第二十五話 天英館高校のジャイ〇ン



 俺の言葉に手をポンっと打って見せ、部長はにっこりと笑って見せる。


「いや、今気付いた。小太郎の言うとおりだな。盲点だった」


「なんで! それが一番重要でしょう!」


 ああ、もう! 何でウチの部長はクラスの連中よりも輪をかけて無茶苦茶な人なんだ! 何考えてんだ、この人は!


「ほ、ほら、葛城も落ち着いて。部長も悪気があってした訳じゃ……」


「委員長! この人には悪気しか無い!」


「そ、そんな事は……」


 言葉に詰まる委員長。ほれ見ろ!


「仕方ない。この美術品は明日返してこよう」


「是非そうして下さい!」


 吐き捨てるようにそう言って、俺は自分の席につく。


「どうした? 小太郎が心に余裕が無いのはいつもの事だが、今日は一段と荒れているな。何かあったのか?」


「……実は」


 ユメと委員長が事情を説明する。別に、俺荒れてるつもりは無いんだけど……


「ほう。ユメと綾乃が主役で、小太郎は相手役か」


「……」


「美味しい役じゃないか、小太郎」


「……羨ましいなら、いつでも代わりますよ?」


「同じクラスならそうしたい所だがな。それに、残念ながら私は自分のクラスの出し物がある」


「自分のクラスの出し物? 受験生なのに、文化祭エントリーするんですか?」


「中高併せて六年通った学校の最後の文化祭だ。そりゃ参加するさ」


 部長の言葉に、俺も驚きを隠せない。天英館高校の文化祭は一、二年生は強制参加だが、三年生は自由参加。学校に来なくてもいいし、受験の山場であるこの時期に文化祭なんかに参加してる暇は無いと思うが……


「まあ、そうは言ってもお前らのクラスみたいに、準備が必要な演劇なんかは出来ないからな。雰囲気だけ味わうという事で、軽い飲食店を出す」


「ああ、そういう事ですか。何作るんです? 時間があれば俺らも食べに……」



「来てくれるか? 三年三組『白い粉』に」



「……はい? 白い粉?」


「そうだ」


「アンタは、文化祭に何出すつもりだ!」


「何って……アレだ。東南アジアの方で栽培……じゃなくて、育てられてる植物から採れる白い粉をこう、加工……でも無くて、調理してだな」


「それ以上言うな! 文化祭をつぶす気か!」


「なにを言ってる。白い粉など珍しくも無いだろう。事実、芸能界や政財界でも好きな人は……」


「お願いだから辞めて! 今、そういうのは世間の風当たりが強いから!」


「変な奴だな? 何をそんなに怯えている?」


「むしろ貴方の平然さが怖いわ!」


「小太郎は嫌いなのか?」


「好きも嫌いもあるか! やった事無い!」


「なに? 今の現代日本でやったこと無い人間が居るのか?」


「むしろ大多数だ!」


「ふむ……もしかして高級料理か? 『お好み焼き』は」


 一瞬、時間が止まった。はい?


「……は?」


「どうした?」


「……部長……貴方のクラスは、何をするんですか?」


「何って……『お好み焼き屋』だが?」


「……」


「……」


「……紛らわしい言い方をするな!」


「うお! な、なんだ急に。ワケも無くキレる現代の若者か?」


「ワケありまくりだ! なんでそんな言い方をする! 普通にお好み焼き屋さんでいいでしょう!」


「いや、お好み焼きやたこ焼きの事を『粉物』と言うだろ?」


「言うけど! 確かに言うけど! 白い粉なんて言ったら別の物思い浮かべるでしょうが!」


「小麦粉以外の何を思い浮かべるんだ?」


「アンタは、小麦粉の事『白い粉』って言ってる人間を見たことあんのか!」


「コントなんかでは良くみるぞ?」


「だから、それが既にネタでしょ! 白い粉、イコール麻薬! これが日本の常識!」


「麻薬って……小太郎、そんなもの、文化祭で堂々と売るわけ無いだろう……」


「アンタに言われたくないわ! むしろアンタは堂々と売りそうだ!」


「失敬な奴だな。お前は私の事を何だと思っているんだ」


「バカだと思ってるよ!」


「……本当に失敬な奴だな。目上の者にそんな口の聞き方をするなんて、常識の無い奴だ。先輩として、私は悲しい」


 呆れたようにため息をつき、机に頬杖をつく部長。いや、貴方には常識云々を言われたく無いんですが……


「まあいい。それより、美術部の展示についてだ」


 そう言ってぐるりと室内を睥睨し、俺らの顔を見る部長。


「展示って……こないだまで描いてた絵じゃないんですか? 葛城とか、殆ど完成してますけど」


 そう言って俺の描いた『ナザレのイエス』を指差す委員長。ほら、一応ミッション系学校だし、文化祭ぐらいはキリスト教題材の絵にしてみたって訳。モチベーションをあげてから描いた絵だけあって、出来は今までで一番いい。自信作だ。


「ふん。そんな、下らない絵を展示してどうする」


「下らないって何ですか、下らないって! 結構上手く描けたと思っているのに!」


「絵の技術レベルを云々言っている訳ではない。題材が下らない。『ナザレのイエス』だ? ふん、しょうもない」


「しょうもないって! 一応ココ、ミッション系学校ですよ! キリストは信仰の対象でしょうが!」


「信仰、信仰と言うなら、他に信仰するものがあるだろう?」


「……例えば?」


 俺の言葉に、呆れたように部長がため息をつく。


「いいか、小太郎。お前は何部だ?」


「……美術部ですけど?」


「だろ? ならば、この部で一番偉いのは誰だ?」


「……」


 黙る俺。そんな俺に部長はそのご自慢の豊満なバストをはって。



「信仰の対象なら、この美術部部長たる私を描け!」



「お好み焼きを白い粉とか言う人間を信仰できるか!」


「高貴さは似たような物だろう!」


「何処が! 貴方の何処に聖者の面影があるんですか!」


「キリストだって聖者ではない! 自身で悩み、傷つき、そして成長する一人の人間だ!」


「何か急に真面目な事言ってる!?」


「それこそ、キリストだって――」


「やめろ! それ以上はいけない!!」



「だがな……『私は神の声が聞こえる』って言って、わずかな弟子を連れて諸国漫遊布教の旅だぞ?」


「部長、マジで勘弁してください。熱狂的な信者に刺されてしまいますよ?」


「言論の自由が無くて何が『自由』と『友愛』か」


「自由ってのは何をやっても良いって免罪符では無かったと思うんですけど!」


「とにかく! その絵は却下だ! どうしても何かに出したいならコンクールにでも出せ! 文化祭で飾るのは認めん!」


「横暴だ! 貴方の何処に『自由』と『友愛』があるんだよ!」


「部長の意見は絶対だ! 昔の人は言っただろう! 『小太郎の癖に生意気だぞ』と!」


「それは昔の人じゃない! ジャイ○ンが言ってただけ! いや、正確にはジャイ○ンもそんな事は言ってない!」


「うるさい! とにかくその絵は却下! 反論は認めん!」


 うわ、有り得ねえ! そんなのアリかよ! なんだよ、この人!!

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