第三十八話 手紙


 目を覚ましたら、夜の帳はすっかり降りていた。時刻は午後六時。晩秋は日が落ちるのが早い。


「……起きるか」


 首をポキポキ鳴らしながら、部屋を出て、目の前のユメの部屋を軽くノック。


「ユメ。少しは良くなったか?」


机と、テレビと、本棚と、ベット。いつも通りのユメの部屋。

 

その部屋の隅に置いてあるベット。先ほど、ユメの部屋を後にした時と同じ。ただ一つ、ベットの中央にあるべき膨らみが無い以外は。


「……ユメ?」


 布団をはいでみるも中はもぬけの殻。トイレでも行ったか? と、ユメの部屋を後にしようとした時、机の上の封筒が目に入った。表面には『小太郎へ』と書いてある。



 ……イヤな予感が、した。



 封筒を開けて、中の手紙を取りだす。綺麗な便箋が一枚、中に入っていた。


『小太郎へ


 いきなり、こんな手紙を残してごめんなさい。

 ううう……手紙なんか書いた事無いから、何書けばいいんだろう? 良く分かんないや

 最初に、お礼を言っておくね。えっと……ありがとう。

 小太郎と一緒に過ごしたこの一カ月ほど、本当に楽しかった。ドキドキしてワクワクして……上手く言えないけど、取りあえず楽しかった!

 何度も言ってるけど、最初は『何でこんな奴の所に!』って思ってた。失礼な話だけど。

 でも……小太郎と一緒に居るうちに、その……小太郎がどんどん格好良くなって行って……で、でも、勘違いしないでよね! イイ男には、ま、まだまだ何だから!

 ……本当は、もっと、ずっと……小太郎と一緒に居たかったんだけど、もう限界。精力、尽きちゃったみたい。残念だけど、私は消えるわ。

 こないだみたいに暴走しちゃって、小太郎に襲いかかったりして嫌われたりしたら嫌だから、家を出ていくね。意味、分かる? 探さないでね! って事!

 ……最後になったけど、委員長とは仲良くやるのよ。もっと努力すれば、小太郎はもっともっとイイ男になるから! 私が保証する!

 

 長くなったけど、そろそろ行きます。それじゃ、お元気でね。バイバイ。


ユメ』



 茫然として、次に怒りがこみ上げて来た。


「……あのバカ野郎!」


手紙を握り締めて、転がり落ちる様に階段を駆け降りる。踊り場で母親がびっくりした顔をしている。


「どうしたのよ、小太郎。血相変えて」


「母さん! ユメ……ユメは!」


「ユメちゃん? ちょっと外の風に当たりたいから、少し出て来るって……あら、そう言えばもう二時間程経つわね……って、ちょっと小太郎! どこ行くの!」


 母親の言葉を無視し、俺は玄関を飛び出し、夜の街へ飛び出す。


 息が、上がる。美術部で、運動不足の体が恨めしい。


 ……探さないで? ふざけるな!



 足も、止まりそう。でも、諦めない。街中を走り回ってユメを探す。


「ユメーーー!」


 繁華街。


 駅前。


 ゲーセン。


 デパート。


 映画館。


 ユメと行った、ユメの好きそうな場所を、俺は探し回る。その、あまりに少なすぎる二人の思い出に愕然。たった……たったこれだけしか、俺たちは行って無い。まだまだ、これからなのに! もっと、楽しい場所があるのに!



 もっと……お前と、思い出を作りたいのに!



「……っ!」


 どれくらい、走ったろう。雑踏の中、足が縺れ、俺は派手にすっ転ぶ。既に手足はボロボロ。満身創痍の体は休息を求める。


……もう、いいや。


 ほら、言った通りだ。どうせ、俺なんてこんなもん。マジになるなんて、超格好悪い。


 ユメは、探さないでって言った。綾乃と仲良く、とも言った。


 それで……いいじゃん。

 


『お前、本当にそれでいいのかよ?』


 不意に聞こえる、デビルの声。……うるせえよ。


『ちょっとイイ男になったとか言われて、そのザマか?』


 ……うるせえ!


『何だよ。努力すればするだけだせえな。好きな女一人のとこまで辿り着けないのかよ?』


 うるせえ! うるせえって言ってんだよ!


『イイ男が聞いて呆れるぜ。どの面下げてそんな事言うんだ? ああ?』


 ……言葉も無い。


『まあまあデビル。そこまで言ったら可哀そうですよ?』


『……でもよ、師匠』


『まだ、終わった訳じゃありません。本来、こんなのはスマートじゃなくて趣味じゃないんですか……選択肢総当りなんてどうです?』


……選択肢総当り?


『ええ。まだ、行って無い場所があるでしょ? ユメと、もっとも長い時間を過ごした、あの場所が』


 ……天啓が下りた。



 学校!



 今来た道を引き返し、俺は一路学校に。膝は既にガクガク。さっきこけたせいであっちこっち痛い。でもそんな事、気にしてられない!


 電気が灯っていない真っ暗な学校。校門の鉄柵を乗り越え中へ。校舎のカギは施錠されていなかったらしく、すんなり開く。これだけ不審者、不審者とうるさいのに、この警備レベルの甘さは感心しないが、今は感謝。階段を駆け上り、自分の教室へ。


「ユメ!」


 ……居た。

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