第十六話 服を買いましょ!



「これなんかどう?」


「……」


「あ、でもアンタは身長そんなに高く無いし……うーん……あ、すいません~、これって色違いあります?」


「……」


 ゲームセンターを出た後、『さ、今度は服を見に行くわよ! 何処かいい所無いの!』とやってきたのが俺たちの街にある、郊外型の皆大好き大型ショッピングモールだ。


「あー……青しか無いんですか……あ、いえ別に青も嫌いじゃないんですけど、やっぱりこれから冬だし、暖色系の方が……」


 すぐに婦人服売り場に行くのかと思いきや、ユメがまず最初に向かったのは男性服売り場。


『……なんでさ?』


『言ったでしょ! アンタを『イイ男』にするって! 運動とか勉強はともかく、ファッションはすぐに変えれるわ! お金、あるんでしょ?』


『……あるけどさ』


 と、言う訳で何故か俺はユメの着せ替え人形宜しく、紳士服売り場であれもこれもと着せ替えされている訳でして……


「……おい」


「うーん……やっぱり黒かしら? 寒色だけど、クールなイメージが……」


「おい!」


「なに? 私は忙しいのよ。言いたい事があるなら三小節以内で宜しく」


「ああ、すま……じゃなくて! なんだコレ! なんでこんなに試着してるんだよ!」


「当たり前でしょ。アンタの死滅したセンスじゃどう逆立ちしたってイイ男にならないんだもん!」


「……酷い言われようだな」


「とにかく、黙って着せ替えされてなさい! ……あ、すいません、これも良いですか?」


「……」


 結局、紳士服売り場を後にしたのは三十分後。


「うん。いいじゃない! 我ながらセンス良いわ!」


 買ったものをその場で着替えさせられた俺を見て満足そうに頷くユメ。


 ピンストライプの薄手のジャケットに、細めのジーンズ。中に来ているシャツはジャケットよりも太めのストライプで、おまけにハンチング帽まで被らされたお洒落な俺の出来上がり。


「……」


「なによ? 不満なの?」


「いいや」


 まあ正直、鏡に映った自分を見て驚いたよ。変われば変わるもんだな、人って。


「アンタは服に全く興味が無かったからね……自分で言うのは何だけど、いいセンスだと思うわよ? ちゃんとすればソコソコ見れるじゃない。ごめん小太郎、アンタ香澄さん似だったわ」


「……そいつはどうも」


 可哀そうだな、親父。


「さて、それじゃ小太郎の服も買ったし……今度は私の服ね」


 そう言って小さくガッツポーズをするユメ。


「ココでいいのか? 女の子は専門店とかの方がいいんじゃないか?」


 俺のなら着れればなんでも良いが……女の子って色々あるんじゃねーの? こだわりとか。こんなショッピングモールの服屋で良いのか?


「十分よ。別に好きなブランドがあるって訳じゃないし……こっちの方が安いし」


「その辺りは主婦の感覚なのな」


「自分で稼いだお金なら遠慮なく使うけど、香澄さんに貰ったお金だし……安くていいものを二、三着買ったら残りは返すつもり」


「随分、殊勝な心がけだな。気にしなくても良いのに」


「そ、そういう訳にはいかないわよ」


 ぶんぶん首を左右に振るユメ。本人が良いならいいが……


「それで? 何階?」


「三階がレディスフロアじゃないか?」


 ゲームはネットで買うし、本もネット。たまに行きつけの本屋で買うことはあるが……みたいな感じなので、実は俺自身はあんまりココ、詳しく無いのだ。なので、エスカレータの傍にある案内板で確認。


「正解だな。行こうか」


「うん!」


 いい返事をして、ユメが俺の後についてエスカレーターへ。こうして並んで歩いていると、普通の女の子みたいなんだがな。


「ここね!」


 三階、婦人服売り場にて。ついた瞬間から嬉しそうに目をキラキラさせるユメ。やっぱり女の子は服を買うのが好きなんだな。


「それじゃゆっくり見てろ。俺は四階の本屋に行ってくるから」


 じゃ、と手をあげエスカレーターに乗る――寸前に、服の袖を引っ張られる。


「なんだよ?」


「『なんだよ?』じゃないわよ! アンタね、普通デートの時に女の子一人放って本屋に行く? いや、確かに最近『そういう系』の主人公が多いのは間違いないけどさ? そんなとこ、マネしないで良いの!!」


「いや、だって婦人服売り場だぞ、ここ? 居心地悪いし……」


「そんなんだからアンタはモテないのよ! 男の子に服を見立てて貰いたい、って乙女心がわからないの! 一遍豆腐の角に頭ぶつけて死ねば?」


「言いぐさが酷い。死ねとか言うな。つうか……なんだ、見立てて欲しいのか?」


「そんなわけ無いでしょ! ちょっと褒めたらすぐ調子に乗るんだから! ……本当に死ねば?」


「……そこまで言うか?」 


「だいたい、女の子は服に自分のポリシーがあるから、口を出したらウザがられるのが関の山よ」


「じゃあ本屋に行っても良いだろうが!」


「そういう問題じゃないの! 『ああ、その服可愛いね』とか『似合ってるね』とか言っておけばいいのよ! たとえ本心は違っても!」


 ……さいですか。本心は違ってもいいんですね、そうなんですね。って、それじゃ尚のこと俺、居ても意味なくない?


「基本的に女の子の相談事ってのはもう決まってる事が多いの。否定はして欲しくないし、なんなら背中押してくれるくらいの気持ちで良いから……まあ、適当に相槌打って褒めておけばいいのよ。それでテンション上がるんだから」


「……なんか酷い偏見の様な気が……」


「まあ、『気遣いが出来る』っていうのは大事なモテ要素だから。デートに来て女の子法放っておいて本屋行くのなんて論外よ、論外。アンダスタン?」


「……アンダスタン」


 ここまで言われて本屋に行く勇気は無いチキンな俺。黙ってユメの後を歩いて婦人服売り場に入った。うん……場違い感、ハンパないっす。

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