第二十話 料理修業は一日してならず。


「と……もう六時か」


 短針は気付けば六の所を指している。おお、もうこんな時間か。久々に滅茶苦茶勉強した気がするぞ、おい。


「どうしたの?」


「そろそろ腹が減らないか?」


「そう言われてみれば……」


 ユメがお腹を押さえながら軽く微笑む。まあ、あんだけ頭使えばな。少し休憩って事で。二人して階下に降り、リビングの冷蔵庫の前へ。ダイヤが三つついてる某メーカーの最新型で、おかん自慢の一品だ。中には食材が山のように。


「……どんだけ豪勢な料理を作るつもりだったんだ、おかん」


「そうなの? でも、これだけあれば何でも出来そうじゃん!」


 まあ、確かに。こんだけ材料があれば、そこそこ凝った料理が作れるだろう。ちらっと横のユメに目を走らせれば、キラキラした目で冷蔵庫を見つめてやがる。


「それじゃ作るぞ、料理」


「うん。頑張って」


 ……。


………。


「……は?」


「なに?」


「いや、何じゃなくて……だから、料理作ろうぜ」


「……」


「……」


「……私も作るの?」


「……え?」


「だ、だって! 私、小太郎に勉強教えたじゃん! りょ、料理はそのお礼って事で小太郎が作ってくれればいいじゃん!」


「いや、そりゃ別に構わねえけど……」


 ……ん?


「……お前……もしかして料理……出来ないのか?」


 その瞬間、ユメの顔がかぁーっと真っ赤に染まる。え? マジで?


「だ、だってお前いつも朝、台所に立ってたじゃねえか!」


「そ、そうよ! た、立ってたわよ!」


「立ってたわよって……んじゃ」


「でも、立ってただけだもん!」


「……は?」


「りょ、料理はさせて貰えなかったんだもん! 私が料理しようとしたら、『ユメちゃんは配膳をお願いね』って香澄さんに断られたし!」



「……マジかよ」


 自慢じゃないが、ウチの母親は『立ってるものは閻魔様でも使え』がポリシーと言っても良いほど、人使いが荒い。俺だって小学校の三年ぐらいからは飯の手伝いを散々させられてきた。そのおかんが、ユメに配膳以外の手伝いをさせていないだと?


「……野菜の皮むきとかは?」


「……させて貰えなかったわよ。危ないって」


 何もかつらむきをしろと言ってるんじゃねんだぞ? ウチにはピューラーだってあるのに、それでも危ないって……


 ……いかん。考えるのを辞めよう。なんだかんだ言っても義理の娘。きっとおかんは気を使ってるんだ。そうに違いない。


「……確かに、漫画やアニメのヒロインは料理が苦手な人間が多い。メシマズはそれだけで一つの個性だしな」


「……」


「……だからと言って、別にそこまでキャラをトレースしなくても良いだろうが!」


「う、うるさいわね! 仕方ないじゃない! サキュバスの世界では料理の勉強なんかした事無かったもん!」


「手料理を作ってあげようみたいな乙女心はねえのかよ! もういい! 座っとけ!」


「男女差別よ! 料理なんてどっちがしても良いじゃない!!」


「いや、そりゃ別に良いけどさ?」


 良いけど……なんか、こないだまでと話が違わない? あれ? サキュバスって努力家じゃねーの?


「……分かった。今日は俺が作る」


「……出来るの?」


「一応、小三からキッチンに立っているしな。まあ、男飯だからそんなにインスタ映えするような料理はつくれんが……まあ、食えんことは無いと思う」

「……うん」


「だからまあ、俺が作るけど……お前もちょっとは手伝え」


「……出来るかな、私に?」


 う……そんな泣きそうな顔するなよ。まあ、確かにあの母親が『ダメ』って言うくらいだから道のりは果てしなく遠そうだが……


「……そりゃ、最初は誰だって下手くそだって。だからと言って出来ませんって逃げてたら、一生出来ねえだろ?」


「……そう、だけど……」


 下を向くユメ。ったく……しょうがねえな。


「……教えてやるよ、料理。俺で良ければだけど」


「……ホント?」


 ……現金な奴だな。急に嬉しそうな顔になりやがって。


「とは言え、俺の料理は我流も良い所だけどな。ホントなら母さんに習うのが一番――」


 俺の言葉を遮る様、ユメは瞳を潤ませて上目遣いをして。



「……ううん。小太郎が良い。小太郎に……教えて貰いたい。小太郎と一緒が、良い」



「そ、そっか?」


「……うん」


 潤んだ瞳のままで――って、何だこの微妙~な甘ったるい空気は! ユメさん、頬を染めてるし!




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