第三十六話 あなたは、どちらを?
「アホかお前らは! 修斗だけならまだしも、何ふざけてんだよ!」
午前の部終了後のお説教タイム。修斗(バカ)? 部屋の隅でミノムシよろしく簀巻きにして転がしてあるよ。
「……だって……」
「……ねえ」
「だってじゃねえ! 観客がギャグパートだと思ってくれたからいいものの……ぶち壊すつもりかよ!」
「そういうつもりじゃ……」
「……無いけど」
二人揃ってしゅんとする。全く……
「ごめん。ちょっと熱くなって」
「……私も」
「熱くなってって……」
……言葉も無いよ。
「……まあ、良い方に回ったから不問にするよ。もうふざけるなよ」
「「……はーい」」
二人揃ってお返事。いい返事、とまで言えないが、まあ良いだろう。
「それより、コタロー」
部屋の隅に転がるミノムシが喋りかけてくる。
「黙ってろ」
「なんやねん。不問にするって言うてたやないか」
「二人は、だ。お前まで不問にするとはいってねえ」
「つれへんな~。お客さんも喜んでたし、ええやないか」
「結果論だろうが!」
「結果が一番大事やないか」
「……否定できないが、お前が言うな。ムカつく」
「ムカつくって……まあええわ。それより提案があんねんけど」
「……提案?」
「そ。沢渡、起きへんやろ?」
部屋の隅に転がる沢渡に目をやる。眠り姫よろしくすやすや眠るその姿を見る限り、起き出す気配は一向に無い。
「そうだな。この調子なら起きないかも知れないな。なんだ? お前が脚本を書くってか?」
「それでもええけど……午後の部の開演まで三十分弱。覚えられるんか?」
「……」
「やろ? せやったら委員長とユメちゃん、アドリブでやったらええやん」
「……は?」
「……い?」
「せやから、アドリブや。アドリブでやったら上手く行くんちゃう?」
「あ、アドリブって!」
「そ、そんなの!」
「ほいでも、自分の気持ちを正直に言う方がええやん。王子様役にコタローを選んだの二人やし、憎からずは思ってるんやろ? それやったら、自分が告白するつもりでやってみたらええやん。その方が台本覚えるより簡単やろ?」
……まあ確かに。そっちの方が簡単ではあるだろうが……黙り込む二人に肯定の意を取ったか、修斗は大きく頷いた。
「……決定やな。そしたら午後の部始まるまでに台詞、考えとくんやで。そしてコタロー。ええ提案した俺、そろそろ解放してあげようとか思わへん?」
「全く思わないな。残念だが」
「そんな事言うたらあかん。実は俺、さっきからトイレに行きたかったてん」
「漏らせ」
「そ、そんな殺生な!」
さて……午後の部、スタートまであと三十分か。
◆◇◆
午後の部は順調にスタート。ラスト以外の脚本はきちんと出来ていたし、修斗のバカみたいにアドリブをする奴もいない。基本、シリアスパートだしな。
「……っく……ヤマトの王子よ……やる……な」
多少オーバーな演技で、どーんと倒れ込む魔王メグーロ(目黒君)
「……倒したの?」
「……ああ」
「す、すごい! コタロー! やれば出来るじゃない!」
「ふ、ふん! コタローの癖に、ちょっとはやるじゃない。そ、その……少し見直したわよ! ほ、ほんの少しだけだからね! 調子に乗らないでよ!」
祝福の言葉をくれるアヤノリアとユメリアス。演劇の世界とは言え、これも中々悪くはないな、うん。
「これで……ようやく……私達の冒険は終わるわね……長かった……本当に……長かったわ」
瞳に涙を浮かべるアヤノリア。良い演技だ。そんなアヤノリアが、じっと俺を見つめる。
「……コタロー。私……貴方に、言いたい事があるの」
キターーー! つうか、めちゃめちゃ緊張するぞ!
「い、言いたい事? な、なに?」
こ、声がうわずった! ダサすぎるぞ、俺!
しかし……そんな情けない俺の姿も、綾乃は気にすることなく言葉を紡ぎ出した。
「……好きです、コタロー。初めて会ったときから、ずっと……ずっと、貴方だけを見ていました」
「……」
「……最初は、ダメな人かと思いました。やる気は無い、頑張らない、何時でも不真面目。腹が立った事もあります。私の見る目は無かったのか、と自分に自信を失った事も……何度もあります」
そう言って、目を伏せる。
「でも……やっぱり、あの時素敵な笑顔を見せてくれた貴方を……それよりもっと素敵な笑顔を見せてくれるだろう、未来の貴方を見たくてずっと貴方の隣にいた私を……今は飛びっきり褒めてあげたい。『頑張る事』を覚えた貴方は、輝いて……とても、とても素敵です」
「……」
「……お慕いしております、コタロー。願わくば、これからも私は、変わって行く貴方を、貴方の隣で一番に見続けていたい。ですから……私を、貴方の隣に置いて下さい」
そう言って、そっと右手を差し出すアヤノリア。
お、落ち着け、俺! れ、冷静に! 手のひらに人という字を……
「……」
一人(表面上は冷静に)パニックになっている俺をじっと見つめるユメリアス。
「……ユメリアス。貴方はいいの?」
「……」
「……そこで、ずっと見ているだけ? コタローに言いたい事は無いの?」
「……」
「……そう。それじゃコタロー。私と、結婚して下さい」
「へ? あ、あれ?」
このあと、ユメリアスの台詞だよな?
そんな俺の視線を感じてか、アヤノリアが口を開く。
「恋に臆病になった者に、祝福は訪れません。ユメリアスは戦う事から逃げました。もう、彼女に立つべき舞台は無い。不戦敗です」
そう言って、強引に俺の手を引き、舞台袖にはけようとするアヤノリアス。
「……待って」
「……」
「……待ってよ!」
俯きがちだった視線をあげ、ユメリアスがアヤノリアを睨む。
「……何か?」
「……」
「……用が無いなら、もう行くわ」
「……私は!」
「……」
「……私は……確かに弱いわよ! 臆病よ! 嫌われたくない! 小太郎に嫌われたくない! だから……だから、ずっと、小太郎の傍に居たい! たとえ……住む世界が違っても! ずっと……小太郎の隣に居たいのよ! だから……『その場所』は、誰にも渡せない!」
そう言って、俺の手をアヤノリアから引き離す。
「……最初は、どうしようもない奴だと思ってた。何でこんな奴と一緒に居なけりゃいけないのよ! って、本当に恨んだ。でも……貴方は、ぶっきらぼうだけど、凄く優しくて……そんな貴方の事が……今は、どうしようもなく好き。大好き」
だ、だから落ち着け、俺! これは演技! お芝居何だ! で、でも、『コタロー』は別にぶっきらぼうでも優しく無い訳でもない様な……って言うか、さっきからこいつ、小太郎って……
「……さあ」
「……どっちを取るの?」
二人の美少女が、震えながら俺に手を差し出してくる。どちらかの手を取るかのシナリオは無し。つまり……俺次第。
悩んで、悩んだ挙句。
俺は――。
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