第三十話 イタい発言をすることはまあ、若いときはままある。

 部長が出て行ったドアをポカンと見つめる。ええっと……はい? つまり、部長は六年間、俺の為に美術部に居たって言うのは冗談だとしても、良い脇役を務めたいって事は嘘じゃなくて……いやいや、それも冗談で……ああ、もう! 訳分かんねえ!




「遅れました……って、葛城だけ?」




 もんもんと頭を抱えている俺にかかる声。委員長だ。




「部長は?」




「脚本が出来てないなら帰るって」




「そっか……うわ、凄い! もうあらかた出来てるじゃない!」




 委員長が部長の席の原稿に目を止める。そこにはスクリーントーンやベタやらが入ってる原稿が置いてあった。




「うわ……やっぱすごいね、部長」




 確かに。『トーン貼りやベタぐらいは出来るだろう』と言ってた癖に、結局一人でやっちまったもんな、部長。ジャブンで月例賞は伊達じゃないか。




「ユメは?」




「まだ練習中。ユメの台詞、途中で大幅に変わったから、大変なんだって」




「そっか」




「あ、伝言『もうちょっと練習したら、そっちに行くから待ってて。一緒に帰ろう!』だって」




「あいつ、大丈夫なのか?」




「何が?」




「ちょっと熱っぽかったから」




「そうなの? そんな風には見えなかったけど……」




「そっか? それじゃ、良くなったのかもな」




 文化祭まで一週間。ユメも楽しみにしてたし、本番で風邪ひいて出られませんでした、じゃ、ちょっと可哀そうだからな。




「……良く見てるわね、ユメの事」




「ん? そうか?」




「そうよ。今日なんか私、ずっとユメと一緒に居たけど全然気付かなかったもん」




「まあ、兄妹だからな」




「『義』兄妹でしょ?」




「そうだけど……」




「うーん……ちょっと妬けちゃう」




「……まさか委員長も、そっちの趣味か?」




「そっちってどっちよ?」




「マリア様がみてる方」




「……? そ、それって、部長が言ってたゆ、百合とか? ば、バカ! そんな訳無いでしょ! 私はちゃんと男の子の方が好きよ! あと、あれは別に百合小説じゃないわ!」




「そうか?」




「大体、普通ちょっと妬けちゃうって言ったら、『え、お、お前……俺の事……』みたいな展開になるでしょうが!」




 ……?




「は?」




「は? じゃないわよ! この鈍感!」




 そう言って、ふんと横を向く委員長。何だよ?




「もう……まあ、いいわ。とにかく、ユメと葛城は仲が良いって、事」




「そうか?」




「だって……兄妹って言っても、赤の他人でしょ? いくら同じ家に住んでるからって、仲が良すぎるもん」




 俺は元々一人っ子だから、その辺の感覚が分からんが……そういうもん?




「……ユメと葛城は、付き合ってるんじゃないか、って評判よ」




 ……。




「はあ? んな訳あるか」




「で、でも、あれだけ仲が良いし! その……学校でもいちゃいちゃしてるし」




「いちゃいちゃ何かしてねえよ! なに言ってるんだ、委員長」




「だ、だって! その……二人とも名前で呼び合ってるし!」




「同じ葛城だからだよ! 区別がつかんだろうが」




「そうだけど……じゃあ、本当に二人は付き合ってないの?」




「当然だ」




「……良かった」




 そう言って、ほっと胸を撫で下ろす委員長。何が良かったんだ?




『おいおい、分かってるくせに~』




 デビル小太郎……久々だな。




『委員長もお前の事が好きに決まってるだろう? だから、お前がユメと付き合って無くって良かったって言ってるんじゃないか!』




 おいおい……そんな訳ねえだろう。自信過剰だな、デビル。




『へ! 情けねえな! ユー、ここでガバッと頂いちゃなYO!』




 キャラが違うぞ、デビル。それに、相方はどうした、相方は。




『……師匠は急性アルコール中毒で運ばれた』




 さいですか。




「どうしたの、葛城?」




「ん? 何でもねえよ」




 そう言って、『ナザレのイエス』のカンバスへ向かう俺。劇の練習も忙しかったし、絵の方は手つかず。まあ、文化祭に出展する訳でも無いので焦らず行こう。




「……良い絵ね、これ」




 そう言って、俺の隣で絵を見る委員長。




「ありがとうよ」




「……うん。凄く、いい。葛城の描いた絵で……二番目に好き」




 そう言って、目を細める委員長。ん? 二番目?




「……一番じゃないのか?」




「うん。残念だけど、これは二番」




 結構、良い出来だと思ったんだが……つうか、これより良い手応えの絵なんて、書いた事無いぞ俺。




「あ、勘違いしないで。この絵は凄く素敵よ! なんて言うのかな……その……私が思い入れのある絵は、また別にあるって事」




「どれだよ? 夏に書いてたやつか?」




「ううん」




「それじゃ……分かった! 去年の大会に出したあの……」




「ううん……もっと前」




「もっと前?」




 ……皆目見当がつかん。




「覚えて無いかな? ほら……中等部の一年の時に書いてたやつ」




「中等部? おい、四年も前の話だぞ。俺、あの時よりは巧くなってるつもりだったんだけど……」




「だから言ったじゃない。『私の思い入れのある絵』って。ほら、中等部の一年の時の夏休みの……」




「……あ! あの風景画か? 油絵の」




「そう! アレが一番好き」




 思い出した! 中等部一年の文化祭の前に描いてた青空と雲の絵。夏休み潰して描いた、確か……俺が初めて描いた油絵だ。




「でも……あの時、委員長まだテニス部だったよな? 見る機会あったっけ?」




「うん。私も部活で練習があったから、学校に来てたの。そしたら葛城の姿が見えたから思い切って声をかけたのよ。興味あったし、貴方に」




「興味? 俺に?」




「ほら、葛城ってあの頃から修斗と仲良かったじゃない? それで、修斗ってどっちかって言うとクラスのムードメーカー的な……」




「バカだったな」




「……否定はしないけど。でも、葛城は修斗と居てもどっか一歩冷めた感じっていうか……別に、ノリが悪い訳じゃないんだけど、落ち着いた雰囲気っていうか、枯れていたっていうか……」




 ……枯れていたって。酷いな、おい。




「それで、外で写生してた葛城に私、言ったんだよ? 『うわー、葛城、絵が巧かったんだね!』って。油絵自体見るのも初めてだったし、凄い感動したの」




「ほう」




 そう言って委員長はにっこり笑って。






「でも、葛城はバッサリ一言。『……どこが?』」






「……」




 ……マジか? 中等部一年の俺! どんだけ社交性が無いんだよ! つうか、だいぶイタイ発言じゃねえか、おい!




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