第二十六話 なんてベタな……
「ぶ、部長……それはちょっと……確かに部長、いつも葛城にはそんな感じですけど、今回はちょっと酷すぎません? 葛城、一生懸命描いてましたし、絵の出来も悪くないですよ?」
委員長がフォローに回ってくれる。そうだ! もっと言ってくれ!
俺の心の内なる声とは反対に、委員長は黙り込む。いや、正確には部長を睨みつける。しばし、二人で無言で睨みあった後、部長がため息をついた。
「……おい、小太郎」
「何ですか!」
「お前のこの絵は、文化祭の為に描いたのか?」
「当たり前でしょうが! 文化祭以外の何のために描いたんですか!」
「そうではない。この絵は、文化祭への昂揚感で描いたのか? と聞いている」
「……」
言葉に詰まる。確かに、文化祭で展示する為に絵を描いた。だが、仮に文化祭じゃなくて……例えば、街の小さな絵画コンクールとかでも同じぐらいの絵を描けたと思う。
「今までの小太郎とはタッチ、色遣い、陰影の強弱、そういった物が全然違う。三か月前の絵と見比べてみろ。同じ作者が描いたとは思えないぞ」
「……」
「折角、このレベルの絵が描けたんだ。小太郎、お前もクラスの演劇で重要な配役になったんだろう? 当然、劇の練習にも注力する必要がある。二兎を追うもの一兎を得ずではないが、どうしてもどちらかが……最悪、どちらも中途半端になる。何も焦って文化祭に照準を合わせて仕上げるのではなく、もう少し時間をかけて、納得のいくものに仕上げて大きな大会に出してみるのも良いのではないか?」
「……部長」
「お前は技術自体は申し分ない。元々、『ここまででいいや』というのが無ければ、もっと早く上手くなっていた筈だ、お前は。問題はモチベーション、『やる気』の方だな。ならば文化祭に出品するよりは、大きな大会の方がよりモチベーションも高まり、もっと仕上がりが良くなると思うが、どうだ?」
そう言って部長は優しく……中等部から四年の付き合いだが、初めて『優しい』笑顔を見せた。
「……部長、私、部長の事を勘違いしていました!」
そう言って感動したのか、軽く涙ぐむユメ。何も泣く事は無いだろうに、と思いながらも、若干俺も涙腺が緩くなる。
「わかりました、部長。ありがとうございます」
「ふん。分かればいい」
そう言って顔を逸らす部長。気のせいか、頬が少し赤い。なんだ、部長もちゃんと認めてくれていたんだ。それなら、俺、もっとがんば――
「……上手く行ったぞ。後は綾乃とユメをかる~くノせて、コイツらの劇の同人誌を描く。美術部と一年一組のコラボ作品とか言えば問題なかろう……なんせ、一年生でも指折りの美女二人の同人誌だ。一冊千円でも買う人間は居るだろうし、18禁にしたら……くっくっく、最高の作戦だ!」
「心の声を口に出して喋って無かったらね!」
俺の大声に、慌てて部長が口を紡ぐ。アホか! アホなのかこの人は! いまどき漫画でもやらんぞ、そんなベタな事!
「っく! だ、大丈夫だ! 可愛く描くから!」
「そういう問題じゃねえ!」
俺から顔を逸らし、委員長の方を向く。
「エロは控えめにする……そうだな、かるーく触手が……」
「絶対いやです! 何考えてるんですか!」
頬を赤く染めながら……照れだけじゃなく、怒りだな、ありゃ……そう言う委員長。
「そ、その……ユメ~」
「……」
ユメは無言の冷めた視線で部長を見やる。まるで、さっきの感動を返せと言わんばかりに。
「う……うえーん! 皆がいじめる! やましい気持があった訳じゃないのに! ちょっと株で大負けしたから取り返そうと思っただけなのに!」
そう言って泣き真似をしながら部室を飛び出す部長。余談だが、驚くほど似合わない。うえーん、って。そもそも十分やましいと思うし。それにしてもデイトレード、負けたのか。まあ、株価は酷い事になってるし……
「……私、部長の事ちょっと尊敬したのに」
肩を落とすユメに、俺と委員長が二人で肩に手を置いて……三人同時にため息をついた。
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