第三十五話 そして、舞台の幕が上がる

 やがて、舞台の幕が開いた。


 沢渡先生脚本の未完の大作『バトル・オブ・プリンセス』は剣あり、魔法ありの世界、『ファーランド』が舞台のファンタジーもの。平和に暮らしていたファーランドに、突如悪の大魔王、メグーロ(図書係の男子、目黒君)が降臨。ファーランドの平和を守るため、ファーランドの二大大国、拳の王国ナクリアス王国の猛る姫、ユメリアス(ユメ)と、魔法の王国マホトリア王国の麗しき姫アヤノリア(綾乃)が立ちあがった。元々犬猿の仲である両国の姫だったが、弱小王国である剣の国ヤマトのへなちょこ王子、コタロー(俺)がパーティーに加わった事により事態はより深刻に。二人のお姫様、どうやらこの王子の事が気になるご様子。二人の姫と王子の恋の行方は! ついでに世界はどうなるの! みたいなのが大まかな流れ。


「……ふん! 今日も疲れたわね! 全く、コタローが役に立たないから!」


「ご、ごめん、ユメリアス」


「そんな言い方は無いわ、ユメリアス。コタローは良く頑張ったじゃない」


「あ、ありがとう、アヤノリア」


「べ、別にコタローが頑張っていないとは言って無いじゃない! わ、私はただ……」


 舞台は午前の部の終盤付近。魔王の軍勢を三人で倒して(俺はオロオロしているだけだったが)街に帰るシーン。ツンデレ気味のユメリアスは、事あるごとにこう言って、コタローに絡んできて、アヤノリアが優しくフォロー、慌ててユメリアスもフォローに入る……というのが、ここまで何度となく繰り返されている。まあ、ベタではあるが、分かりやすい構図だ。


「ふ、二人とも。喧嘩しないで。ほら、宿屋があるから、そろそろ休もうよ」


 俺の役どころは事あるごとに二人の仲裁に入る事。まあ……なんだ? 気の強い二人のヒロインの間に挟まれる主人公に『お前、そんな羨ましい環境の癖にイヤそうにするな!』と思った事も何度かあったが、コレ、現実だったら滅茶苦茶しんどいぞ。お前はよくやってるよ、三本の指に入るヘタレ、と言われた某猟奇エロゲーの主人公。


「『冒険と旅の宿』? ふん! 汚い宿ね!」


「あら、ユメリアス。不満なら泊らなくても結構よ?」


「だ、誰も泊らないなんて言って無いじゃない!」


「ふ、二人とも!」


 なだめながら、宿屋に入る俺ら。ここで、渋いマスター役の修斗の台詞で締めて、午前の部は終わりだ。確か、台詞は……


「まいど~! 皆様に愛されて三世紀! 冒険者と旅人の憩いの場! 安心と信頼のブランド、オオサカン王国印の『冒険と旅の宿』フレイム支店へようこそ~!」


 ……腰が砕けるかと思った。


(おい! 修斗!)


(なんや?)


(なんや? じゃない! 何考えてるんだ! そこはそんな台詞じゃねえだろうが!)


(アドリブや、アドリブ)


(アドリブじゃねえ! ちゃんと台本のセリフを言え!)


(せやかてな……俺の台詞、『女子供は帰んな。ここは男の居場所だ』だけやろ? つまらんやん、それ)


(……おまえな)


(さ、どいたどいた。お客さん、戸惑ってはるやん!)


