第十五話 初めてのプレゼント

「どうだった?」




 物語は結局、警察が踏み込んできた事で終幕と相成った。室内に電気が灯り、周りの客がぞろぞろ出て行っても、呆然と魂が抜けたようなユメを、どうにかこうにか立たせて室外に連れてきてもまだこの様子。今のユメの様子を見れば、製作者も泣いて喜ぶだろう。




「……日本のサブカルチャーは凄いと聞いてたけど……予想以上ね。下手にお化けや幽霊や悪魔が出てくるよりも全然怖い。やっぱり……人間が一番怖い、という事ね……」




「そういう意図で作られた訳ではないと思うが……」




「あれって、小さい子が聞いたらトラウマになるんじゃない?」




「日本の子供はサブカルチャーに鍛えられてるからな。ちょっとやそっとじゃびっくりせん」




「なるほど……某掲示板に『アキハバラはサブカルチャーの聖地だ!』と書かれてて、馬鹿じゃないかと思っていたけど……ココよりも凄いのがあるのね、聖地には!」






「それは方向性の違うサブカルチャーだと思う」




 まあ、聖地に違いないけど。正気に戻った(と言っても若干フラフラしているが)ユメを連れてゲームセンターを一通り堪能。レースゲームやガンシューティングも俺よりはしゃいでいたし。




「……さて、それじゃ……ん?」




 あらかた遊び倒したし、そろそろ場所を移動しようかな? なんて思ってユメに声をかけるも、聞いちゃいねえ。目が、一点で止まってやがる。つられて俺もそちらに目をやると……クレーンゲーム?




「ユメ?」




「……」




「……おーい」




「……」




 ユメの目線は一点に集中。何をそんなに真剣に見ているんですか?




「……可愛い」




「は?」




「……アレ」




 そう言って、ユメがクレーンゲームを指差す。そこに鎮座ましましているのは……猫のぬいぐるみ?






「……あれって……」




「……可愛い……」




「……欲しいのか?」




「ええ。幾らなの?」




「幾らなのって……ああそっか、知らないのか。あれはクレーンゲームってゲームで、お金を払って買う物じゃないんだ」




「……そうなの?」




「ああ。百円入れてあのクレーンを操作して――」




「百円! あのぬいぐるみ、百円で貰えるの!」




「――人形を……」




 ……なるほど。クレーンゲームを知らないと、そういう結論に行きつくか。


「……やってみるか?」




「当然よ! だって百円なんでしょ!? やらない筈ないじゃない!!」




 顔を綻ばして嬉しそうにそう言うユメ。そうだよな、百円で愛しのアレが手に入ると思えば、そりゃ顔も綻ぶよな。でもな、ユメ……






「――両替よ!」






 ……三十分後。まあ、クレーンゲームをした事がある人なら分かると思うが、そんな簡単に取れるようには出来て無いんですよ、エエ。




「……まだやるのか? そろそろやめておけば?」




 ユメに手渡される千円札は、既に三枚目。初めこそ、『まあ、簡単に百円で取れるようになっていたら経営が成り立たないしね』とか余裕綽々だったユメだったが、千円、二千円と使う内に段々熱くなって来て……




「なんでよ! もうすぐ……もうすぐあの猫ちゃんを救いだせるのよ! 絶対辞めないわ!」




 ……ほら、なんか違うゲームになっているし。救うとか、救わないとかそう言うモノでは無いんですけど……




「……なんで? クレーンの力が弱いのは分かるけど、それにしても弱すぎるわ……そっか! 数学を応用すれば良いんだ! クレーンの力点をXとして、Yにカレの位置を代入すれば……」




 ……本当に違うゲームになって来ている。数学持ち出してまでするものだったっけ、クレーンゲームって。




「……俺が読んでたラノベに書いてあったんだけどさ?」




「……何が?」


「『クレーンゲームは決して引き出せない貯金箱だ』」




「……けだし、名言ね」




 悔しそうに唇をゆがめるユメ。ったく……




「……ちょっと変われ」




 クレーンゲームの前で尚もブツブツ言っているユメと交代。不満そうにしてたけど、経験者の腕を見てみるかといった感じで、ユメも素直に交代してくれた。さて……




「……ふむ」




 なんせユメが二千円も使った後だ。ぬいぐるみの位置は良い感じにかき回されている。これなら……




「ば、馬鹿! それじゃ全然掴めないわよ!」




 百円を入れて、クレーンを操作する俺に、後ろからかかる怒声。そう、俺の操作したクレーンは、目当てのぬいぐるみよりもずっと右の方でその動きを止めた。これなら、絶対に目当ての猫を掴む事なんて出来ない。




「……」




 ユメさん、呆然とした顔をしてます。そりゃそうだろう。散々お金を使って掴めなかったカレを、たった百円で俺が落としたんだから。




「ず、ずるい! 何よ、アレ!」




「ずるいって……」




 俺の操作したクレーンは、開いたクレーンの端の部分を使って、狙い通りにぬいぐるみを穴に押し込んでくれた。もともとこういうゲームのクレーンってバカみたいに力が弱いから、よっぽど掴む場所が良くないと掴む事なんて出来やしない。だから普通はクレーンの開いた部分で穴に押し込む方が効率が良いやり方なんだけど……




「……猫ちゃんを突き落としたわね」




「人聞きの悪い言い方するのはやめてくれ!」




「そうじゃない! クレーンで救ってあげる事もせず、まるで突き落とす様に……」




「……そうは言うけどな。クレーンで掴んだって、どうせ穴の上からフリーフォールだぞ?」




「っぐ……そうだけど……」




 悔しそうなユメ。まあ気持ちは分からないでも無いが、人を犯罪者みたいに言うのはちょっと勘弁願いたい。




「それじゃ、そろそろ出るか」




「ま、待て! 私はまだ取って無いわよ!」




「取って無いって……」




「小太郎ばっかりずるい! わ、私だって……その……ほ、欲しいもん!」




 ……ああ、そういう事。




「ほれ」




「……なに、これ?」




 今取った猫を、ユメに手渡す。訝しげな表情を浮かべながら、猫と俺を交互に見比べてやがる。




「やるよ、それ。欲しかったんだろ?」




「な! で、でも……折角小太郎が……」




「自分で取ったものじゃないとイヤなのか?」




「そ、そう言う訳じゃ無いけど……良いの?」




「良いよ。お前が欲しそうだから取っただけだし」




 俺にはそいつを愛でる趣味はねえし。




「……ありがと」




「……大事にしてやってくれ」




 ……おい、ユメ。ちょっとずるくないか?




「……うん!」




 そう言って笑うユメ、すげー可愛いんですけど。






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