第三十七話 文化祭の終わりに



「お疲れ、小太郎」


 天英館文化祭恒例の、後夜祭。文化祭で使った道具や衣装を、校庭の真ん中の焚き火にくべ、燃やしてしまうという、昨今の環境情勢を考えるといいのか、と思わないでもないが、伝統行事の為かずっと続いている。


「……終わっちゃったね、文化祭」


 そう言いながら俺の隣に腰を下ろす綾乃。先ほどまでのお姫様衣装は脱ぎすて、今は普通の制服姿。


「……だな」


「……楽しかったね、文化祭」


「……ああ」


「……」


「……」


「……ねえ」


「……なんだ?」



……何で……ユメを選んだの?



「……なんとなく、だ」


 ……そう。演劇のラストシーン。俺は結局、ユメの手を取った。何でかって? 俺が聞きたいよ、そんなこと。


「……ユメの事、好きなの?」


「嫌いじゃねえよ」


「……私の事は?」


「……嫌いじゃねえよ」


「……そう」


「……」


「……うん! わかった!」


 そう言って、裾をパンパンとはたき、綾乃が立ち上がる。分かった?


「……何が分かったんだ?」


「小太郎はユメの事が好き!」


「……だから」


「黙って聞く! 自惚れていいなら……その……私の事も同じぐらい好き!」


「……」


「……ち、違う?」


「……違わねえよ」


 俺の言葉に、ほっと、安心したように頬を緩ませる綾乃。


「それじゃ、勝負はこれから! ユメは一緒に住んでるけど、私だってユメの知らない小太郎の四年間を知ってるもん! アドバンテージはイーブン!」


 そう言ってぐっと握りこぶしを握り締める綾乃。その姿は、微笑ましいほどに、可愛い。


「だから……返事はまだでいい。小太郎が、本当にどっちが好きか気付いたら……その時に聞かして欲しい」


「……良いのか? そんな……その……俺に都合のいい条件で」


「……小太郎、知ってた?」


「……何を?」


「私、ダメダメな小太郎の事、四年間見てたのよ? 結構我慢強いの、こう見えても」


 おどけて見せる綾乃に、俺も苦笑を浮かべる。


「……俺がお前ら二人、どっちも選ばなかったら?」


「これでも一応、私とユメが他を十馬身ぐらいはリードしている自信はあるんだけど?」


「だな」


「それに……小太郎、調子に乗り過ぎ。そんなポンポン惚れて貰えるほどは……イイ男じゃないわよ」


 そう言ってウインク一つ。仰る通りです。


「……おまえ、イイやつだな」


「……それは好きな人にはあんまり言って欲しくないかもね」


 そう言って、綾乃は片手をひらひらさせながら、ユメの元に。ユメは焚き火の周りでクラスメイト達とはしゃぎまわっている。


 ……ったく。


 俺も、腰をあげ、皆の元へ急ぐ。……文化祭はまだまだこれからだ。


◆◇◆


「……大丈夫か?」


「……ん。大丈夫」


 文化祭の翌日の日曜日。ベットの中で、頬を紅潮させるユメ。


「……小太郎こそ、大丈夫? ずっと、私の看病してくれてたんでしょ?」


 潤んだ瞳をこちらに向け、そう言うユメ。


「人の心配より、自分の心配しろ」


「……うん」


「……今日はずっと傍に居るから」


「……ごめんね」


「気にするな」


 文化祭の後夜祭から帰ってすぐ、ユメが玄関先でぶっ倒れた。もともと熱っぽかったみたいで、気力で今まで持っていたみたい。全く、無茶しやがる。


「……本当にごめん」


「謝るぐらいなら早く治せ」


「……うん」


「……」


「……」


「……ねえ、小太郎」


「なんだ?」


「……委員長の事……好きなの?」


「……嫌いじゃねえよ」


「そんなあいまいな答えじゃなくて、ちゃんと聞かせて? 『好き』か『嫌い』……0か1なら……どっち?」


「……『好き』だ」


 嘘は、つけない。


「……そっか」


「……」


「……委員長は、良い子だし……小太郎に似合うと思う」


「……」


「……ごめん。そろそろ寝る。小太郎も、少し休んで?」


「……でも」


「お願い。小太郎まで倒れたら、香澄さん困るでしょ?」


 そう言って苦笑して見せるユメに、ため息をつく。


「……わかった。自分の部屋に居るから、何かあったら呼べ」


「……うん。分かった」


 後ろ手で、ユメの部屋のドアを閉める。


 綾乃の事は、確かに好きだ。でも……同じぐらいユメの事も……好きだ。


 ……そんな事言ったらぶっ飛ばされるだろうしな。


 あくびをかみ殺し、俺も自室に戻る。なんだかんだであんまり寝てないし、もうひと眠りするか。


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