第三十一話 委員長と呼ばないで!

 じとーっとした目を向ける委員長に俺は慌てて手を振って見せる。


「そ、それは……ホレ、アレだ! 照れてたんだよ、多分!」


「いや、絶対に違うね! 凄い冷めた目してたもん!」


 どうした、俺! 病んでたのか? 病んでたんだな!


「そんなの言われたら、私も言葉に詰まるじゃん」


「……申し訳ない」


「その後、葛城は私の方なんか見向きもしなかったし」


「……重ね重ね申し訳ない」


「しかも、なんか不機嫌そうな顔で……」


「本当に申し訳無かった!」


 もう勘弁して下さい! 多分、魔が差しただけっす!


「ふふふ。でね。流石に私も居心地悪くなったから、聞いたのよ。『絵を描くのって、面白い?』って。当たり障りのない質問だなって自分でも思ったんだけど……葛城、なんて答えたと思う?」


「……覚えてない」


「『今はまだ、わかんねえ』って」


「……は?」


「分からないって答えたのよ、貴方」


「……意味が分からんぞ、当時の俺」


「私もそう思った。分からないって、どう言う事? って聞いたら、『この絵が完成して、その次の絵が完成して、またその次の絵が完成して……いつか自分で満足する絵が描けたら、きっと面白くなると思う』って……そう言って、笑ったの」


「……」


 とても、暖かい目を委員長はこちらに向けて。



「……詩人だな、って思った」



……うおおおおお! 何だ、中等部時代の俺! どんだけ格好つけてるんだよ! ナルシストか? ナルシストなのか! お前は自分の顔を鏡で見ろと、小一時間問い詰めたい!


「いつも冷めてた貴方が、こんな良い笑顔で笑えるんだって、びっくりした。その時、思ったの。『ああ、この人がいつか本気になる姿を見てみたい』って」


 そう言って、本当に綺麗な微笑を見せる委員長。


「これだけ絵が巧い人が、片手間じゃなくて、本気で絵を描いたらどんな素晴らしい絵を描くんだろう? その時、この冷めた人は、どんないい笑顔で笑うんだろう? そう思ったらもう、いてもたっても居られなくなって……テニス部を退部して、美術部に入ってたわ」


だから、そのきっかけをくれたあの絵が、私は一番好き、と笑う。本当に……本当に綺麗な笑顔で。


 が、不意にその綺麗な顔を膨らませる委員長。


「でも、入ってみたら入ってみたで、葛城は全然本気になる気配は無いし!」


「……すいません」


「……本当は、何度もその事を言おうかと思ったんだけどね。部長が『やる気は人に言われて出すものではない。自身で出さなきゃ意味が無い』って言うから……」


「……」


「でも……葛城がやる気出すようになったの、ユメに言われたからでしょ?」


「……違うよ」


「嘘。最近、葛城今までと違うもん。何て言うか……格好いいよ」


 そう言って、照れたように頬を染める委員長。


「……葛城は……本気になればもっと素敵だと思ってた」


「……どうしたよ、急に」


「ん。そう思ってただけ、っていう報告と……それをしたのがユメだっていうのが、ちょっと悔しい、っていう愚痴」


「……」


「……」


「……」


「……ねえ、こないだの覚えてる?」


「こないだ?」


「葛城が、王子様に選ばれたとき」


「ああ」


「あの時、私は『美術部で練習しやすいから』って言ったけど……その……嫌いな人間と、ラブシーンをしてまで、クラスに尽くすほど私は出来た人間じゃないから」


 そう言って頬を染める委員長。


「そ、その……本当は、私、葛城の事……好きだから! 四年前のあの時から、ずっと!」 


 ………………は?


「…………え?」


 恐らく、唖然とした顔をしてたのだろう。委員長がわたわたと手を左右に振る。


「あ、で、でも! す、すぐに返事が欲しいって訳じゃないの! 今、返事聞くのは凄く怖いし! な、なんかモタモタしてたらユメに取られそうで、ついつい言っちゃいました! だ、だから頭の片隅にでも置いておいて貰えると良いぐらいです!」


「……あ、ああ」


 な、なんだコレ! いつから俺の人生はギャルゲーチックな展開を迎える様になったんだ! あ、アレか! 『人生には三回、モテ期がある』ってやつか!


「さ、さて! そ、そろそろ帰るわ!」


「も、もう帰るのかよ?」


「う、うん! そ、その……こ、小太郎に告白して、恥ずかしいし!」


 ……ん?


「委員長?」


「な、なに……そ、その……こ、小太郎!」


 聞き間違いじゃなかった。委員長が俺の事、下の名前で呼んでる!


「ち、違うのよ! そ、その……ほら、私、中等部の一年の四月から学級委員長じゃない?」


「あ、ああ」


「そ、それで、葛城はずっと私の事『委員長』って呼ぶから、何か私だけその……こ、小太郎の事、下の名前で呼んだら負けみたいな感じがして! 半分意地になって葛城って呼んでたら、いつの間にかその呼び方が定着しちゃって、何だか今さら変え難い雰囲気でありまして! で、ですが! 勢い余って告白なんかしちゃったし、その、そろそろ呼び方を変えてもいいかと思った所存であります!」


「しょ、所存でありますか」


 何キャラだ、それは。


「……出来れば私の事も……委員長では無く、『綾乃』と呼んで欲しい所存であります」


「……所存でありますか」


 ふうと、深呼吸。


「その……あ、綾乃」


 瞬間、ふっといいんちょ……綾乃の顔が綻ぶ。


「なに! 小太郎!」


「いや、そんなにいい返事をされても。呼んでみただけだ」


「そ、そっか……」


「……はは」


「……はは」


「そ、それじゃ、私、か、帰るね!」


「お、おう! 気をつけてな!」


「う、うん。じゃ、じゃあね!」


 そう言って、わたわたと部室を後にする綾乃。その背中を俺は呆然と見送って。



「……綾乃」



 一人、部室で名前を呼んでみる。『綾乃』と。


 ……おれ、キモッ!


 こんな姿、人に見られたら生きていけ――


「……何やってんの、アンタは。一人でにやにやして。気持ち悪い」


 不意にかかる声に、恐る恐る振り帰って俺が見たのは、腕を組んで……まるでミジンコでも見るような目でこちらを見るユメだった。


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