第二十一話 スキノキモチ
「……ご馳走様」
「お、おう。お粗末さまでした」
洗い物は私がする! と主張するユメに任せ、俺はリビングのソファに腰を下ろし、一つ深呼吸……うし、落ち着いた。
「……よし」
「何が『よし』なの?」
その声に振り返れば、そこにはエプロン姿のユメの姿。っておい! エプロンの前の方で濡れた手を拭いてる姿は、何だか新婚の奥さんみたいで、とっても可愛く見えるんですけど! 落ち着け! 落ち着け俺!
「……よし」
「? だから、何が『よし』なの?」
「……色々あるんだ、男の子には」
「……変な小太郎」
苦笑しつつ、俺の隣に腰を下ろすユメ。その髪からは、なんだか良い香りが漂って来て、非常にドキドキする。
しばし、俺とユメの間に漂う沈黙。何だか息苦しい様な……そんな沈黙。
「……あのね」
沈黙を破った……否、破ってくれたのはユメだった。
「……なんだ」
「その……ありがとう」
「……料理か? それぐらい……」
「料理もそうだけど……ほら、アクセサリーとかぬいぐるみとか、一日付き合ってくれたのとか……ちゃんとお礼、言って無かったと思って」
不意なしおらしい言葉に、思わず隣のユメを見つめてしまう。
「……なんだよ、熱でもあるのか?」
「……普通、そういう言い方する?」
そう言って頬を膨らますユメ。いつもの調子が戻って来たか、俺も苦笑で返す。
「性分なんだよ」
「……そうだね。小太郎はいつもそうだもんね」
不意に、ふわっとした優しい笑顔を浮かべるユメ。
「根性無しで、やる気が無くて、全然ダメダメで、つっけんどんだけど……大事な所では優しい、いい人」
「枕詞に『どうでも』がつくけどな」
「もう。イイ男は少しぐらい自信過剰でいいのよ?」
「イイ男じゃないんでね」
「目指すんでしょ、イイ男? 香澄さんも言ってたよ。『最近の小太郎、勉強とか、部活とか凄い頑張る様になったわ』って」
「その後、『頭がおかしくなったんじゃないかしら?』とか言って無かったか?」
「……近い事は」
二人で、苦笑。全く、我が子を何だと思ってるんだ、あの母親は。
「……香澄さん言ってた。『ユメちゃんのお陰ね。ありがとう』って」
「……」
「ねえ、小太郎……私の言った事、実践してるの?」
「努力しろ、ってやつか?」
「うん」
「まあ、悪い男よりは良いだろう? イイ男」
「うん。小太郎のそういう素直な所、結構好き」
……『好き』という単語に敏感に反応してしまうあたり、俺もまだまだ純粋な高校一年生だと思う。
落ち着け、落ち着け俺! 今の『好き』は男女の恋愛感情を表す『好き』じゃなくて、『私、ウサギ大好き!』なんかの『好き』だ! 『ラヴ』じゃなくて『ライク』だぞ!
「……よし」
「どうしたの? 何回目の『よし』よ」
「……ホントに、色々あるんだ、男の子には」
「? 変な小太郎」
そう言ってユメが笑って……また無言。今度はさっきみたいな居心地の悪い無言じゃなくて……気持ちいい沈黙。
「……あのね」
「ん?」
「私……こっちに初めて来た時、なんて運が無いんだろうって思ったの」
「悪かったな」
「さ、最初はだって! ……でも、学校に行って、美術部に入って、こないだの……そ、その、で、デートとか……それに、今日とかも……小太郎と一緒に居て……私、運がいいな、って……」
そう言って、ユメが、俺の肩に頭を載せる。華奢な、小さな手を俺の顎に当てて。
「その……ごめんね。最初は殴っちゃって。痛かったでしょ?」
「……気にするな」
「こ、今度は……あんな事しないから……そ、その……」
そこまで言って、赤らめた顔を下に向け、もじもじし出すユメ。な、なんだコレ。そ、そのユメがめちゃくちゃ――
『めちゃくちゃ可愛いじゃねえか!』
ボーンという派手な効果音とともにデビル小太郎登場。どうでもいいが段々登場の仕方が派手になって来ているぞ。
『お、おい! な、何考えてるんだよ! は、早くぎゅってしてやれよ! そ、その……や、優しくさ!』
不意にオロオロし出すデビル小太郎。あれ? なんかキャラ違うくね?
『しょ、しょうがないだろう! なんて言うかその……こういう『相手の好意込み』みたいな状況初めてなんだから!』
……なんてチャンスに弱い奴だ。
『ふふふ。落ち着きなさい、デビル小太郎』
『し、師匠!』
エンジェル登場。師匠だけあって素敵なハンドル裁きを期待したいところ。
『こういう時は、素数を数えると良いのです。古の主人公たちもやっている由緒正しい行いです。良いですか? 1、3、5、7、9……』
『師匠、それは素数じゃなくて奇数です!』
駄目だ。コイツも十分テンパってる。まあ、エンジェルだ、デビルだと言っても所詮俺だしな。
「そ、その……む、胸はそんなに無いけど……小太郎が満足するように、が、がんばるから!」
十二分にパニくってる俺に、更にパニくるような事を言って下さるユメさん。や、やばい。俺の理性、もう……モタナイ。
「い、いいのか?」
「……ん。そ、その……や、優しく……して?」
……はい、わかりました。
そっと、ユメの顎に手をやり少し上を向かす。潤んだ瞳は、妖艶と言うよりは可憐。何かを期待する様な、それを拒否する様なそんな瞳。
その瞳が、ゆっくり閉じられた。小刻みに震えるユメの肩にそっと手をのせる。
「……あ」
一瞬、びくっと体を震わせるも、安心したように震えが収まった。その姿に心の中で安堵の息をつき、ゆっくり自分の唇を、ユメのその小さなくちび――
「小太郎、ユメちゃん! ただいま~!」
どわぁー!!!
「あら? どうしたの? 二人して」
リビングのドアの前で、不思議そうな顔をする母親。そりゃそうだろ。俺はソファから滑りおちて腹筋してるし、ユメはユメでソファの端っこに捕まって目をまんまるにしてやがる。
「変な二人ね? まあいいわ! 私、お風呂入ってくるね~」
鼻歌なんぞを歌いながらリビングを後にする我が母親の背中を、見えなくなるまで見送って、俺とユメは顔を合わせる。
「……」
「……」
恐らく、心臓が止まる思いをしたのはユメも一緒なのでしょう。元々大きな眼を、びっくりしたように更に大きく見開いて、こちらを見つめている。
「……はは」
「……ははは」
「……はははははは」
「……はははははは」
「……」
「……」
「……私、部屋、帰るね」
「……俺、もう少し、ココにいる」
「……うん」
片言で、ぎこちなく手を振りあい、ユメがリビングを後にする。流石にあんな事があって、『じゃあ、仕切り直しで!』なんて平然と出来る程、俺の精神は成熟していない。
「……」
ソファに座り直し、しばしボーっとする。鼻腔には微かにユメの匂いが残っていた。
「……ユメ」
思い出すのは、潤んだユメの瞳。吸い込まれそうな、そんな綺麗な――
「……あああああああああ!」
……今夜は眠れそうにないぞ、畜生!
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