第二十七話 美術部の展示、ケテーイ

 結局、五分ほどで部長は戻って来た。まあ部活は始まったばかりだし、冗談抜きで早めに美術部の展示も決めてしまいたい。


「やっぱり、普通に絵の展示をする? 葛城の『ナザレのイエス』、良い絵だと思うし」


 美術部の黒板の前で、司会進行役をやる委員長がそんな事を言いながら俺に視線を向ける。


「いや……部長、あの絵、本当に良かったと思います?」


 部室の椅子の上で、不貞腐れた様に座る部長は、俺の声にちらっと視線をよこした後、また不満そうにそっぽを向く。


「……何年の付き合いだと思ってる」


「四年、ですかね?」


「それなら、そろそろ分かれ」


「……何をです?」


「私は冗談は言っても、嘘は言わん」


 ……ありがとうございます。


「部長がこう言ってくれるなら俺はアレ、都展に出したいと思うんだけど……」


「……そっか。葛城がそう言うなら仕方ないわね。葛城は今からもう一枚描くのは無理だろうし……部長はどうします?」


「気分が乗らん」


「……それなら、ユメと私の飾る?」


「へ? わ、私の? い、いいよ! 私は皆ほど上手く無いし、それなら委員長のだけ飾ってよ!」


「私の一つ飾っても美術部の展示にならないでしょうが……」


 呆れたようにため息をつく委員長。ユメも決して下手では無いが、やっぱり描いてきた時間が違う。美術の時間ならともかく、流石に美術部の展示と言うには、ちょっと……


「このまま話をしても埒があかん。お前らの演劇を同人誌にする。それが美術部の展示だ」


 ガタンと椅子を引いて立ち上がった部長が部室を見回してのたまう。この人は……


「部長! まだそんな事言ってるんですか!」


 俺の声を無視し、部長は委員長に視線を止める。


「綾乃。脚本はどれぐらい出来てるんだ?」


「きゃ、脚本ですか? ええっと今日決まったばかりだから、まだ全然じゃないかと……」


「なら、脚本が上がるのは早くて三日後ぐらいだろう。直しが入ったり、途中で修正が入ったりしたら、実質練習時間は一週間ほどだ」


 逆算したら、確かにそうなるな。


「どれぐらいの劇をやるのか知らんが、一週間やそこらで台詞を全部覚える事が出来るのか? 無理だろう?」


「……」


「……」


「……」


「沈黙は肯定だな。それならば、台本をネーム代わりにして漫画を描けば、描きながら台詞を覚える事が出来る。視覚効果で覚える方がただ文字を読むよりも記憶が定着しやすいしな。漫画『日本の歴史』なんかと同じ要領だ。美術部の展示も出来て一石二鳥。どうだ」


 ぐうの音もで無い、正論。


「でも、部長……二週間で漫画なんか描けるんですか?」


「大丈夫だ」


「……大丈夫って」


「私が、週刊少年ジャブンに投稿した時は一週間で描いたぞ。58ページだ」


「……はい?」


「だから、中等部の一年生の時に美術部と掛け持ちで漫研に在籍していた事があったんだ。その時、月例賞に出したら受賞した。その漫画が一週間だ」


「……」


 言葉も無い。そもそも漫研に居たのなんて初耳だぞ、おい。


「お前ら三人がベタやトーンやホワイトなんかの、所謂アシスタント業をやってくれれば、作業工程は五分の一ぐらいになる。美術部なんだから、それぐらいは出来るだろう?」


「やったこと無いですけど、部長が教えてくれるんなら……って、部長、漫研に居たんですか?」


「一年の夏までだ。音楽性の違いで脱退したが」


「漫研でしょ! 音楽性の違いってなに!」


「流行っていたアニメの主題歌の解釈で当時の高等部の部長と口論になってな。ムカつく部長だったからサブカルチャー総合研究会というサークルを作って、漫研を潰してやった」


「サ総研! アンタが首謀者か!」


「知ってるのか? あっちはあっちで飽きたから放っておいたんだが……まだあるんだな、サ総研」


 まだあるんだなって……貴方らのしょうもない口論がきっかけで、心にトラウマを抱えている先生だって居るんですよ、この学校。


「それにしても部長、油絵専門だと思ってたんですけど……漫画なんて描くんですか?」


 俺の言葉に、部長がぎろっと睨む。


「漫画『なんて』だと? 失礼な事を言うな!」


「あ、す、すいません。失言でした」


「ふん! いいか、小太郎。この国が世界に誇る文化はフジヤマ、ゲイシャ、ジャパニメーションぐらいしか無いんだぞ! 後はサル真似に過ぎん!」


「アンタの方が失礼だわ! 謝れ! 燕市の職人さんに手をついて謝れ!」


 ノーベル賞の晩餐会で用いられる食器は燕市で作られています。


「でも……ジャブンの月例賞って凄くないですか? 漫画家になれば良かったのに」


「取ったら取ったで担当がついて、ああしろ、こうしろと好きに描かせてくれない。うるさいから辞めた」


「……」


 勿体ない。担当が欲しくて欲しくて堪らない漫画家や小説家の卵たちが日本に何人居ると思っているのだろう、この人は。


「とにかくだ! 他に方法も無い! 何か質問は!」


「ええっと……漫画だけですか?」


「部室も漫画家の仕事場みたいに改装する。スケッチやラフ画も置けば雰囲気が出るだろう」


「時間は大丈夫でしょうか?」


「お前らが足を引っ張らなければむしろ余裕だ」


「製本とかは?」


「コピー紙で対応! オフセットは無理!」


「お金、取るんですか?」


「中高生がニコニコ現金払いできる程度には貰う。紙もタダじゃないし」


「えっちなのは……」


「イケないと思います!」


「……」


「……」


「……」


「……本当に、出来るんですかね?」


 不安そうに尋ねるユメに、部長は不敵な笑みを浮かべる。



「出来る。何度も言わすな。私は冗談は言うが……嘘は言わん」



 ……美術部の展示、ケテーイ。


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