第二十八話 頑張れ、沢渡先生!


「くしゅん」


「どうした? 風邪か?」


「んー……そんな事無いと思うけど」


 お姫様……と、言うよりは何だかRPGの武闘家みたいな恰好をしたユメ。そのおでこに手を当ててみる。


「ななな、何してるのよ!」


「熱は……無いかな? ちょっと熱いけど」


 でも……しんどいんじゃないか? 顔、真っ赤だぞ?


「大丈夫か? 無理するなよ」


「あああああ、ありがと! 大丈夫! ほ、ほら、衣装が出来たから興奮しているだけ!」


 そう言って可愛らしく握りこぶしを握るユメ。


 文化祭まで残り一週間を切った。学校中が文化祭一色ムードの中、我がクラスも例外では無い。今日は俺達のクラスの出し物、『BOP・バトルオブプリンセス』の衣装合わせの日。あっちこっちで、役の衣装に身を包んだクラスメイト達が。


「書けない! 書けないのよ!」


 そんあ盛りがっている放課後の教室に、沢渡真琴大先生の声が響く。


「ど、どないしてん! 沢渡。書けへんって……」


 文化祭の出し物が決定してからの沢渡の動きは早かった。翌日にはプロットを仕上げ、クラスに披露。現国教諭である姉御の全面バックアップもあり、シナリオは順調に進行し、部長の予言通り三日後には完成と相成った。台本を貰ってすぐに俺たち美術部一同は沢渡の元へ。美術部の展示でこれを漫画にしても良いかの許可を貰いにだ。


 初めこそ『恥ずかしいわ』などと乗り気でなかった沢渡だったが、美術部部長がサ総研の創始者だった事を知ってからは『あの……伝説の『暁の使者』が美術部の部長さんなの! きゃ、きゃー! さ、サイン! 委員長、ユメ、葛城! さ、サイン貰ってきて!』と一転、快く応諾してくれた。つくづく……何者だ、あの人は。


 ここまでならめでたしめでたしの良い話なのだが、沢渡大先生、『こんなシナリオを『暁の使者』に見せるなんて出来ないわ! 書き直し……書き直しよ!』とか何とか言い出して、いきなり分量を二倍に増やす、と言う愚行をしやがりやがった。まあ、非常に悔しい事に、二倍に増やした話の方が格段に面白い為、なかなかクラスメイトも苦言を呈し難くく、舞台は午前に第一部、午後から第二部の二本立てで行う事になった。

「そうはゆうても……あとワンシーン、ラストのところだけやろ? 最初の展開みたいに、ハーレムエンドでええんちゃう? 王子様が結局どっちも選ばれへん、みたいな」


そう言って沢渡に話かけるのは、手芸部のエースが作った大航海時代の航海士みたいな恰好をしている修斗。修斗は物語の途中で王子様たち三人が泊る事になる『冒険と旅の宿』の渋いマスター、マスク・ド・ファイアーマンの役。


『冒険と旅の宿の渋いマスターで、名前がマスク・ド・ファイアーマンやって! な、なんやそのめっちゃ格好ええ設定と名前は! すまんなコタロー! 主役、喰うてまうわ!』


『……そうか』


 嬉しそうに肩を叩く修斗に、俺はそれ以上の言葉をかけれなかった。言えない。マスク・ド・ファイアーマンを日本語に翻訳すると『ひょっとこ仮面』だなんて、絶対に言えない。


「ハーレムエンド? じゃあ聞くけど大場。あんた、委員長とユメに二股かけるような男がいたらどう思うのよ?」


「委員長とユメちゃんに二股やねんて、そんなふざけた男、簀巻きにして紀ノ川沈めたるわ。まあ、全然現実味あらへんけど」


「でしょ? リアリティ無いでしょ?」


「せやけど、お芝居やし、時間もないねんで?」


「分かってるわよ! だから悩んでるんでしょ!」


 そう言って頭を抱える沢渡に、修斗も諦めたように肩を落とす。


 ラストシーンはお姫様二人……つまり、ユメと委員長が王子様役である俺に告白するシーン。その告白の時の長台詞で沢渡は詰まっているのである。シーン的にも見せ場のシーンだし、出来る事なら早めの完成でしっかり練習したいのだが……


「……うう……帰ってドラマ見て参考になりそうな台詞探してくる」


 そう言って頭を抱えたままカバンを手にする沢渡。


「うらむで、コタロー。って言うか美術部」


 その姿を横目で見ながら修斗がそんな事を言ってくる。まあ、気持ちは分からんでも無いので、俺も素直に頭を下げておく。


「……すまん」


「まあ確かに脚本も面白うなったし、皆真面目になってんから、良かったのは良かったんやけど……」


「……沢渡先生に頑張って貰おう」


「せやな」


「と、悪い。沢渡も帰ったし、俺も美術部に顔出してきていいか?」


「ん? まあええやろ。コタローはいっつも真面目に練習しとるし」


 そう言って応諾してくれる修斗。本来は脚本兼監督で沢渡が仕切るのが普通だろうが、先生は執筆に似詰まっているようだし、言い出しっぺの修斗が役者兼監督みたいな事をしている。お調子者だがクラスのムードメーカーである修斗のカリスマ性は結構あるらしく、今では修斗に一言いってから帰るのが通例。


「すまんな」


「ええよ。ユメちゃんと委員長は……ああ、あっちはあっちで必死やな」


 主役二人の台詞は多いし、絡みのシーンも多い。どうやら王子様を奪い合うシーンの練習中のようだ。本番では俺もあそこに居るのだが、台詞は無くオロオロする演技だけらしい。沢渡曰く、俺は素にしていれば十分出来る演技らしいが……どういう意味だろうか。


「ほなら二人にはコタローは部活に行ったって言うとくで」


「ああ。それじゃあな」


 修斗にそう言いひらひらと手を振って俺は部室への道を急いだ。


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