第十七話 婦人服売り場は男性的には地獄
「あ、あの服! 可愛くない?」
とあるショップの前で立ち止まるユメ。
「あの服って……どの服?」
「ほら、これ! どう?」
そう言って、俺の手を引きショップの中に連れ込み目当ての服を手に取ってこちらに広げて見せるユメ。ええっと……
「……なんかこう……季節感、バグってね?」
「まあ……これから着る服ではないかも知れないわね。出来ればもうちょっと早くこっちに来ていれば、夏とかにはピッタリだったなのに」
そう言ってユメが広げて見せた服は半袖の白のワンピースだった。こう、なんていうか『夏!』って感じの服で、秋口の今にはあんまり似合わんかも知らん。いや、可愛いのは可愛いんだろうが……
「って、広げなくていいって!」
ああ、周りの視線が痛い。何だろう、『あら、可愛いカップルね』みたいなおば様方の視線が突き刺さるぞ。
「何照れてんのよ? ほら、ちゃんと見て! 可愛いでしょ?」
「まあ、否定はせんが……」
しぶしぶ視線をワンピースへ。何というか……
「何というか……避暑地に居そうなお嬢様感があるよな? 麦わら帽子とか似合いそう」
「でしょ? やっぱり時代は清楚系かしら? 一周回って斬新じゃない?」
マジマジとユメを見て、もう一度ワンピースに視線を戻す。ふむ。
「なによ?」
「それを……着るのか? お前が?」
「どういう意味?」
「いや、どういうって……」
何だろう、この服は可愛いと思う。思うけど……そんな俺の視線に気付いたのか、ユメがこっちに胡乱な瞳を向けてくる。
「……良く分かったわ。小太郎は、これが私に似合わないって言いたいのね? サキュバスの癖に清楚系とか片腹痛いと」
「いや、そこまでは言ってねえよ」
「サキュバスなら、あっちにある様なボンテージでも着ておけと!」
そう言って隣の色っぽい黒の衣装を指差すユメ。いや、まあ……っていうか、なんで清楚系白ワンピースの隣にボンテージがあるんだろう? 品ぞろえがイイと言うべきか、センスが無いと言うべきか……
「いや、そこまでは言わんが……」
「いい! ちょっとそこで待ってなさい!」
そう言ってそこらへんにある服を見繕うと、鼻息も荒く試着室に飛び込むユメ。
「……おーい」
声を出すも、後の祭り。俺の手も、空しく宙を掴むばかり。
「……マジかよ」
想像してみて欲しい。婦人服売り場に一人残された男子高校生の気分を。
「……」
たっぷり数秒間を置いて、俺は溜息をついた。
◆◇◆
「……小太郎?」
時間にして十分ほど。たかが十分、されど十分。女子高生や奥様方の好奇な視線に晒されて、俺の心がそろそろ音を立てて折れそうになった頃、ようやく背中の試着室からユメの声が聞こえた。
「……おせぇよ」
「お、女の子のおめかしは時間が掛かるの!」
「女の子のおめかしってお前――」
振り返って俺は息を飲んだ。ベタな表現だって百も承知しているが、それぐらい衝撃的だった。
「ど、どう?」
「……」
「か、可愛いでしょ?」
「……」
「も、もう! 何とか言いなさいよ!」
「……ああ」
白のワンピースに身を包んだユメ。少しだけ照れくさそうに頬を染めるその姿は、こう、まあ……うん。
「……可愛い」
「え?」
「…………へ? あ、い、いや! ち、ちが――」
「――……ほ、本当?」
照れた様にチラチラと上目遣いでこちらに視線を向けてくるユメ。あー……
「……ああ。びっくりした。そ、その……か、可愛いと……思う」
「ほ、本当に本当?」
「……くどい。嘘は言わん」
「……やった」
小さくガッツポーズを決めるユメ。その姿が、なんというか清楚で大人っぽいお嬢様が、まるで年相応に喜んでいる姿に見えて……悔しいが、まあ、うん、普通に可愛かった。なんかすげー、悔しい。
「まあ……馬子にも衣装って言うしな」
「ふふん! 顔を真っ赤にしてそんな事言っても説得力無いよ?」
「うるせえ!」
一頻り俺をからかって満足したのか、試着室に舞い戻ったユメが着て来た服に着替え終わって顔を出す。
「さ、それじゃ次を見ましょうか?」
「……買わねーのかよ?」
「うーん……可愛いと思うけど、流石に季節感が、ね?」
そう言ってにやっと感じ悪い笑みを浮かべるユメ。
「……折角、小太郎のお気に入りだったっぽいけど?」
「……うっせ」
「もう、拗ねない拗ねない」
……畜生。上から目線になりやがって。でもまあ……うん、可愛いですよ、はい。
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