 そう言って、俺の小声の怒声を遮り、修斗がずいっと前に出る。


「おお、これはべっぴんさんお二人やないですか!」


「……ええっと」


「あ、ありがとう?」


 戸惑うユメリアスとアヤノリア。そりゃそうだろう。


「いやいやいや! こんなベッピンさん泊めたなんて、フレイム支店始まって以来ですわ~。いや、ほんま、生きててよかったわ~」


 渋いマスター、台無し。


「ま、マスター! と、とにかく俺達、疲れてるんです! そろそろ部屋の方へ……」


「疲れてはるって……こんなベッピンさん二人連れまわして、お兄さん、なに疲れる事してはるんです? ひょっとして……」


「世界を救ってるんだよ! 何、変な想像してるんだ!」


「変な想像なんかしてへんですって。三人でする事言うたら、セパタクローに決まってるやないですか」


「何だよセパタクローって!」


「セパタクロー、知らへんのですか? ほら、マレーシアの国技で、サッカーとバレーの中間みたいな……」


「セパタクローの説明を求めてるんじゃねえ! 三人、イコールセパタクローになる発想を聞いてるんだ!」


「最近、ブームでっしゃろ?」


「一体どこの局地的ブームだ! 聞いた事無いぞ!」


「え! 兄さん、ブームに乗り遅れてますやん。セパタクローブーム知らへんって……何してはったんですか?」


「だから、世界を救ってたって言ってんだろうが! 早く部屋に案内しろ! 疲れてんだよ!」


「……そうして、部屋に入ったあと、また疲れる事をされるんですかい?」


「おい、まて! 今のは絶対セパタクローじゃねえよな?」


「……ひゅーひゅー」


「誤魔化し方が昭和だ! しかも口笛、拭けてないし!」


 ……疲れた。何より悔しいのが、観客が爆笑してるってこと。何だよ、これ。


「ちょ、ちょっと、こた……じゃなくて、コタロー」


 ユメリアスがくいくいと、俺の袖を引っ張る。


「そ、そろそろ、部屋に入りましょうよ」


「あ、ああ。そうだな。マスター、取りあえず部屋を三つ用意してくれないか?」


 少し落ち着く。取りあえず、部屋を用意して貰えばこっちのもの。修斗は後でとっちめるとして、とにかく午前の部を終わらせ――


「ああ、すんまへん! 部屋三つ、空いてないんですわ」


「……おい、修斗」


「修斗? 何を仰ってますんや、私は『冒険と旅の宿』フレイム支店長、マスク・ド・ファイアーマンですわ!」


「……訂正する。おい、ひょっとこ仮面。このごに及んでまだふざけるか?」


「いや、ふざけてまへんって! ほんまに部屋、二部屋しか空いてへんのです。ですからお二人様は相部屋になります。堪忍して下さい、兄さん。うちも商売ですんで」


 お前な……そんな細かい設定つけてどうするんだよ。


「わかった。それじゃその二つの部屋で」


「まいど~。せやったら、兄さん、どちらのお嬢さんと泊られます?」


「……は? 何言ってるんだよ」


「……この宿屋で二人で相部屋で泊りはったら、二人の仲は一層親密になるでっしゃろうな~」


 ……おい、何言ってるんだ? こんな所で、別に親密に……


「ユメリアス」


「アヤノリア」


「……」


「……」


「……アヤノリア、今日一杯活躍したから、疲れているわよね? ほら、MPだって使っているし」


「……ユメリアスこそ、前衛で敵と肉弾戦してたじゃない。玉のお肌に傷がついてるんじゃない?」


 ……へ?


「ほ、ほら! いつもアヤノリアには回復魔法とか使って貰ってるし、たまには一人でゆっくり休みなさいよ!」


「ゆ、ユメリアスこそ、いつも直接敵と戦ってるじゃない! 明日も頑張ってもらわないといけないんだから、ゆっくり休みなさいよ!」


「な、なによ!」


「な、なに!」


 ……お前らな。


「ほら、ほら兄さん、美女二人が兄さん取りあってはるじゃないですか……何か本気でムカついてきたわ。コタロー、殴ってええか?」


「黙ってろ、バカ」


 バカは無視して、二人につかつかと歩み寄る。


「こ、小太郎! 小太郎はどっちを取るのよ!」


「そ、そうよ! どっち!」


「……俺の名前はコタローだ。そして、俺は一人で寝る。お前ら二人は相部屋。オッケー?」


「……」


「……」


「……オッケー?」


「「……はい」」


 何だろう……どっと疲れたよ。



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