第十四話 デートしましょ!


「ほら、ついたわよ小太郎!」


 映画館到着。丁度入れ替え時期だったらしい。コイツ、時間計算してきたな? 


 邦画ナンバーワン作品の割にはお客さんの入りは少ないらしく、俺たちは難なく真ん中のベストポジションをゲット。運のいい事に、前に座ったのは小柄な女の子二人であり、鑑賞の邪魔になる事も無さそうだ。


 ちなみにこの映画代は俺の奢り。映画に限らず、『初デートの時は当然男の全奢りよ!』とユメが主張、今日一日は俺の奢りらしい。お前が誘ったんだろうが、とか、おい、お前五万も貰ったんだろうが、とか、何かと物入りな夏を終えた俺の懐は正直キツいんですけど、とか思わないでもないんですけど……


 ほどなくして映画がスタート。内容自体はシンプルなラブストーリー。大学に進学する事になった主人公が、ひょんな事から疎遠になった元彼女兼幼馴染と、再び交友を深める。彼女は京都、彼は東京と離れ離れになる運命。そして彼女が京都に旅立つその日、彼は意を決して彼女に告白する……と言うのが大まかなストーリー。正直よくあるストーリーだが、映像表現に監督の妙がある。幼い頃の思い出を語るシーンではカラーだが、現実の世界では全部モノクロ。最後の告白が成功した場面で、画面にザーッと色が付く。正にタイトル通りの演出方法だった。


「……感動した」


 映画館から出たところで、二十一世紀になってから就任した初めての日本の首相みたいな発言をするユメ。心なしか握った拳がプルプル震えている。


「そうだな」


「なによ、淡白ね……小太郎は面白くなかったの?」


「面白かったよ、普通に。映像表現も巧かったと思うし、キャストの演技レベルも高かった。ヒロインは新人らしいけど、好感が持てる演技だったしな」


「映画評論家みたいな事言わないで! エンターテイメントは楽しんでこそなんぼでしょ! 特に最後の、『俺は、綾香が世界で一番好きだ』と言う台詞には、不覚にもぐっと来たわ! やっぱりいいわね、純愛!」


「……」


 サキュバスなのに。


「なによその眼は! 失礼ね!」


 などと馬鹿なトーク。


「さあ、次はどこに行きましょうか?」


「行きましょうか、って……決めてないのかよ?」


「で、デートは男の子が仕切るものでしょ!」


「お前が誘って来たんだろうが!」


「う、うるさいうるさい! さあ、早くアイデアを出しなさい!」


 何という我儘ぶりだ。オレンジシャツのガキ大将もびっくりだぞ。ノープランなら連れまわすなよ、全く。まあ……駅前に来たら行く所は一つだが。


「ゲームセンター?」


 駅前にあるゲームセンター『海津アミューズメントスタジアム』に着く。とたんに渋い顔をするユメ。何だよ?


「何だよ? あれだけゲームに詳しかったんだから、ゲーム好きなんじゃないのか?」


「娯楽、と言うよりは勉強だったからね、私達の場合。それに主にやってたのは恋愛シミュレーションばっかりだったし、他のジャンルはあんまり上手くないわ」


「そうか。それなら、あんまりテクニックが要求される様なゲームはやめとくか」


 そう言って二人でゲームセンターの中へ。最初こそ渋っていたものの、中に入ればきょろきょろ物珍しそうに辺りを見回すユメ。 


「面白そうなゲームはあるか?」


「……お勧めは? 折角……その……デ、デートに来ているんだから、二人で出来るのにしましょう」


「そうだな……」


 このゲームセンター、『海津アミューズメントスタジアム』通称KASは、郊外型ではそこそこ大規模なゲームセンター。ゲームの数も多いほうだ。


「それじゃ……あれはどうだ?」


 そう言って指差した先にあるのは、ヨーロッパの安ホテルを趣向した看板。KASで一番人気の体感型ホラーゲーム、『アンデッド・ホテル』


「あれは?」


「一応、ここで一番人気のゲーム。ゲームと言うよりはアトラクションだけど。どうだ?」


「ふーん……一番人気なら面白いんでしょ。行きましょう」


 そう言って二人で『アンデッド・ホテル』の門をくぐる。


『アンデッド・ホテル』は、一人一人がヘッドホンを着用し、流れてくるお話や音、或いは室内に急に光る光などを楽しむタイプのアトラクション。別に揺れたり、飛んだり、落ちたりするわけでは無いが、サラウンドシステムで全方位から聞こえてくる物語と音、絶妙のタイミングの光は正直、無茶苦茶怖い。ちなみに『アンデッド・ホテル』と言うのはこのシステムを使った始めてのストーリーが『アンデッド・ホテル』だった事に由来するネーミングであり、およそ一ヶ月ごとに新しい話が入荷している。


 ユメと隣通しの席に座り、ヘッドホンをつける。やがて室内が暗くなり、耳元から物語が始まった。


『動くな! この中に殺人犯がいる!』


 今回のお話は探偵物みたいだ。しかしこの『アンデッド・ホテル』、唯の探偵物のはずが無い。


『くそ! 誰も名乗り出ないか……ならば』


 どうやらこの探偵、相当な駄目探偵のご様子。犯人が名乗り出ない事に業を煮やし、いきなり容疑者全員の頭に紙袋をかぶせ始めた。耳元ではガサ、ゴソという音が聞こえ、視界を奪われている効果もあってか、本当に紙袋を被せられている錯覚を覚える。


『いいか……この中に犯人がいるはずだ……さっさと名乗り出ろよ……さもないと』


 耳元で響くチェーンソーの音。


『……一人ずつ、殺していくぞ。犯人が名乗り出るまで』


 ついに、殺人犯よりも怖い事を言い出す探偵。むしろ犯人はお前だ! と言いたいぐらい。と、不意に服の端を捕まれる感覚。


「……」


 ぎゅっと俺の服を掴むユメ。相当怖いんだろう、目は堅く瞑られている。そんなユメをおいてストーリーは続く。耳元にひた、ひたと忍び寄る足音。


『……お前か?』


 既にイッてしまわれた声が耳朶を打つ。うわ、これ相当怖っ! 正に耳元で話しかけられてる感じがするわ! その証拠にさっきよりも強くユメが服の端を握っている。


『それとも……お前か!』


  さっきよりも遠い場所で聞こえる声。チェーンソーの音。女性の断末魔の悲鳴。


「……」


 余りの怖さにユメさん、どうやら正気を失ってしまったようだ。なにやら下を向いてブツブツ言っている。唇の動きを読む限り、『私じゃない……私じゃないです……』と言っているようだ。


 ……いや、うん……流石に物語に入りすぎだろ、ユメ。


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