口にした彼に対し、同級生だと名乗る彼女は、彼の胸元を指差し、困惑と緊張で頭の回転が鈍りがちな男子生徒に注目をうながす。
女子生徒の指先が示す先に右手を当てた
「あっ、そっか……名札か……」
と声をあげ、頭をかく。
自分のうかつさに気づき、気恥ずかしさを感じながらも、あらためてお礼の言葉を述べようと、彼は、女子生徒の胸元の名札にチラリと目をやり、名前を確認した。
「
彼が、微妙に視線を反らしながらも、名指しで彼女の苗字を告げ、あわせて感謝の言葉を口にすると、その読み方に間違いはなかったのか、
「どういたしまして! 普通、ウチの学院の生徒は、駅から校舎に続く専用通路を使うからね。系列の小学校に不審者が入ってきた、なんて騒ぎになったら、大変だもんね」
◆
私立ひばりヶ丘学院は、中高一貫の男女共学校だ。
編入生と言っても良い
また、この学院は、創設当初から、誰もがその名を知る国内の大手飲料メーカーの創業家の支援を受けており、学院と企業を起ち上げた創業者の
「やってみなはれ」
という口癖を重んじて、失敗を恐れず挑戦するという、チャレンジ精神を育むことを校訓としている。
従来の習わしにとらわれることなく、積極的に新しい物事に取り組む = 『
見ず知らずの生徒だった自分を校舎に案内してくれた
「昨日まで寒かったから厚着して来たら、今日、急に暑すぎじゃない?」
彼のふたつ右側の席に座る女子は、教室に着いて着席するなり、スカートをバサバサと扇ぎだした。
「うわっ! ポーチの中のファンデが割れてる!! ちょ〜最悪なんだけど」
斜め前に座る女子は、始業のベルが鳴る前に、メイクを直そうとしたのか、ポーチからファンデーションを取り出そうとして、自身の小物入れの大惨事に気づいたようだ。
「ねぇねぇ、野球部の
「うそ!? 二年の
「
「でも、付き合っている相手がいるんだよね? 彼氏はどうするんだろう? それより、私は
「そっか、亜矢ちゃんて、大学に内部進学したんだよね? それじゃ、もう、高校生向けのコスメとかの紹介はしないのかな?」
彼の左側の席に座る女子と、その前の席に座る女子は、インフルエンサーとして同世代にカリスマ的な人気を誇る動画配信者の話題に夢中だ。
(どうして、こんなことに……)
引っ越す前は、比較的、大人しく、おっとりとした性格の生徒が多い中学校に通っていたため、そのカルチャー・ギャップに、高等部に入学してきたばかりの男子生徒は頭を抱える。
一つ目は、足がすくむような高い場所。
二つ目は、調味料を問わず辛い味付けの食べ物。
そして、三つ目が、女子と行う会話全般だった――――――。
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